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ドラゴンさんのセカンドライフ  作者: いくさや
第三章 衣食住を整えるドラゴン
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76 ドラゴンさん、ふしぎな感じを覚える

 76


「さあ、遊びの時間は終わりだ。エルグラド家に来てもらうぞ」


 手を伸ばしてくる男の人。

 その目はシアンだけを見ている。


「なんの事ですかね。確かにわたしの名前はシアンですが、別の方と間違えているんじゃないですか?」


 男の人が近づくたびにシアンが部屋の中に逃げていく。

 シアンは青い顔をしていて、手を強く握りしめていた。


「なるほど、この状況でも偽名さえ使えないとは、ブリューナクの契約は強固なようだ。なあ、『ブリューナクの真実』の契約者」


 男の人はよくわからない事を言う。

 でも、シアンには意味がわかるのか、くやしそうにくちびるをきゅっとしていた。


「ブリューナクの一族は、真実看破の契約精霊の影響で嘘をつけない。真実看破を生業として栄えた一族の業は深いと見える」


 ニヤッと笑う男の人。

 シアンはだまったまま何も言わない。

 ああ。この前、教えてもらったっけ。

 嘘をつけない時に、何も話さないっていうのは嘘じゃないって。


 やっぱり、シアンは男の人のいうのとちがうって言いたいんだ。

 でも、そう言ったら嘘になっちゃうから言えない。

 ……あれ? じゃあ、やっぱり男の人が言っているのはあってる?


「ふん、沈黙か。では、我が問いに答えろ。お前はシアン・セルシウス・ブリューナクだな? 沈黙は肯定とみなすぞ」


 ええっと、これだとどうなんだろう?

 ……嘘はつけないから、シアンがその人ならそうと答えるしかないんだよね。

 それで、答えたくないなら黙っていたとしても、認めたことになっちゃう。

 あれ、これって大変?


 シアンは少しだけ息を吸って、吐いて、それから男の人を見つめ返した。


「……今のわたしはシアン・ブリューです」

「なるほど、名前の省略か。それなら偽名ではない、と。なかなか苦労していると見える。……生活的にもな」


 ちらりとシアンを見て、男の人がつぶやく。

 シアンはぐぬぬという顔だ。


「今のは失言か。謝罪しよう。だが、ブリューナクの令嬢が市井に身を置いて、それも冒険者で生きるなど無謀が過ぎる。これからは我がエルグラド家が豊かな生活を約束しよう。ブリューナクとの確執はあろうが、それも我らが口添えすれば邪険にはすまい」


 男の人は真剣な顔だ。

 とてもむずかしい話で僕にはよくわからないけど、まじめにいろんな事を考えているんだなっていうのだけはわかった。

 シアンに向けて、手を伸ばして……いや、差し出してくる。


 シアンはその手を見て、自分の胸に手を当てて、それから最後に僕を見た。

 いつもとちょっとちがう笑顔だ。


「アルト様」


 スカートのはしをちょっとだけ持ち上げて、きれいな姿勢で頭を下げる。


 そこにいたのは僕の知らないシアンだ。

 白くて、やわらかくて、でも、今にも折れそうな花みたいな笑み。

 悲しそうに続ける。


「やはり、あなたはアルト様の言葉ではなくて、エルグラド家の言葉でしかお話しになられないのですね」


 小さくつぶやいた。

 本当なら男の人だけに聞こえる声。


 男の人は何かショックを受けたのか、ハッという顔をして、でも、すぐに元のまじめな顔に戻る。


「それはエルグラドを拒絶したと捉えていいのか?」

「レオン、行きましょう!」


 男の人に答えないで、シアンは僕の名前を呼んだ。

 もういつものシアンだ。

 自信にあふれた笑顔にほっとする。


 僕はシアンの前に立って、男の人と向かい合った。

 初めて男の人――えっと、アルト、だっけ?

 アルトの目が僕に向けられる。

 とても機嫌が悪そうな顔だ。


「見たところ、冒険者……その娘の仲間か? ならば、退くがいい。この迷宮都市エルグラドで弓聖にたてつく意味がわからんわけではあるまい?」

「? わからないよ」

「そうだ。冒険者でいたければ……む? わからない、だと?」


 さっきとは違う感じにショックだったみたいだ。

 アルトはぼうっと立ったまま動かなくなっている。


ポイント・1・水属性ブルー――水球ウォーター!」


 その間にシアンが動いた。

 すごい早さで魔導を使って、部屋のすみっこで小さくなっていたお姉さんに指先を向ける。


「え?」

「失礼します!」


 小さな水の球がお姉さんの手元に当たる。

 攻撃なんかじゃない。

 ただ濡らすだけの水。

 お姉さんの手がぬれて、それから持っていたトールマンの手紙がびしょびしょになった。


「すみませんが、今回はご縁がなかったという事で。あ、これは迷惑料……です!」


 シアンが小さな袋から出した銀貨をテーブルに置いた。

 最後の最後まで置くのを迷っていたみたいだけど、がんばって指を放している。


「……我が行かせると思うか?」


 今の間に動けるようになったみたいで、アルトが構えていた。

 もうマナから生命力が転換されていて、体が強化されている。

 剣は抜いていないけど、シアンでも魔導を使う前に捕まってしまいそう。


 僕は……マナは吸ったけど、それだけにしておく。


「戦う気はないならば、どくがいい。先程の失言は聞かなかった事にしてやる」


 アルトが言ってくるけど、どかない。


「率直に申し上げて、やめておいた方がいいと思いますよ?」

「弓聖の血族を虚仮にするか?」


 あ、怒った。

 シアンは本当に心から心配してあげたみたいなのに。

 むう。

 人間は言葉を使って、お話して、わかりあえるはずなのに、どうしてケンカしてしまうんだろう?

 むずかしい。


「ならば、英雄の力を見せてやろう」


 アルトが剣を抜く。

 うすく青く光る銀の剣。

 たぶん、魔導装備だ。

 魔力が使われて、強化されるのがわかった。


「せめて、生命力で強化するのだな」

「え、しないよ」


 お店、こわしちゃったら悪いから。

 うん。お家とかお店はこわしちゃダメ。

 女将さんやトールマンだってお店がなくなったら困ると思うから。

 そんな事をしちゃいけない。


「……未熟者か。そのような者がシアン嬢と共にあるなど片腹痛い! 仲間のふがいない姿を見れば、シアン嬢も現実というものが見えてくるだろう! 名も知らぬ少年よ! 己が身の丈を思い知り、後悔するがよい!」


 アルトはその剣の横の部分で僕をたたきにくる。

 狙っているのは腕。


「はあっ!」


 気合の入ったアルトの声。

 見ていたお姉さんやおばさんの悲鳴。


 そして、


がっ、キィィィィィィィン


 という音。


「あ、ちょっとだけ痛い、かも?」

「あーあーあー」


 アルトの振るった剣は僕の腕に当たって、鈍い音を立てて折れてしまった。

 折れて床に落ちた剣の先っちょに、シアンはため息をついている。


 アルトは剣を振ったかっこうのまま固まっていたけど、ふしぎそうに顔を上げて、僕を見て、折れた剣を見て、落ちた剣の先っちょを見て、もう一度、僕を見る。

 そのまま、また固まってしまう。

 下で見た人形のマネみたいでちょっと楽しそう。


 けど、このまま僕も人形ごっこしてたら誰も動きそうにない。

 とりあえず、手を振ってみた。


「ねえ。手、へいき?」


 アルトの手は赤くなっている。

 僕を叩いたりするから痛かったんじゃないかな?


「……な」

「な?」

「な、なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

「わあ」


 大きな声だ。

 アルトは悲鳴を上げて、ついでに剣を落として、座り込んでしまった。


「妖精銀の剣が折れた、だと? 一流の鍛冶職人が、最高の素材から鍛え上げた剣が、生身の人間に弾かれて、折れるだと? ありえない。いや、あれは魔導装備? だが、あの程度の魔導装備で防げるわけが……」


 なんだかぶつぶつ一人でお話している。


 剣が折れてしまってショックなんだ。


 うーん。

 やさしく止めてあげた方がよかったかなあ。

 でも、手加減ってむずかしいからなあ。


 それにしても、僕はどうしちゃったんだろう?

 悪い事をしてしまったと思うんだけど、どうしてかちょっとだけ胸がスッとしている僕がいて、不思議な感じだ。


「今のうちに行きますよ、レオン」

「うん。あ、剣を折っちゃったから、お金あげた方がいいかな?」

「……ナチュラルに心を折ろうとしますね、レオンは。おそろしい子です」

「?」

「とにかく、今回はやめておいた方がいいです」


 よくわからないけど、シアンがそう言うならそうなんだろう。

 僕はシアンに腕を引かれるまま部屋の奥に向かう。

 その先はスケスケの板のところ。


「では、我々はこれで失礼しますよ。レオン」


 シアンが手を広げてくる。

 これはわかる。

 抱っこすればいいんだよね!

 ダンジョンで疲れると、シアンはこんな感じだからすぐにわかった。


 僕はシアンを腕に抱えて、そのまま近くで笑いあう。

 うん。しあわせな感じがする。

 しばらくそうしていたら、シアンが困ったみたいに笑った。


「あの……レオン? わたしはただ抱っこしてほしかったわけじゃなくて……いえ、これはこれで幸せなのですけどね? ただ、今はわたしを抱えて、窓から脱出してほしかったのですが」


 そうだったのか。

 なるほど、言われてみればここは窓だから、簡単に外に出れる。

 でも、シアンはよわよわだから、僕が運んであげないとね。


「ま、待て! ここを逃れたところで、エルグラドに逃げ場はないのだぞ!」


 アルトが叫ぶけど、シアンは静かな目を返した。


「待ちません。お願いします、レオン」


 僕はスケスケの板をそっと開いて、そのままそっと跳んで、道の反対側のお店の屋根に着地した。

 まだアルトが叫んでいるみたいだけど、シアンは聞く気がないみたい。


 いいのかなって思う僕と、いいぞ行ってしまえって思う僕がいる。

 ふしぎだ。


 自分の気持ちがわからないでいる間に、シアンがビッと冒険者の街の方を指さすから、僕はそっちに向かって屋根の上を走り始めた。


 商人街を抜けて、中央街をふんわり避けて、気がつけば『迷宮の狭間亭』に僕たちは戻っていた。

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