81 ドラゴンさん、シアンの話を聞く
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アルトが言っていたっけ。
シアンはシアン・ブリューじゃなくて、本当はシアン・セルシウス・ブリューナクなんだって。
そのせいで、シアンはこうしてかくれないといけないんだとか。
……そういえば、どうしてかくれないといけないのか聞いてなかった。
なんだか、弓聖のお家とケンカしているみたいだったけど、あやまっても許してもらえないのかな?
だとしたら、弓聖の人はいじわるだ。
やっぱり、あの像はこわしてしまいたい。
「こんな話、レオンは興味がないかもしれませんね。でも、わたしの事情に巻き込んでしまいましたから、話さないのは不義理です。だから、ちょっと付き合ってくれませんか?」
いや、それは違う。
ブリューとかブリューナクとかはわからないのも、あんまり気にならないのも本当だけど。
「きょうみあるよ? だって、シアンの事だから」
「も、もう、レオンは! すぐにそういう事を言うんですから!」
正直に言ったらシアンは顔を赤くしてしまった。
なんだか熱いみたいだから、手で風を送ってあげる。
「と、とりあえず、ここに座ってください」
そんな僕の手を取ったシアンは、一階の椅子に僕を座らせる。
シアンもとなりに座って、椅子ごと近づいてきて、それからほんのちょっとだけはなれて、また近づいて……何度か同じ事をしていたけど、腕が当たりそうなぐらいの場所でようやく落ち着いたみたいだ。
『まったく、すぐ落ち着かなくなるんだから……』
最後にシアンのひざの上でノクトが丸くなる。
まだちょっとだけ赤い顔で僕を見上げてきた。
「えっと、まずは最初に謝ります。わたしの本当の――いえ、昔の名前はシアン・セルシウス・ブリューナクと言います」
「うん」
頭の悪い僕だけど、今までの事からそれぐらいはわかっていた。
でも、今のシアンは僕の知っているシアンだから、それだけだ。
「この国においてブリューナクという家名……家族の名前ですね。これは大きな意味があるんです。レオンも何度か聞いていると思いますが、覚えていますか? 『ブリューナクの真実』という言葉を」
うーんと、そういえばマリアが言っていたっけ。
ノクトと話している時だったかな。
ええっと、なんだっけ……真偽判定? とか言っていたような?
アルトもそんな事を言っていた気がする。
なんとなく、ノクトを見下ろすと、ノクトは前足で顔を洗っているところだった。
『あら、わかっているのね。そうよ。『ブリューナクの真実』というのは真実看破――人の嘘を見抜くの。ブリューナク家の当主。正確に言うなら、精霊セルシウスとの契約者はその力を手にするのよ』
むずかしい言葉ばかりだ。
精霊って……前に聞いたような?
たしかマナをいっぱい持ってるんだっけ。
それで、妖精の材料? みたいな?
つまり、だから、えっと……ブリューナク家の当主――当主ってえらい人だっけ? はその精霊と契約というのをしていて、だから、嘘がわかるって事だよね?
「あれ? それってシアンとノクトみたいだ」
嘘がわかって、嘘がきらいなノクト。
そのノクトといつもいっしょのシアン。
『いきなり核心に踏み込んでくるわね。ドラゴンの本能なのかしら』
「でも、説明が省けました。そうですよ、レオン。わたしは精霊セルシウスの契約者なんです」
そうなんだ。
知らなかった。
「でも、ノクトは妖精なんだよね?」
『そう呼ばれる事もあるわ』
……あ、初めて会った時もそんな感じの事を言っていた気がする。
これってこの前、ピートロとかマリアが言っていた嘘じゃないけど、本当でもないお話なのかも!
ノクトはぐっと体を伸ばしながら続けてくる。
『あたしは精霊セルシウスの分御霊――分身みたいなものよ。妖精とは格が違うわ』
「そうなの?」
『真正のドラゴンとデミドラゴンぐらい違うとでもいえば、あなたにもわかるかしら?』
あ、わかった。
それはぜんぜんちがう。
いっしょにされたら悲しくて泣きたくなるぐらいにちがう。
今までそれでもガマンしていたノクトはえらいなあ。
『なんだか、不当に評価されて罪悪感を感じるわね。でも、嘘はもちろんとして、誤魔化しも嫌いだから、話せてスッキリしたわ』
体をぶるぶるとふるノクト。
本当にスッキリした感じだ。
毛並みもいつもよりつやつやしている気がする。
「あ、ノクトの事はなんて呼べばいいの? セルシウスって呼んだ方がいいの?」
『ノクトにしてちょうだい。セルシウス……本体はブリューナクの屋敷にあるんだから』
そうなんだ。
僕の体がまだ残っていて、ダンジョンの下の方から出てくるのと同じなのかな?
「あの、それでわたしの話なんですけど……」
そうだった。
ノクトは本当はセルシウスって精霊で。
シアンはその精霊と契約っていうのをしている。
うん。覚えている。
「それで、ブリューナクの家というのは昔から帝都で真実看破の力を使ってきました。権謀術数渦巻く権力者の世界ではこれほど役立ち、あるいは恐れられる力はありませんからね」
うっ、シアンの話もむずかしい。
ブリューナクの人たちが嘘を見つける力を使って……なあに?
『要するにブリューナク家は力を使って偉くなって、お金持ちになったのよ』
「ぐっ、なんだかいつものわたしのポジションが取られたみたいですね」
『なら、少しは落ち着きなさいな。レオンにもわかるように話せばいいでしょ』
「……ですね」
なんだか、僕のせいで大変みたいで悪い事をしてしまった。
けど、シアンはちょっと肩から力が抜けて、少しだけ笑顔になっている。
「ともかく、ブリューナク家というわたしの家族は偉いんです」
「うん」
「そして、もっともっと偉くなりたいからと、弓聖の一族エルグラド家と結婚して――いえ、仲良く――うーん、そう。家族になろうと考えたんです」
シアンは僕の顔を見ながらわかりやすく教えてくれた。
おかげで、今のはわかった。
「そして、そのために選ばれたのがわたしとアルトだったわけですね」
『所謂、政略結婚というやつね。まったく、馬鹿らしい事。真実看破を曲げる輩まで出るんだから、古の契約がなければ全て氷漬けにしてやるのに……』
いつものノクトの『バカ』がちょっとトゲトゲしている。
どうやら、ノクトはブリューナクのお家がきらいらしい。
「えっと、じゃあ、シアンはアルトと家族なの?」
そう言ったらなんだか胸のあたりが痛くなった。
どうしたんだろう?
マナが足りていないのかな?
「そんなわけないじゃないですか! わたしは結婚なんてしていませんからね! お、男の人とお付き合いだってしたことないんですから! そこはしっかり覚えておいてくださいよ、レオン!」
そうなんだ。
よかった。
……よかった?
どうしてそう思うんだろう?
とりあえず、胸の痛いのがなくなったから、いっか。
「でも、わたしの気持ちだけで断れる話でもありませんからね。色々あって、わたしはブリューナク家を捨てて、ノクトと家出したわけです」
『そうして、この迷宮都市エルグラドにやってきたのよ』
「まあ、アルトの言う通り、エルグラドの懐に飛び込んだのは無謀だったかもしれませんね」
『意表を付けたのだから間違いではないわ。それに身元不明の上に、箱入り娘だったシアンが就ける仕事なんて冒険者ぐらいしかなかったのだし』
「そうですけど……着の身着のままでしたからねえ。最初は苦労しました」
『あの時の借金がようやく返せると思った矢先がこれなんだから、人生はままならないわ』
シアンとノクトはなつかしそうに話している。
本当にいろいろとあったみたいだ。
うーん。
ブリューナクの人――シアンの家族は、弓聖の人たちと家族になりたかった。
だから、シアンとアルトに結婚というのをさせようとしたけど、シアンはそれがいやで出ていったんだよね。
けど、今日、アルトに見つかってしまった。
それが知られれば、シアンの家族や弓聖の人たちが連れ戻そうとするから、その前に逃げたんだ。
それにしてもむずかしい話だった。
精霊。ブリューナク。真実看破。エルグラド。契約者。結婚。家族。
なんだかこんがらがってしまうけど……。
よし、わかったぞ。
「と、まあ、レオンには関係ない話でしたけど、わたしたちの抱えている事情はこんな感じと知ってもらえ……」
「シアン!」
「え、はい?」
僕はシアンの肩に手を置いて、首をかしげているシアンに言った。
「僕と結婚しよう!」
よくわからないけど、シアンがアルトといっしょにいるのを考えるとやな感じがするから、もっともっと僕はシアンと仲良しにならないと!
結婚というのしたら、僕はシアンともっと仲良しになれるんだよね!
「あ、あふ、け、けっこ、っけん?」
「うん。あ、それでシアン?」
シアンは口をぱくぱくさせて、耳まで赤くなって、変な言葉をぶつぶつ言っている。
ノクトもしっぽまで毛を逆立てて、かちーんとなっていた。
なんだか、どっちも大変そうだけど、僕もとっても大事な事を知りたいから、ついついそれを聞いてしまう。
これだけは聞いておかないと。
「結婚ってなに?」
「ふっ――」
なぜか、シアンは椅子から崩れ落ちてしまった。
……眠かったのかな?




