71 ドラゴンさん、途中経過を聞く
71
「本当にー、子豚が立って歩いて、しゃべるのねー」
マリアがひざの上にトントロをのせて、じっと見つめている。
トントロは胸をはって、鼻をならした。
「うっす。アニキのおかげっす! うへっ!?」
「あら、口の中は人間に近いのねー? うーん、わかってはいたけど、本当に作りものじゃないわー」
いきなりマリアがトントロの口をぐわっと広げてしまった。
トントロはじたばたと動いているけど、ぜんぜん離れられないみたいだ。
僕が立つよりも先に、机の上で丸まっていたノクトが声をかける。
『ほら、無理するんじゃないわよ』
「うふふ。ごめんなさいねー」
マリアが手を放してくれた。
「あんた、なにするっすか! オトメがはしたないっす! くそぅ……アニキ、オイラよごされちまったっす!」
「トントロ!」
マリアのひざの上から逃げてきたトントロを背中にかばう。
なんとなく、マリアがトントロを見る目がこわい。
これはお肉を食べる獣の目だ。
『マリア?』
「うふふー、すみませんー。それにしてもー、本当にこの子たちは何者なのかしらー?」
今度のマリアの目はもっとこわい。
戦う人の目だ。
その目がトントロを見て、次にピートロを見る。
「あの、わたくしたちは普通じゃないかもしれませんけど、人に迷惑をかけたりはしませんから、どうか信じてください!」
「あらら、みんな健気ねえー。かわいいわー。私は嫌いじゃないんだけどねー。そういう事じゃないのよー?」
僕たちに見つめられて、こまったみたいな目をするマリア。
『ギルドとしては放置できない、かしら?』
「ギルドだけじゃないですよー。こんなのー、前代未聞過ぎてー、大騒ぎになるんじゃないですかー? 帝都のお偉方とかー、商人とかー、研究者とかー、もう収集つかなくなりそうですよー」
そうなの?
僕だってもとはドラゴンなんだし、広い世界のどこかには人間になった動物がいるんじゃないかな?
……ないんだ。
「あー、失敗しましたー。ノクトさんがー、明らかに本当の事を言っていないからってー、追及するんじゃありませんでしたよー」
『あたし、嘘はついてないわよ』
あっちの方を見て言うノクト。
そうだよ。
ノクトは嘘が嫌いだから、嘘なんてつかない。
「けどー、嘘をつかないからって、言っている事が本当とも限らないじゃないですかー」
『さあ、なんの事かしらね』
ノクトはまた丸くなってしまった。
けど、マリアが何を言っているか僕にはわからない。
トントロと首を傾けていると、ピートロが教えてくれる。
「たとえばですけど、アニキ様はご飯を食べましたか?」
「うん。食べたよ」
「はい。だから、そこで『食べていない』って言うのは嘘ですよね。でも、『朝ご飯は食べたよ』とか答えたらどうですか?」
え、なにそれ?
朝のご飯は食べたよ。
だけど、お昼のご飯を聞かれたんじゃないの?
なのに、朝ご飯?
え?
「妹ちゃんは賢いみたいねー。今のはあえて関係ない事を答えるパターンねー。言っている事は本当だけどー、肝心の質問の意図には答えないってねー。他にも肉は食べたけどー『パンは食べてない』とかねー。それからー、沈黙なんかもありますよー。答えなければ、嘘も本当もないよねー」
……ダメだ。
教えてもらってもわからない。
僕とトントロと首が回ってしまうぐらい傾いてしまう。
「レオンたちはそれでいいんですよ。そういう理屈はできる人に任せればいいんですからね」
宿屋の裏からシアンが帰ってきた。
ひどい顔の色は少し良くなっている。
それにしても今は服が大きな白いシャツになっているけど、いつものローブとかスカートはどうしちゃったんだろう?
「ふふ、そんなに熱視線を向けてもシャツは透けませんよ? それともわたしの脚線美が気になっちゃいますか? レオンはエッチですねぇ」
……どうしよう。
今の僕だったら、本気で見ようとしたら布の向こう側が見えそうな気がするんだけど、なんとなくそれは言っちゃダメな気がする。
うん。
答えなければ嘘つきじゃないってマリアが言ってた。
あと、足は細すぎて心配。
「それで、どうしてマリアさんがここにいるんでしょうか?」
『隠し事しているのがバレたわ』
「……マリアは察してくれていたんじゃありませんか?」
「私は専属だからねー。シアンさんとノクトさんの事情は知っているしー、そもそもギルドは冒険者の隠し事に寛容だけどー……」
マリアは遠くの方――たぶん、ギルドの方を見ながら続けた。
「さすがにー、あんな蛇女みたいな怪物を持ち帰られてー、隠し事をされては見逃せないわねー」
マリアもヘビ女を見たらしい。
けど、怪物かあ。
あれ、魂魄とかは知らないけど、体だけは元がドラゴンの時の僕の体なんだよなあ。
や、もうぜんぜん形はちがっちゃったけどね。
それが怪物って言われるとちょっと心が痛い。
「レオン、気にしすぎですよ。あなたはあなたなんですからね」
シアンがそんなふうに小さな声で言ってくれて、ぽんぽんと背中をたたいてくれた。
なんとなく、それだけで痛いのがなくなっていく。
僕がお礼を言うよりも先に、シアンはマリアに視線を戻している。
「では、マリアさんは蛇女について聞きに来たんですか?」
「それもひとつだねー。もともとー、ギルドから事情聴取に人を出す予定だったからー、専属の私が来たのねー」
副隊長さんがそんな事を言っていたっけ。
「他にも用件はあってねー。すぐに終わるものから終わらせちゃおっかー。まずは、はーい。レオン君にこれねー」
マリアは胸のポケットから銀色の板を出した。
なんとなく、見た事のあるそれはギルドカードだ。
「レオン君のギルドカードねー。なくしちゃダメだよー。ちゃんと首からかけておくことー」
受け取って、すぐに首にかける。
カードには教えてもらった僕の名前が書いてあった。
それから下にはええっと……?
総合ランク□□ 生命力□□-□□ 魔力□□-□□
なあに、これ?
不思議に思っているとシアンがのぞきこんできた。
「ああ。これは魂魄のレベルを隠してあるんですよ。あまり人に知られたい情報ではありませんからね」
『レオンの場合は公表できないだけでしょうけど』
「というかー、あんな結果を書き込む機能がないんだよねー、そのカード」
「アニキ、カッコいいっす!」
「アニキ様、素敵です」
よくわからないけど、ほめられた。
ギルマスはきらいだけど、これで僕もギルドの冒険者だ。
それとシアンとおそろいでうれしい。
「それからー、これがレオン君の依頼の途中経過報告ー。今日も救助者が見つかったのー。まあ、最後の最後でエントランスで巻き込まれたみたいだけどー」
折りたたまれた紙を渡される。
僕がギルドにお願いしていたやつだ。
そういえば、ダンジョンから帰ったら話があるって言っていたっけ。
開いていみるけど……なんか、小さくて難しい字がいっぱい書いてあった。
「シアン……」
「はいはい。レオンは仕方ないですねえ」
うれしそうにシアンは紙を受け取ってくれた。
しばらく静かに読んで、顔を上げる。
「死者は三名。重傷者は二十三名。その内、引退を余儀なくされた方が二名。残りの未帰還者は八名」
頭の悪い僕にはそれがいいのか悪いのかわからない。
ただ、死者三名。
その言葉は忘れないようにしようと思う。
「先に言っておくけどー、集団暴走が起きた事を思えば、ずっといい結果なんだからねー? レオン君が依頼していなかったらー、他の人も助かっていないのも忘れちゃダメだよー」
うん。
だけど、忘れない。
バカだけど、忘れない。
忘れたら、また失敗してしまうから。
『はあ、余計な苦労を背負い込むんだから』
「それがレオンの良いところでもあり、難しいところでもあるんですよ。だから、わたしたちでフォローしてあげましょう」
見上げてくるトントロとピートロの頭をなでていると、マリアが手をパンと叩いた。
「ではー、そろそろエントランスでのお話を聞かせてもらおうかー? もちろんー、本当の事をねー?」
リアルの方で異動がありました。
休みのタイミングが変更になるかもしれません。
現状、休みの日(月曜と木曜)に当日と翌日分を書いています。
変更次第では次回の更新からタイミングが変わるかもしれませんので、ご承知いただけると幸いです。




