77 ドラゴンさん、相談中
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『あら、早かったのね』
「揃ってのお帰りとは仲のいい事で。っという割に、シアン、あんた顔色が悪いよ」
宿屋に入ると食堂にはノクトと女将さんがいた。
他にお客さんはいない。
まだお昼ご飯の時間じゃないからかな。
「ノクト、大切なお話があります」
「……ったく、面倒事か。うちを巻き込むんじゃないよ?」
女将さんは宿屋の入り口に『お休み中』と書いた板を置くと、そのまま食堂に行ってしまう。
『女将の言う通り、何かあったようね』
テーブルの上で丸くなっていたノクトが体を起こした。
「ええ。アルト・エルグラドに見つかりました」
ノクトが息を止めて、少しして大きくため息をついた。
猫耳をぺたんとして、しっぽもしょぼんとしている。
『迂闊だったわ。高額報酬に浮かれてシアンを一人で行かせるなんて。保護者失格ね』
「いえ、わたしがもっと注意していればよかったんです」
そっか。
ノクトがいっしょだったらアルトが近くにいたらわかったんだ。
いつもいっしょにいたのは、アルトに会わないためでもあったのかな。
『それで、今はどうなっているの?』
「遭遇したのは商人街のお店です。トールマンの紹介だったので、紹介状だけはダメにしてきましたが……」
『すぐにここもバレるわね』
「そうなの?」
屋根をこわしてしまわないようにゆっくり走ったけど、それでもアルトに追いつかれてはいないと思う。
「わたしたちがここを常宿にしているとトールマンは知っていますから」
『アルトに会ったお店もトールマンと同じボルケン商会なのでしょう? なら、その筋から情報が伝わるわね』
トールマンもお姉さんもいい人だった。
僕たちがいやだなって思う事はしないんじゃないかな。
『このエルグラドで弓聖の権力は絶大よ。下手に逆らおうものなら当人ばかりか家族や友人にも迷惑が掛かるわ』
「トールマンも渋ってくれるかもしれませんけど、ミリーちゃんが危険が迫るぐらいなら話してくれるはずですね。わたしとしましても、彼らを巻き込んでしまいたくありません」
たしかに。
トールマンは妹の天使をすごい大切にしている。
そのためならしゃべっちゃうかも。
「冒険者ギルドにも問い合わせていますよね」
『でしょうね。でも、そちらの心配はしなくていいわ。ギルドの公平中立は絶対よ。いくら領主でも無理に圧力はかけられない』
弓聖さんの事を話していた時のギルマスの顔を思い出す。
そういえば、弓聖さんが嫌いなんだっけ。
『犯罪者ならともかく、家出しただけのシアンを差し出さないでしょう。特にシアンはBランク冒険者なのだから。守ってくれるはずよ』
「ただ、他の冒険者の方は違いますよね」
ドン、とテーブルにコップが置かれた。
女将さんが僕たちに飲み物を持ってきてくれたみたいだ。
「はっ、金のない連中なら簡単に売るだろうね。あんたらの居場所なんて、せいぜい酒の一杯ぐらいね」
女将さんが言うのに、シアンとノクトもうなずいている。
じゃあ、ノクトが言う通り、すぐにここにアルトが来ちゃうんだ。
「アニキ、シアンのアネゴ、お帰りなさいっす!」
「アニキ様、アネゴ様、お帰りなさいませ」
僕たちの声が聞こえたのか、二階からトントロとピートロが下りてきた。
二匹はタタタッと近づいてきて、そろって首を傾げる。
「どうしたの?」
聞いてみるとピートロが僕とシアンを指さしてくる。
「アニキ様とアネゴ様がぴったりです」
『ええ、そういえばピッタリね』
「ピッタリだなあ」
ピッタリ……そういえば、シアンを抱っこしたままだっけ。
『慣れって怖いわね。その状態が普通に見えるわ』
「これは必要に駆られたわけでして。ま、まあ、レオンが愛しいわたしを抱きしめていたくなっちゃうのは仕方ないですけどね! でも、そろそろ下ろしてもらえますか?」
シアンが顔を赤くして見上げてくる。
「うん。やだ」
「ええ、では、そっと下して……え?」
『あらま』
「はん」
「アニキ、カッコいいっす!」
「アニキ様、大胆です!」
あれ?
僕、どうしてやだなんて言ったんだろう?
シアンの頼まれたのに……。
でも、うん。シアンを離したくない。
「れ、レオン?」
「シアンは僕がだっこするの、いや? いやならやめるよ」
「え、あ、あああの、いやなんかじゃ、ありません、けど……」
「じゃあ、もうちょっとこのままでもいい?」
シアンは口をパクパクさせていたけど、顔をまっかっかにしてうなずいてくれた。
よかった。
「なんなんですか、今日のレオンは。こんな尊い生き物、ないがしろにできるわけないじゃないですかぁ」
『……驚いた。驚いたけど……ああ、そう。大方、アルトの言動が不安にさせたといったところかしら? それともこれは独占欲? 執着心? ううん、もっと幼い嫉妬? どれにしても順調に成長しているようね、人間として。せいぜい、捻じ曲がって拗らせないようになさいな』
ノクトの言う事はむずかしくてわからないけど、怒ったり悲しんだりしていないのはわかった。
僕のこれがダメじゃないならよかった。
「どうでもいいけど、あんたら時間がないんじゃないのか?」
「そ、そうです! ここにいては女将さんにも迷惑が掛かってしまいますし、一刻も早く逃げないと!」
まだ顔が赤いままのシアンが言うけど、ノクトはむずかしい顔をしている。
しっぽが小さく揺れていて、たくさん考えているみたい。
『荷物なら影にしまっているからいつでも出れるわ。けど、闇雲に逃げ回るのは下策よ。弓聖にばれない場所を見つけないと、周囲に迷惑をばらまく事になりかねないもの。それに……』
ノクトがトントロとピートロを見る。
トントロはふしぎそうにしていたけど、ピートロはうなずいている。
「わたくしたちが問題なんですね」
『はっきり言えば、そうよ。逃走するには目立つし、匿ってもらう先も限定されるわ』
他の人に見られたら困る二匹。
どこかに行く時もこの前みたいに隠さないといけないし、行った場所でも誰かに見られないようにしないといけない。
『女将かマリアにでも預けるのが無難でしょうけど』
「巻き込むなって言っただろうに、こいつらは……」
でも、女将さんはダメとは言わなかった。
マリアも二匹をかわいがっていたから、ちょっと不安だけど、助けてくれるんじゃないかって思う。
けど、僕は二匹を置いていきたくないし、見捨てるなんて考えられない。
「僕がどうにかする」
「アニキ!」
「アニキ様!」
いい考えはないけど、それでもどうにかする。
なんとか、なんとか、なんとか……街の外に穴をほる、とか?
ドラゴンの時に巣を作った事はなかったけど、他の生き物はそうやって住んでいたはずだ。
ノクトが小さくため息をついた。
でも、僕を見上げてくる目は怒ったりしていない。
『あなたの事だから、そう言うと思ったわ。だから、使える先を使いましょう。借りを作るのは嫌だけど、贅沢は言っていられないわ』
そう言って、ノクトはテーブルから下りると、女将さんの方に向かっていく。
いや、女将さんじゃなくて、その足元の辺りに用があるみたいだ。
『出てらっしゃいな。盗み聞きは趣味が悪いわよ』
前足で床をトントンと叩くノクト。
言われてその辺りをよく見てみると、下にあるのは……地面じゃなくて穴と道みたいなのがある?
それにこの気配。
「あららー。やっぱりノクトさんには気づかれちゃっていましたかー」
聞きづらいけど、床の下からマリアの声がした。
そして、ガタゴトと音を立てて、床の板がはずされていって、そこからマリアが顔をひょっこり出してきた。
「ではー、期待に応えてー、案内するよー」
マリアはぱちんと片目をつぶってみせた。




