70 ドラゴンさん、宿に帰る
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『以上、あたしたちが下で見聞きした報告よ。後はそちらでなんとかしなさいな。あたしたちは帰らせてもらうわ』
「ふぅむ。実際に蛇女を見せられては妄言とは言わん。ギルドナイトから預かったというナイフも……盗品ではないな。救援依頼も真実か」
「ひぃ、ひぃ、ひぁ、ひゅぅ、ひゃっ」
ノクトが影から出したナイフを副隊長さんがじっと見ている。
『ふぅん。それも魔導具なの。まあ、そう簡単にギルドナイトの装備を渡すわけもないか。けど、あたしたちが嘘を言わないのは知らされているんじゃないかしら?』
「自分で見聞きせねば納得できん性質でな。気を悪くしたならば謝罪しよう。だが、必要な処置でもあろう。しかし、エントランスで特殊個体のモンスター。しかも、その場にいた商人はともかく冒険者、果てはギルドナイトまで昏倒させる脅威度とは……」
「ぜっ、けほっ、ごほっ、こほっ、ほひゅぅ」
難しい顔で腕組みする副隊長さん。
ノクトはしっぽを揺らしながらため息。
『悩むのは結構だけど、帰らせてもらえないかしら? 見ての通り、疲れているのよ。ギルドナイトがやられるようなモンスターをなんとか倒した後だから』
「我々の不始末を責められても仕方あるまい。だが、これ程の異常事態の重要な当事者を帰すわけにはいかん。すまないが、しばらくギルドに留まってもらおう。無論、不自由はさせないように配慮しよう」
「ひゅぅ、はふぅ、はっ、はぁ……うぇっ!」
長い階段を最後まで歩いて戻ったシアン。
シアンはとってもがんばった。
何度も泣きそうになったり、あきらめそうになったり、助けてって言いそうになったりした。
でも、最後までちゃんと歩ききった。
僕はそんなシアンが立派だと思う。
けど、その状態はわるい。いや、ひどい。
顔色は青とか白どころか、土の色っぽい。
汗だらけで、体中がびしょびしょ。
息をしてもちゃんと空気が吸えない。
足はぶるぶるとふるえて、今も立っているのがふしぎだった。
もともと苦手なのに、今は息もまんぞくにできないから生命力がほんのちょっぴりしか作れない。
『お断りよ。ギルドにあたしたちを拘束する権限はないのだから。こちらは見ての通り、かなり酷い有様なのよ。ねえ、ギルドナイトの副隊長様は嫁入り前の女に恥をかかせるつもりなのかしら? それも異常事態を解決した立役者に』
「しかし、これ程の事態なのだぞ。それを……」
副隊長さんがもっともっと難しい顔をしたところで、シアンが僕のコートをひっぱった。
「うぅ、ぁ、うぐっ! うぷっ!」
「シアン? シアン! シアーン!」
とうとう体を折り曲げて、口を手で押さえるシアン。
よくわからない。
よくわからないけど、このままじゃとってもいけない事にないそうな気がする。
「副隊長さん、お願い! シアンを助けてあげて!」
「……ええい、行ってよい! ただし、すぐにマリアを行かせるからな! 常宿から出るなよ! それから猫の君は残れ。いいな?」
『はいはい。もちろん、協力するわよ。ほら、レオンも蛇女を置いていきなさいな。一番大事なのはそれでしょう? それから操られていたモンスターと、モンスター化した家畜の実物よ』
僕はノクトに言われて持っていた荷物を――ヘビ女とモンスターの荷物を地面に置く。
ひもがゆるくなって布が外れてしまった。
中からヘビ女が転がって、ギルドナイトの人たちがうるさくなる。
ヘビ女は普通のモンスターじゃないからなあ。
ヘビの体だけど、上の方は人間の形だ。
けど、人間の色とはぜんぜん違う。
よくわからないモンスターに見えるんだろうな。
僕にはドラゴンに見えるんだけど。
「むぅ、これは面妖な。人に近いモンスターとは……」
『じゃあ、レオンは急いでシアンを連れていくのよ。あたしもすぐにマリアと戻るから、女将に伝えなさいな』
急いで戻らないと。
シアンは本当の本当にやばい。
僕は荷物の代わりにシアンを抱えた。
落としちゃわないようにしっかりぎゅっとして。
「レオ――ぐえっ」
「いくよ!」
生命力で体を強くして、ぴょんと近くの建物の上に。
人間の街はジグザグしていて、歩いているとまっすぐいけない。
だから、その上を走ると早いんじゃないかなって僕は気づいていた。
「まって、まってくだひゃい、れおん、だめ、らめ、らめぇ」
シアンがダメらしい。
急がないと。
僕は建物を壊してしまわないぐらいに、でも、とっても急いで『迷宮の狭間亭』に向かって飛んで行った。
「……空から降ってきたと思えば、シアンはさんざんな有様だし、お前さんは服だけボロボロだし、保護者はいねえし」
僕の前には女将さん。
腰に手を当てて、僕をぎろりと見下ろしている。
僕は食堂の床に正座したまま見つめ返した。
いそいでシアンを連れてきたんだけど、そのシアンは女将さんに宿の裏へ運ばれていったまま帰ってこない。
心配だ。
「ったく、相も変わらずわかってねえぞ」
「? なにが?」
「こっちの話だ。保護者の苦労が偲ばれるってだけだよ。にしても、問題はこっちだぜ」
ノクトみたいにため息をつく女将さんは、僕の前にいる二匹に目を向けた。
布から出してあげた二匹だ。
「どこのどいつか知らないっすけど、アニキはおいらが守るっす!」
「あの、すみません。突然、お邪魔してしまいまして。でも、わたくし必ずお役に立ちますから! だから、アニキ様とアネキ様を許してあげてください!」
トントロは両手を広げて、ピートロは目をウルウルさせて、女将さんを止めようとしていた。
二匹とも女将さんににらまれてビクビクしているけどとっても立派だ。
「ありがとう。嬉しいよ、トントロ、ピートロ!」
「アニキ!」
「アニキ様!」
二匹が抱きついてくる。
女将さんが怖かったみたいだ。
「なんなんだ、こいつらは。子豚? ガキ? かぶりもんじゃねえし、魔導でもねえし、マジでわからねえぞ。それに、なんかうまそうな名前をつけられて……しかも、それを当人たちが喜んでやがるとか、ますますわけがわかんねえ。ていうか、うちが悪者かよ。ちっ、とっとと帰ってこいや、保護者め」
なんだかいろいろとぶつぶつ言いながら女将さんは台所に行ってしまった。
けど、すぐに大きなお皿を持って戻ってくる。
「ほら、いつまで床に座ってんだ。座るんなら椅子にしやがれ。んで、おとなしく飯でも食ってろ。いいか? シアンは心配する事はねえ。ねえが、シアンの様子は見にくんじゃねえぞ? 絶対だからな」
ドンとお皿を近くのテーブルに置いて、シアンがいる宿屋の裏に行ってしまった。
お皿にはパンとかお肉とか野菜がいっぱいだ。
トントロとピートロが鼻を近づけて、それからキラキラした目をして僕を見る。
僕もお腹がぐるぐる鳴ってきた。
シアンは心配だし、ノクトもまだ帰ってきてないけど。
「食べてようか」
「うっす!」
「はい、いただきます」
トントロとピートロが食べやすいように手でつかんで食べられるようになっている。
「アニキ、うまいっす!」
「おいしい……わたくしもこんなお料理できるようになったら素敵だなあ」
二匹にうなずぎながら、僕は思い返していた。
人間の生活をするために、働いて、お金を手に入れて、衣食住をそろえる。
それが目的だったけど、なんだかいろいろあってちゃんとできたかわからなくなってしまったなあ。
ヘビ女。
トントロとピートロ。
なんだかわからないけど、たくさんの事が見えるようになった僕の目。
本当にいろいろだ。
でも、まあ、ダンジョンから帰って、ご飯を食べれているんだから、だいじょうぶだったんだと思う。
「うん。今日も普通にできてよかったあ」
僕はうんうんとやって、パンにお肉と野菜をはさんで食べる。
「アニキ、それすごいっす! さすがっす! オイラもマネするっす!」
「お兄ちゃん、できてないよ。こぼれちゃってるよ。ほら、貸して。こうして、こうやって……はい。どうぞ」
こうして、二回目のダンジョンの冒険は終わるのだった。
「いいえー、ぜんっぜん普通じゃないからねー?」
バーンと扉を開けて、ノクトの首根っこを捕まえたマリアが入ってきた。
終わってなかったらしい。
僕はパンを飲み込みながら、首を傾げた。




