67 ドラゴンさん、子分ができる
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ヘビ女が倒れるのといっしょに、操られていた全部がバタバタと倒れていく。
人間も動物もモンスターもみんなだ。
とりあえず、近くにいる冒険者の人の様子を見てみる。
「あ、知ってるおじさんだ」
冒険者ギルドで会って、ダンジョンでもちょっと会った。
そういえば、操られている人の中にいたっけ。
じっと見てみるけど寝ているだけだった。
操られていた魂魄も無事でほっとする。
動物も同じだけど……モンスターはどうしようかな?
寝ているモンスターを見下ろして悩む。
いくら今は寝ていても、起きたらモンスターは人間を襲ってしまう。
かわいそうだけど倒してしまうしかないのだけど……。
「前は動物だった子もいるよね」
トントロとピートロみたいにモンスター化してしまった動物がいるはずだ。
それまでいっしょに倒してしまうのはひどいんじゃないかな。
「レオーン! ちょっと戻ってきてくださーい!」
考えていると呼ばれて塔の上を見上げた。
シアンが手を振っているから振り返す。
さっきはおじさんたちに無視されて悲しかったから、手を振って返してもらうだけで楽しいし、シアンとノクトが無事だったってわかってうれしい。
しばらくそうしていたら、ノクトの怒鳴り声が飛んできた。
『遊んでないで早くなさいな!』
「ごめん! すぐ行く!」
しかられてしまった。
弱めにジャンプして塔のてっぺんに行くと、そこには元に戻ったシアンと、その頭の上でぐでんとしているノクトがいた。
「シアン、ノクト。だいじょうぶ? 元気そうだけど、体の悪いところない?」
「わたしたちは平気ですよ。レオンも……元気そうですね」
『少し疲れはしたけどね。まったく、こんな無茶は二度とごめんよ』
つかれているんだ。
でも、蛇女にやられてしまっていなくてよかった。
ちゃんと僕は約束を守れたんだなあ。
ほっとしていると、シアンが話しかけてくる。
「すみませんが、レオン。まずはこの子たちをどうにかしてもらえますか? わたしたちを警戒しているみたいでして……」
「あ、トントロ! ピートロ!」
シアンが振り返った先には眠っていた二匹の子ブタがいた。
毛布にかくれるみたいにして、ふるえながらシアンたちを見ている。
トントロはピートロの前に立っていて、そんなトントロにしがみついているピートロ。
「アニキ!」
……知らない声がした。
「え、だれ?」
僕の耳にはその声がトントロからしたように聞こえたんだけど……。
「アニキ! オレっす! トントロっす! アニキのしゃてえのトントロっす!」
トントロが、話している。
人間の言葉を、話している。
トントロは僕の腰にも届かない小さな体の男の子だ。
頭のてっぺんの毛だけがトサカみたいになっているのは、モンスターになっていた時の残りなのかもしれない。
キラキラした目で僕を見上げている。
「トントロ? 言葉、話せるの?」
「そうっす! なんか、よく覚えてないけど、話せるようになったっす!」
そうなんだ。
まあ、僕も気づいたら人間になっていたし、ノクトだって猫なのに話せるんだ。
子ブタだって話せてもおかしくないよね。
「よかったね」
「うっす! アニキのおかげっす!」
「お兄ちゃん、ダメだよ。ちゃんとお礼、言わないと」
トントロの後ろにかくれていたピートロが初めて話した。
女の子っぽいちょっと高めの声だなあ。
ピートロはまるまるとして、ぷにぷになのは同じだけど、トントロよりも人間ぽくなっている気がする。
頭の毛がそろって長くなっているから、そんな髪型みたい見えるし。
毛布をぎゅっとにぎって、体をかくしながらもトントロのとなりに立つと、僕たちにぺこりとおじぎした。
「あの、助けてくれて、ありがとうございます」
「アニキ、ありがとうっす!」
「もう、お兄ちゃん! ごめんなさい、アニキ様! お兄ちゃん、飼育員さんの言葉を覚えちゃったみたいで……悪気はなくて、本当に感謝しているんです! ただ、言動が雑というか、荒々しいというか……」
ぽこぽことトントロを叩いて、それから僕をうるうるとした目で見上げてくるピートロ。
そういうピートロは僕よりもちゃんと話せるような気がする。
ちょっと僕はショックだ。
「なるほど、言葉は子豚時代に聞いたものの影響を受けているみたいですね」
『となると、そっちの子は商人から学んだのかしら?』
後ろで様子を見ていたシアンとノクトが僕の後ろからのぞきこんでくる。
トントロとピートロは警戒して、毛布の下にかくれてしまった。
「だいじょうぶだよ。シアンもノクトも僕の大切な人と猫だから」
「大切! ふふ、そうですね! レオンはわたしが大切なんですね! そうでしょうそうでしょう! この美少女かつ天才魔導使いのシアンが大切でないわけがありませんけどね! レオンは見る目があると誇っていいですよ!」
『猫じゃなくて妖精って言って……もう、いいわ』
シアンはニコニコと僕の腕をつかんできて、その頭の上でノクトはだれてしまった。
疲れているんだなあ。
「アニキの大切な人……つまり、アネゴっすか! 知らなかったからってすみませんっした、シアンのアネゴ! ノクトのアネゴ! よろしくっす! アニキの一番のしゃてえのトントロっす!」
「アネゴ様……はい、アニキ様の大切な人、ですね?」
トントロとピートロもわかってくれたみたいでほっとした。
それにしてもピートロはうっとりした目で僕とシアンを見ているけど、どうかしたんだろうか?
わからないのはたくさんだけど、トントロとピートロが元気でよかった。
『それで二匹ともどこまで覚えているのかしら? 色々と異常な事態に巻き込まれて、とんでもない出鱈目を経験したはずだけど』
どうしてノクトは僕をじっと見ているんだろう?
手を振ってみたらため息をつかれてしまった。
「なんか、気がついたらこうなっていたっす! でも、アニキに助けてもらったのはわかるっす!」
「えっと、ぼうっとしてたら、すごい気持ち悪くなって、それからアニキ様に助けてもらったのはわかるんです。だけど、それは最初から知っているだけで、でも、その事を思い出そうとしても具体的に何があったかは思い出せないんです」
ふんわりした事しか覚えていないんだ。
「なら、他の人もここであった事を覚えていないかもしれませんね」
『好都合よ。いちいち説明していたらキリがないもの。あたしたちはダンジョンの帰りに、エントランスに現れた正体不明の蛇女を倒した、それだけよ』
そういう事らしい。
難しい事はシアンとノクトに任せた方がいいから、僕はうなずいておいた。
『問題はこの子たちね』
ため息をつくノクト。
トントロとピートロが問題ってなんだろう?
考えて、気づく。
「あ、トントロとピートロがいなくなったってさわぎになるんだ!」
「アニキ、さすがっす! オイラ、わからなかったっす!」
「いえ、他にもモンスター化……犠牲になった動物はいますから、それだけで騒ぎにはなりませんからね?」
違ったらしい。
トントロといっしょにがっくりする。
「わたくしたち、この姿だと騒ぎになってしまいますよね?」
『そうね。少なくとも人間の街には入れないわ。大騒ぎどころかギルドナイトが大挙して押し寄せてくるわよ』
そうなの?
僕もドラゴンだけど入れたのに。
けど、トントロとピートロをダンジョンに残していくなんて考えられない。
考えていると、シアンが腕を引いてくる。
シアンは全員を見回して、それから塔の下に目を向けた。
「まあまあ、その辺りはおいおい考えるとして、まずはこの場をどうにかしませんか? レオンのモンスター化の解除とか、あの蛇女の死体とか、残ったモンスターの対応とか、やるべき事は多いですからね」
『そうね。そっちも気が重いのだけど……』
ノクトはまたため息をついていた。
「がんばろう、ノクト?」
『にゃあ』
僕はその頭をなでてみたけど、肉球で押し返されてしまった。




