6 ドラゴンさん、魔導を見る
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迷宮――ダンジョンの濃厚なマナを取り込んでいく。
一度だけじゃなくて、二度、三度と繰り返すたびに、胸の内に熱い感覚が灯った。
後はこれを生命力に転換すれば準備万端だけど、
「ふふ、安心してください」
隣に並んだシアンに声を掛けられた。
なんだろうと目を向けると、自信に満ちた笑顔で胸に手を当てている。
「元ドラゴンでも人間になったばかりだから緊張しているみたいですね? けど、何も心配はいりませんよ! 大魔導使いのわたしがいるんですから!」
いや、今のは深呼吸であって深呼吸じゃないんだけど……でも、友達に心配してもらえるのって嬉しいな!
「うん。嬉しいよ」
「ええ、そうでしょうとも!」
『……噛みあっているのか、いないのか』
笑い合う僕とシアンの足元で、ノクトは溜め息を吐いていた。
でも、その視線は鋭いまま洞窟のひとつを睨んでいる。
『モンスター――魔物が来ているのはあなたたちから見て正面の一番大きなやつよ。ここに来るまでもう一分もないわね。数は十以上……十三体ね。足音からすると四足の獣――おそらく、双角狼でしょう』
せわしなく猫耳を動かしながらノクトは淡々と報告してくれる。
その双角狼という名前を僕は知らないけど、どんな魔物かまでわかるなんて思わなかった。
「それ、音だけじゃわからないよね?」
ノクトはチラリと僕を見上げると、
『あら。おバカではあるけど、馬鹿ではないのかしら。意外に鋭いのね』
素っ気ない口ぶりで呟いた。
僕もドラゴンの時はたくさん頭があって、たくさん目も耳もあったし、今より感じ取りやすいから知っている。
その時でも目と音だけじゃ、ノクトみたいに察知できない。
「そうです。ノクトは周りにいる生き物の魂魄を感じ取れるんですよ。おかげでわたしはモンスターから不意打ちされた事なんて一度もありません! すごいでしょう!」
「そうなんだ。すごいね。ノクトがいてくれてよかったね」
生命力や魔力の強さなら僕でもわかる。
けど、それはマナを転換しないとわからない。
でも、ノクトは魂魄そのものを感じ取る事で、相手の事が色々とわかってしまうんだ。
『能天気コンビ……』
また溜め息を吐いているノクトだけど、しっぽがピンと立っている。
これは褒められて喜んでいるな。
元ドラゴンで、しっぽがあった僕にはよくわかる。
『なにを見てるのかしら? 今はモンスターに集中なさい』
じろりと睨まれて、言われた通り洞窟に目を戻すと、僕の前にシアンが立った。
背中を向けたまま顔だけ振り返ったシアンは、自信満々に微笑んでいる。
さっき宣言していた通り、僕を守ってくれるつもりらしい。
「ノクト、双角狼はまとめて来ているんですか?」
『ほとんど一塊ね。群れで動いているにしてはまとまりすぎているのが気になるけど……』
洞窟の奥を睨むように見つめるノクト。
「道連れ兎の影響ですか?」
『そうでしょうね。でなければ、どんなモンスターだって道連れ兎の巣には近づかないでしょう。あたしたちみたいな例外を除けばね』
道連れ兎ってさっきも言ってたな。
もしかしなくても、僕に襲い掛かってきて、ショック死してしまった兎が話題になっているらしい。
なんとなく、物騒な名前な気がするんだけど、ただの魔物と違ったんだろうか。
「とにかく、逃げ場はないんですし倒すしかありません」
『でしょうね。他の洞窟に逃げ込んでも追われるだけだから』
それはわかる。
狼ってやたら体力があるから、逃げてもしつこく獲物を追いかけるんだよね。
まあ、僕は追いかけられた事はないんだけど。
『下手に走り回って体力を消耗するぐらいならここで倒してしまいなさい』
「わかりました」
方針を決まると、シアンは杖を洞窟へと突き出して構えると、細く息を吸ってマナを取り込んでいるようだ。
それと同時に魂魄がマナを魔力に変換されていき、生まれた魔力が杖を通して放出されていく。
これは……。
「魔法?」
『魔導よ。魔法なんて古い言葉を使うのね』
そういえば、シアンも大魔導使いって言っていたっけ。
竜とドラゴン、迷宮とダンジョン、魔法と魔導。
どうも僕の知っている言葉は古いらしい。
『あの人』から人間の言葉を教えてもらって百年近く経っているんだから、仕方ないのかもしれない。
そうしている間にもシアンの魔法――魔導が完成しようとしている。
杖先から放出された魔力が集まって、いくつもの球が生み出されていた。
でも、ただの魔力じゃない。
これは……水だ。
「点・多数展開/30・水属性――水撃重弾!」
そして、洞窟の先に赤い輝き――魔物の目――の群れが見えた瞬間に杖を掲げて、振り下ろした。
瞬間、三十個の水の球体が一斉に洞窟へと殺到する。
それらは今にも広場へと飛び出そうとしていた狼の魔物――双角狼に直撃して、あっさりと砕け散った。
かなりの勢いがあったから双角狼も無傷ではない。
何匹かは衝撃で骨が砕けたのか倒れて唸っているし、当たり所が悪かった奴は動かなくなっていた。
けど、それは群れの先頭だけで、後ろにいた奴らには水の球は届いていなかった。
半分以上は無傷のままでは、その殺意は衰えるどころか、怒りで増しているようにも思える。
その目に宿っているのは魔物らしい純粋なまでの殺気。
すぐに双角狼が倒れた仲間を跳び越えてきた。
ただの狼より二回りは大きな体に、額から二本の角を伸ばした狼だ。
その角は鍾乳石の青い輝きに鋭く輝いていて、角というよりは刃に近い感じがする。
シアンみたいな小さな子があんな角に襲われたら大変だ。
「危ない!」
『いいから、見てなさいな』
シアンの前に出ようとする僕の足に、ノクトがその前足を乗せて、ぎゅっと肉球を押し当てて止めてくる。
危うく蹴り飛ばしてしまいそうになって急停止した僕が見下ろすと、ノクトは少しも慌てていなかった。
『大丈夫だから』
その言葉通りだった。
魔力の気配を感じて視線を戻すと、シアンの前には既に先程の水の球が生まれている。
「再展開――水撃重弾!」
早い。
再び放たれた水の球の群れが双角狼に襲いかかり、打ち倒していく。
ただ、一度見せた攻撃を魔物もそのまま受けたりはしない。
四匹はとっさに躱すと、そのまま正面を避けて横から近づいてくる。
今度こそ前に出ようとする僕を、ノクトは止めたままだ。
「再展開――水撃重弾!」
同じ魔導。
だけど、今度は正面にまっすぐだけじゃない。
広い範囲に水の球が飛んでいき、いくつかが双角狼に激突して、前進を阻む。
分散させた分、威力が減っていたのか双角狼たちはすぐに起き上がろうとしていたけど、もう勝敗が決まっていた。
既にシアンの魔導が完成していたからだ。
掲げた杖が振り下ろされる。
「再展開・再展開・再展開――水撃連弾」
四度目の魔導。
度重なる攻撃で負傷し満足に動けなくなった魔物へ、数にしてこれまでの三倍――百にも迫る水球がとどめとなって降り注いだ。
砕けた水の球がうっすらと霧となってすぐに流れていった後、もう双角狼の中に動くものはいない。
足元のノクトが僕にだけ聞こえるように囁いてきた。
『詠唱短縮に連続展開からの大規模展開魔導。あれでも魔導使いとしては一流の域にあるのよ、あの子。調子に乗るから本人には言わないけどね』
「ふふ、どうですか? わたし、強いんですよ」
シアンはくるりと振り返り、得意げに笑ってみせた。
『調子に乗らないの。まあ、今のは及第点といったところね』
「ノクトは厳しいですねぇ。でも、レオンは安心してください。色々と大変みたいですけど、こうして出会ってお友達になったのも縁ですから。しっかり外まで連れて行ってあげますからね」
『はいはい。自慢はそれぐらいにして――』
ノクトが僕の足から前足をどかしたところで、ピクリと猫耳を揺らし、鋭く洞窟の奥を睨む。
瞬間、僕は飛び出していた。
「シアン!」
「はい? なに――きゃあっ!?」
反応できていないシアンを押し退けるのと同時、僕は強烈な衝撃に襲われていた。