7 ドラゴンさん、様子を見る
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洞窟の奥。
薄暗い向こう側からシアンを狙って放たれた何かは、彼女を庇った僕の胸にぶつかった。
なかなかの衝撃だ。
慣れない体だとちゃんと受け止めきれなくて、地面から足が離れてしまい、そのまま勢いよく吹き飛ばされてしまった。
何度も地面にぶつかって、広場の壁に激突してようやく止まる。
「レオン!? なんです!? なんなんですか!?」
『シアン、下がりなさい! レオン、無事!?』
混乱するシアンと慌てたノクトの声。
大丈夫だと僕が伝えるより先に洞窟から音が届く。
「GURURURURURURURURURURURURURU!」
僕らの声を掻き消すように洞窟の奥から重々しく響く唸り声。
猫耳をせわしなく動かし続けていたノクトが悲鳴に近い声を上げる。
『なんで、こんなところに!? 二人とも逃げるわよ!』
「逃げるって、でも、レオンが! レオン、大丈夫ですか!? あれ、わたしを庇ったせいで! 早く治してあげないと!」
『治療は後よ! まず逃げない事には……』
一人と一匹が言い合っていて言葉を挟めない。
その間に、洞窟の奥からそれはやってきた。
一目見ると巨大な獅子。
でも、胴体は山羊のそれで、足は馬、尻尾は大蛇に背中から蝙蝠の羽。
王者の貫録を感じさせるゆったりとした動作ながらも、素早い身のこなしのそれは見て感じる以上に速い。
鍾乳石の輝きでは見通せない洞窟の奥から、さらに言えばノクトの感知能力の範囲ギリギリからほんの僅かな時間で走り抜けている。
「濫喰い獣!? 中層に出てくるユニークモンスターがなんで、こんなところにいるんですか!?」
『大方、レオンが持っていた道連れウサギの飢餓誘引の匂いに引かれたのでしょうね。この上層ぐらいしか広がらないはずの匂いが中層まで届いたのはわからないけど。それと濫喰い獣じゃないわ。あれ、五種以上も魔物を喰って、体に取り込んでいるから濫喰い獣王種よ』
道連れウサギ? 飢餓誘引の匂い? なんだかノクトが難しい事を色々と話している。
「あ、あはは。冗談、ですよね? 濫喰い獣王種って中層の階層主レベルじゃないですか」
『残念。あたしが嘘嫌いなの知ってるでしょ?』
濫喰い獣王種を前に乾いた笑いを浮かべるシアンに、どこか達観した様子のノクト。
そんな一人と一匹に濫喰い獣王種が獅子の口を開いた。
その喉奥から嫌な魔力の気配がする。
『シアン、防御!』
「面・多数展開/5・水属性――水面障壁!!」
ノクトの指示にシアンが素早く応えた。
双角狼の時よりも更に早い魔導が発動する。
今度は水の壁だ。
濫喰い獣王種とシアンの間を遮るように、五枚の水の壁が立ち塞がる。
「GAU!」
けど、水の壁は濫喰い獣王種の爪の一振りで切り裂かれた。
一度に全てとはいかなくても、もう二・三度繰り返されてしまえば、シアンを守るものはなくなってしまうだろう。
それはシアンもわかっているのか、再び魔導を繰り返す。
「再展開!・再展開!・再展開!・再展開!・再展開っ!」
その声に余裕はない。
濫喰い獣王種が無造作に爪を振るうだけで防御は消されていて、既に最後の一枚。
そして、それも目の前で切り裂かれた。
同時、シアンの魔導が完成する。
焦りのこもる声は震えているけど、魔導は間違いなく発動した。
「――水面城塞!」
シアンの渾身の魔導。
たとえ一撃で破られてしまう水の壁でも、それが何枚も重なれば簡単には破られない。
分厚い一枚の壁となって現れた壁が濫喰い獣王種の前進を止めた。
「GUAU!」
忌々しげに濫喰い獣王種が爪を振るうけど、今までの水の壁のように破られなかった。
攻撃が効かなくなったわけじゃない。水の壁は爪によって切り裂かれている。
だけど、壁は攻撃を受けた部分が瞬時に再生して、元の姿を取り戻していた。
『今の内に逃げるわよ。狭い洞窟に入れば簡単に追ってこれないわ』
「ノクト、倒せませんか!?」
『あなたもわかっているでしょう? 無理よ。今はね。あなたも魔力を使いすぎている』
シアンは何か悩ましそうに唇をかんで、それから一度頭を振ってから頷いた。
「わかりました! レオン、しっかりしてください! ここから離れたらすぐに治療するから少しだけ我慢してください!」
僕の方に向かってくると、シアンが僕の手を引っ張る。
その顔色はあまりよくなさそう。
さっきの魔導はシアンの負担が大きかったのかな。
今は魔力もあまり感じ取れない。
あと体が小さいから力もないのか、僕を持ち上げようと引っ張っているけど、プルプルふるえるだけで全く動かない。
どうやら濫喰い獣王種を倒すのは難しいらしい。
あの水面城塞で時間を稼いで逃げるようだ。
じゃあ、僕が戦ってもいいのかな?
でも、守ってくれるって言ってたから、それを邪魔するのは悪いかな?
判断に困っている間に、濫喰い獣王種が動いた。
このまま爪を振っても効果がないと気づいたみたいで、体を低く構えて、大きく口を開く。
『ブレス、くるわよ!』
「レオン、ごめんなさい。約束、守れないかもしれません」
魔力の反応。
ああ、さっきシアンを庇った時に僕の胸を撃ったのはこれか。
感じからして魔力の弾、かな。
シアンが僕を庇うように覆いかぶさってくる。
更にノクトがその小さな体をシアンの背中に載せて、濫喰い獣王種を睨みつけた。
そして、濫喰い獣王種のブレスが放たれる。
撃ち出されたのは純粋な魔力の一撃だった。
半固体化したそれは水面城塞に突き刺さると、たわませて、ほんの少しだけ留まり、直後に突き抜けた。
轟々と音を上げてこちらに飛んでくる魔力弾。
その気配にシアンとノクトが僕の上で息を飲む。
危ないなあ。
「よいしょっと」
僕はシアンとノクトの体をヒョイと肩に担いでから、生命力で強化した右腕で魔力弾を受け止めた。
本当は殴って壊しちゃえばいいんだけど、近くにいるシアンとノクトが危なくないように掴んで、それからゆっくりと握り潰す。
「……え?」
『あなた、今の……』
驚いている二人を壁際に座らせて、今度は僕が二人の前に立つ。
さっきは守ってもらったから今度は僕の番だよね。
守ってもらうのは初めてで、どうしたらいいのかわからなかったから様子を見ていたけど、逆の方ならちょっとは自信があるんだ。
「何かを守るのは得意なんだ」
百年ぐらい、街を守っていたからね。
二人と同じように驚いている濫喰い獣王種と目が合った。
今の魔力弾に自信があったのか、その目に不愉快そうな色が濃くなっていく。
「GUAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOO――」
「じゃあ……」
威嚇だったのか、吼える濫喰い獣王種。
だけど、その吼え声は僕は大きくひとつ深呼吸をしてマナを吸い込み、それを生命力に変換して活性化すると掠れて消えた。
「倒しちゃうね?」