72 ドラゴンさん、これからの話を聞く
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「あ、頭が痛いわ。あ、いえ、痛いわー」
『無理に繕わなくてもいいじゃない。ようこそ、あたしの側へ。大歓迎よ』
テーブルにぐでんとなったマリアがうめいている。
その頭の横でノクトはどこかうれしそうだ。
マリアはググッと気合を入れて起き上がると、何度も深呼吸をして、生命力とか魔力をいっぱい転換して、それからやっぱり頭をかかえる。
「むーりー。こんなの受け止められないわよー」
マリアはテーブルをばんばんとたたき始めてしまった。
けど、すぐにそれも止まる。
一本の棒がガツンッとテーブルをもっと強くぶったからだ。
棒を持っているのは女将さん。
いつもよりもずっときつい目でマリアをにらんでいる。
料理に使うはずの棒と包丁が、なんだかとってもおそろしく見えた。
「店のテーブルを乱暴に扱うんじゃねえ。追い出すぞ」
「ご、ごめんー。っていうか、あなたの方がずっと乱暴……」
「あぁ!?」
「なんでもないよー。もう、そんなに怒らないでー。そりゃー、ここのところ頼ってばっかで悪いとは思ってるけどー、許してー?」
「その甘えた声をやめろ。気持ちわりい」
マリアは女将さんに抱き着こうとするけど、ペシンとおでこをたたかれてしまった。
キッチンにもどっていく女将さんが見えなくなると、マリアはまたテーブルに倒れこんでしまう。
なんだか泣きそうな顔だった。
「なんなんですかー、あの怪物がー、魂魄を通して人も動物もモンスターも操ってー、エントランスにいた全生物がシアンさんたちを襲ってー、しかも、モンスター化したはずのトントロちゃんとピートロちゃんを……すごい名前ね。じゃなくてー、レオン君が治そうとしたらこうなっちゃってー、あとあとー、蛇女の体は元々がレオン君のでー? レオン君は五百年前の鮮血の暗黒竜が人間になった存在でー? それもそれもそれもー、本当は悪いドラゴンじゃなくて良いドラゴンー?」
たくさんぶつぶつとお話している。
シアンは丸まっていたノクトをかかえると、マリアには聞こえないぐらいの小さな声で話しかけた。
「よかったんですか? 本当に全部話してしまって。レオンの昔の事まで」
心配そうに僕を見てくるシアン。
昔の僕は鮮血の暗黒竜だって怖がられていたから、それを知ってしまったマリアに嫌われてしまうかもしれない。
それはつらい。
『どの道、中途半端に隠してもバレるわよ。あたしは嘘をつけないのだから』
「ですね。マリアが本気で知ろうとしたら隠せないとは思いますが」
『それぐらいなら最初から情報を開示した方が好印象いいでしょ。うまくいけば冒険者ギルドの内側に協力者ができるわけだし』
難しい話だ。
僕とトントロはきょとんと見ているしかないけど、ピートロだけはうんうんとうなずいている。
ちょっと思っていたけど、ピートロは僕よりもずっと頭がいいのかもしれない。
僕はピートロの頭をなでてみた。
「ピートロはすごいね」
「え、ええ!? そんな、アニキ様。わたくしはわたくしにできる事を精いっぱいやっているだけで、本当にすごいのはアニキ様です!」
「いや、ピートロはすごいっす! オイラも負けてられないっす!」
「お、お兄ちゃんまで! もう……」
赤くなるピートロ。
ちょっとなでるのが楽しくなってきたけど、どうしてかシアンがじっと僕をみつめているのに気付いた。
「シアン?」
「別に、なんでもありませんよ? うらやましいとか、そんなのぜんっぜんないですからね。ええ」
でも、シアンはほっぺをふっくらさせてしまっている。
これがいい感じじゃないのは僕でもわかるようになってきた。
だから、もう片方の手でシアンの頭をなでてみる。
「あぅ、ふ、ふふ。こんな簡単に誤魔化されてなんかあげませんからね。けど、わたしは優しいですから、レオンの気持ちを寛大に受け入れてあげなくもありません。ええ、大人ですから! だから、もうしばらく撫でてもいいんですよ?」
いいらしい。
だから、シアンとピートロの頭をなでていると、今度はノクトとマリアがじとっと見てくるのに気付いた。
どうしたんだろう、なでた方がいいのかな?
「これ、ドラゴンの魔法とかじゃありませんよね?」
『周りがちょろいだけよ。ほら、そろそろあなたも正気に返りなさいな』
「はあ、もう少し現実逃避していたかったですけどー、どうにもなりませんからねー」
マリアは真剣な目で僕を見つめてくる。
普通に見ているだけな気がするけど、いつもよりずっと鋭い感じだ。
「ノクトさん。『ブリューナクの真実』に賭けて真偽判定を願います」
『あたしの判断でよければ』
シアンの腕から下りたノクトが僕とマリアの間でちょこんと座る。
「レオン君。あなたは五百年前の鮮血の暗黒竜で間違いありませんか?」
声も鋭い。
まるで言葉が刺さってくるみたいだ。
「うん。僕は知らなかったけど、そうだったみたい」
マリアがちらりとノクトを見る。
ノクトは小さくうなずいただけ。
「俄かに信じがたい話ですが、少なくともレオン君の認識では真実なのですね」
『先に言っておくけど、一通りの事はあたしたちが聞いているわよ』
「そのようですね。事実、それで問題がなかったからあなたがたも隠していてのでしょう。では、ひとつだけ」
生命力と魔力が一気に高まる。
この前のギルドで銅斧さんを倒した時のマリアの気配だ。
「レオン君。あなたは人間を恨んでいますか?」
「? なんで? やっと人間になれたから、これから友達になれるのに」
人間になってシアンと友達になれた。
ノクトやトントロやピートロや女将さんとも出会えた。
マリアたちギルドの人たちもそうだし、トールマンとかミリーもだ。
ギルマスとか金斧さんたちみたいに、やな感じの人もたまにいるけど、それだって別に恨んだりする事じゃない。
マリアは何を言っているんだろう?
『信じられないかもしれないけど、本当に心の底からそう思っているわよ、レオンは』
「そうみたいですねー。はぁー、なんだか自分の心の汚さが鏡映しにされるみたいで嫌気がさしますよー」
あ、元のマリアに戻った。
うん。こっちのマリアの方が僕は好きだ。
僕がほっとしていると、マリアは体を伸ばしてから話し始めた。
「レオン君は悪い存在じゃないのはわかったわー」
『それに超強力な戦力でもあるのもわかるでしょ?』
「まあ、あの魂魄鑑定の結果を見ていますからねー。なるほどー、ギルマスが言っていた『英雄』クラスという意味もやっとわかりましたー」
『ギルドとしては強い戦力は必須よね?』
「推してきますねー。そんなにレオン君が大切なんですかー?」
マリアがノクトを持ち上げるけど、ノクトはぷいっと他の方を見てしまう。
『つまらない詮索は不要よ。それでどうなのかしら、迷宮都市エルグラド、冒険者ギルドの受付代表としての見解は?』
「そうですねー。戦力として有用なのは認めすよー。でもー、元ドラゴンの肉体がモンスターになって、ダンジョンから現れる件は見逃せませんよー? レオン君に恨みを抱いていたんだよねー?」
最後は僕に聞いてきたみたいだ。
二匹のドラゴンを思い出して、僕はうなずいた。
自分自身に嫌われるなんて悲しいよ。
「レオン、そんなにしょげないでください!」
「アニキ、元気出すっす!」
「アニキ様、わたくしたちはアニキ様をお慕いしておりますから!」
みんな、やさしいなあ。
「……ノクトさん、大変ですねー」
『わかってくれる人がいて嬉しいわ』
なんでか、ノクトとマリアが遠くの方を見つめている。
でも、すぐに話を戻した。
「ごっほん。ともあれー、レオン君自身に悪意がなくてもー、どのドラゴンが襲ってくるかもしれないのは放っておけませんねー」
『なら、どうするのかしら? ギルドでレオンを拘束でもするつもりかしら? それとも命を奪うなんて、命知らずな事でも言うつもり?』
なんかこわい話をしている。
「無理でしょうねー。実力的にー。相手が鮮血の暗黒竜ならー、Sランクの冒険者を全員集めても怪しいところですよー。まあ、騙すのは簡単そうですけどー」
「させませんよ」
『させないわね』
「ですよねー。よりによって、シアンさんたちが相手なのに騙すとか不可能ですよー」
そこでマリアはポンと手をたたいた。
ニコニコと僕の目を見て話しかけてくる。
「ねえ、レオン君。お願いがあるんだけどー、これからも冒険者として働いてくれるー?」
僕はいま、冒険者だ。
人間の生活をするために冒険者でお金を手に入れなくちゃいけない。
だから、それは当たり前。
「うん。がんばるよ」
「じゃあ、そういう事でー」
なんだったんだろうと首を傾げていると、ノクトがフンと鼻をならした。
『……首輪をつけたつもりじゃないわよね?』
「まさかー、ただ私はレオン君と良好な関係を築いていきたいなーと思っただけですよー」
「その真意はなんですか?」
「本当なんだけどねー」
シアンとノクトに聞かれてマリアは困ったように笑う。
それからちょっと鋭い感じになって話し始めた。
「ここでレオン君を除外してもドラゴン襲来が解決するとは限らないわ。そんな事をして、レオン君を遠ざけたところを襲われでもしたら、目も当てられない。それなら対ドラゴンにレオン君をあてるべきでしょ?」
「レオンを利用するつもりですか?」
「協力関係でありたいだけよ。それはそちらも同じじゃない? その子たちと生活するなら、ギルドに協力者がいると助かるわよ?」
マリアがトントロとピートロを見る。
むずかしい話はわからないけど、二匹のためになるなら僕はがんばる。
『……まあ、その辺りが無難な線ね』
ノクトがため息をついて、やっとピンとした空気がふんわりした。
それを待っていたみたいなタイミングで、女将さんがやってくる。
手にはたくさんの料理が乗ったお皿だ。
そういえば、食べている途中だったのを忘れていた。
「面倒事が終わったならさっさと食ってくれ。片づけられないからな」
「あららー、相変わらず心配性で照れ屋さんねー。もっと素直にお世話してあげればいいのにー」
「よし。マリアの奢りみたいだ。追加にとびっきりを出してやる。帝都から取り寄せた最高級のスパイスを大量に使った一品だ」
「ちょっ! それ、本当に高いやつ! 待って! 謝るから待って!」
女将さんと話すマリアはちょっと違っているけど、とっても楽しそうだ。
僕はキッチンに入ろうとして追い出されるマリアを見ながら、みんなとご飯を食べるのだった。
うん。
たくさんで食べるご飯はおいしいな。
これからもよく働いて、人間の生活をがんばろう!




