75 ドラゴンさん、お店で買い物をする
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お店の中はスッキリした感じだ。
服を着た人形があるけど、そんなにいっぱいなわけじゃない。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……十もないぐらい。
その近くにきれいな服を着た人たちが集まっていて、お店の人とお話をしている。
太い柱が四つあって、天井がとても高い。
あ、奥の方に階段がある。
二階は壁の近くに床――というか、道があって、ときどき扉が見える。
そのさらに上は……天井の向こうで普通の目じゃ見えない。
よく見える目で見ようとしたけど、その前に話しかけられた。
「一階では季節の新作を並べております。こちらをベースに細かなデザインや色合いを決めて、オーダーメイドをお作りしております」
お姉さんが教えてくれる。
うん。よくわからない。
「オーダーメイドというのは自分のためだけの服という意味ですよ。ちなみに、わたしたちが着ているのは量産品……とにかく、質より量を求めた服ですね。とても安いです」
シアンも教えてくれるけど、服というのをあまり僕は知らない。
とにかく、いろんな服があるのは覚えてきたけど、質とか量とか言われてもピンとこなかった。
「まあ、レオンにはまだ早い話ですね」
「お客様方は冒険者用の装備になる服をお求めとありましたが、そちらの案内でよろしいでしょうか?」
トールマンの紙に書いてあったらしい。
僕とシアンがうなずくと、お姉さんは近くにいたお店の人に声をかけた。
何かむずかしい話をしていたけど、すぐにお店の人は奥の部屋に行ってしまう。
「では、こちらへ」
お姉さんは僕たちを階段の方に連れて行ってくれる。
二階からは下がよく見えるけど、こっちには人がほとんどいない。
いくつかある扉の向こう側には誰かいるみたいだ。
耳をすますと、こっちでもむずかしそうな話をしているのが聞こえてきた。
式典用の服。納期が足りない。宝石はダイヤがいい。請求は役場に。デザインをもっと派手にしてくれ。こっちの服は五着作ってほしい。防御力が足りない。
いろんな人のいろんな声だ。
「こちらでお待ちください。ただいま、ご用意しておりますので」
その部屋のうちのひとつに僕たちは入れられた。
テーブルとソファがあって、なんだからキラキラした置物がたくさんある部屋だ。
下でも見たスケスケの板があって、外が見える。
お姉さんは僕たちが座る間に、棚の方に行くと何かカチャカチャと音を立てながら作業を始めた。
少し待つといい匂いがしてきて、湯気の上がるカップを持ってきてくれた。
「よろしければ、どうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
お茶をくれた。
最初は敵かもって思ったけど、いい人みたいだ。
僕たちの向こう側に座ったお姉さんに笑いかけると、笑い返してくれた。
うん。やっぱりいい人だ。
「それでは改めまして、本日はわたくしどもウルズ服飾店にご来店いただきありがとうございます。当店はボルケン商会における服飾部門の統括店舗ですので、必ずやお客様のご要望にお応えできると自負しております」
とてもむずかしい言葉を使う人だ。
何を言っているかわからないけど、シアンがうなずいているから僕も同じようにしておく。
「トールマンからは服一式を魔導装備で揃えたいと伺っておりますが……」
「ごふっ! れ、レオン!? けほっ!?」
シアンがお茶を吹き出しそうになっていた。
よくわからないけど、背中をなでておく。
「あ、ありがとうございます。けど、レオン。何を買うのかと不思議に思っていましたが、そんな無駄づか――いえ、浪費を……違いますね。贅沢をするなんて」
シアンはかなりおどろいているみたいだ。
カップを持つ手がふるえている。
「そうなの? ちゃんと戦うと服がすぐボロボロになっちゃうから、このコートみたいなのがほしいなって思ったんだけど……ダメ?」
「いえ、ダメというわけでは。それはレオンの稼いだお金ですからね。使い方はレオンの自由です」
けど、シアンはぶつぶつと何か一人でしゃべっている。
とりあえず、ダメじゃないらしいから、お姉さんにうなずいた。
「うん。トールマンはここならあるって言ってたけど、本当?」
「ええ。当店のお客様には大商人の方から貴族様までおりますので。その中に普段着に防御力を求められる方も少なくありません」
「お金なり権力を持つ人は狙われやすいですからね。しかも、見たままの防具を身に着けられない場合がほとんどです。その点、普通の服にも見える魔導装備は最適でしょう」
ええっと、よくわからないけど、僕のほしい服がここにはあるんだよね。
「じゃあ、売ってくれる?」
「ええ、もちろん。ただ、どうしても魔導装備は高額になってしまいますが……」
うん。
銀貨10枚だよね。知ってる、。
トールマンが僕の持っているお金なら買えるって言ってた。
「あ、あのぅ……」
「ん?」
「レオン、予算を聞かれているんですよ。あなたが服に使うお金の金額です」
あれ。
トールマンが教えていると思ったけど、ちがったみたいだ。
僕はトールマンにしたみたいに袋をお姉さんに渡した。
「これで買いたいんだ」
「拝見いたしま――金貨、5枚……ですか」
「ぶふうっ!」
シアンが噴き出した。
さっきよりゴホゴホしているから、何度も背中をなでてあげる。
その間、お姉さんは笑顔のままで止まっていた。あ、ちょっとほっぺがピクピクしているけど、どうしたんだろう?
「あの、レオン様? こちらは……」
「足りない?」
「いえ、魔導装備にこれだけお使いになられるつもりかと……」
「足りないなら、もっと持ってこないと……」
ええっと、ノクトの影にしまってもらっているのが……いくつあったっけ?
まあ、いいや。
ノクトに聞けばわかるから。
「れ、レオン。あの、昨日の報酬を一気に使ってしまうつもりですか?」
「え、ううん。あまったら残すよ。衣食住、だよね。お家、買わないと」
トールマンはこのお金があったらお家が買えるって言ってた。
このまま『迷宮の狭間亭』にいるのもいいけど、今はトントロとピートロもいるんだ。
人の前に簡単に出れない二匹のためにも、自由にできる家を買ってあげないと。
「え、あ、あの。では、ご予算は……」
「お姉さん、いい感じに決めて」
お願いすると、お姉さんはふしぎな顔をした。
この顔はどうしたんだろう?
笑っている形だけど、こまってる? 怒ってる? それとも悲しい?
人間の気持ちはむずかしいなあ。
「これは試されて? 商人としての力量を試されているんですか? それとも本当に何も知らないだけ? なら、値段交渉でお小遣いを稼いで、婚活資金に……ダメよ、私! おいしい話はあっても甘い話はないの! おいしい話は甘くても毒があるのよ! 商人としての信頼以上に価値のある物なんてないんだから!」
お姉さんは頭を抱えてぶつぶつ言い始めてしまった。
こんな感じにする人、多いよなあ。
もしかして、楽しいのかな?
僕が首を傾げていると、シアンがお姉さんに声をかけた。
「あの、彼の着ているコートと同格の物を用意できますか? それぐらいで一式でしたら、金貨1枚で買えますよね?」
「はっ! え、あ、はい! そうですね。ええ、そうしましょう。そろそろ係りの者がリストを持ってまいりますので、そちらからご提案させてください」
お姉さんは目が覚めたみたいな顔をして、ハンカチで汗をふいている。
シアンは困った感じで笑っていた。
「レオンと付き合っていると、心が試されますねえ」
「そうなの?」
「ふふ。レオンは何も悪くないんですけどね」
よくわからない話だ。
僕は普通に話しているつもりなんだけど……。
シアンもノクトも僕はこのままでいいって言ってくれるけど、わからない事が多いのがいけないのかなあ。
そうやって悩んでいたから気づくのが遅くなった。
部屋の外がなんだかうるさいような?
「外で誰か怒ってるみたい」
「わたしには聞こえませんが……レオンには聞こえるんですね。ちょっと様子を見てみましょうか」
シアンといっしょに部屋を出てみる。
扉を開けると大きな声がはっきりと聞こえてきた。
「だから、金なら払うと言っている!」
「で、ですが、坊ちゃま。当店のお客様には帝都の方もおりまして、その方々をお待たせするわけには……」
「帝都の連中など知らん! ここは迷宮都市エルグラドだ! 弓聖の名に勝るものがあるというのなら連れてきてみろ!」
声はどんどん近づいている。
三階の方からだ。
男の人と女の人。
怒っているのは男の人で、女の人はすごいこまっているみたい。
「ボルケン商会で扱う全ての魔導装備は買い上げる! これは当代弓聖アルディ・エルグラドの決定事項だ! 逆らうというならそれなりの覚悟をしておくのだな!」
階段から下りてきた男の人が見える。
いっぱいキラキラしたのを付けた服を着た男の人だ。
背は僕と同じぐらい?
すごいむずかしい顔をして、怒りながら早足で通路を歩いてくる。
腰には剣があるし、戦える人みたいだ。
ちゃんと見てないけど、ギルドナイトの副隊長さんぐらいかな?
「お待ちください、坊ちゃま!」
「くどい。二日やる。それまでに屋敷に持ってくるんだ。無論、小細工なぞすれば許されんからな?」
後から追いかけて下りてきたふくよかなおばさんが止めようとしていたけど、男の人は振り返りもしなかった。
「なんか、大変みたい」
「弓聖の名前が出ていましたが……」
「オーナーと、あちらは弓聖様のご子息の……」
いっしょについてきていたお姉さんがつぶやいている。
知っている人みたいだ。
ふと、男の人と目が合う。
「ふん。冒険者か。見ない顔だが……ん!?」
「……あ」
男の人が僕の隣を見て足を止めた。
それからシアンが小さく声を上げて、顔を青くしている。
どうしたのか聞く前に男の人が叫んだ。
「お前はシアン・セルシウス・ブリューナク!」
ちがうよ。
シアンはシアンだよ。
ちょっと似ているけど、そんな名前じゃ……あれ、でも、猫っぽい時にセルシウスとか言っていたような?
首を傾げている間に、男の人が続けてくる。
「まさかこんな場所にいたとはな。足元に身を隠すとはやってくれる。だが、ついに見つけたぞ、我が婚約者!」
婚約者?
知らない言葉だけど、なんだかムカッとした。




