62 ドラゴンさん、また戻る
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どこにでもあるマナにはいいマナと悪いマナがある。
どっちのマナも生命力にしたり、魔力にしたりしてしまえば同じで、そういう意味ではちがうところはない。
なにが違うのかというと、まわりがどう変わるか。
いいマナが多い場所は生き物が生きやすい。
病気になりづらくなったり、ケガをしても治るのが早かったり、体が大きく育ちやすくもなったりする。
けど、悪いマナだと体がおかしくなってしまう。
少しぐらいなら平気だけど、限界を超えてしまうと体が別のモノになってしまうんだ。
そうなったモノを、人間はモンスターと呼んでいる。
「トントロと、ピートロが、モンスターになっちゃった……」
ギラギラと光る毛皮のイノシシ。
かわいかった姿はどこにもない。
まっかに光る目は僕たちを見上げて、まるで恨んでいるみたいににごっている。
「鉄鋼猪ですね。鉄みたいな毛並みを持つモンスターです」
「トントロ、ピートロ」
名前を呼んでも、なにも変わらない。
「あ、ぁあああ……」
どうしてこんな事になるんだろう?
トントロとピートロがなにをしたっていうんだろう?
ただ、ここにいて、生きていただけなのに。
「レオン? レオン! しっかりしてください!」
ダンジョンは悪いマナが多い場所だ。
生き物が近くにいれば、いつかモンスターになってしまう。
『ちょっと! こんな時に……もしかして、この子ったら食用の家畜ってちゃんとわかっていなかったの!?』
「レオン! トントロとピートロはおいしいお肉だったんですよ! だから、というのは無理かもしれませんが落ち着いてください!」
シアンに肩をゆすられて、ノクトが手に爪を立ててくる。
ちゃんとわかってる。
エントランスの牧場にいた動物は食べられるためにいるんだって。
シアンとノクトから聞いていたから知っていた。
でも、トントロとピートロははじめて僕になついてくれたんだ。
僕がはじめて名前を付けてあげたんだ。
そして、助けてあげるって決めたんだ。
それが目の前でモンスターになってしまって、落ち着いてなんかいられるわけがない。
「ぅあ、あああ、ああああああああああああああああああっ!!」
声がエントランスを突き抜ける。
目の奥が赤い。
頭の中が赤い。
胸の芯が赤い。
赤い、ドラゴンの、僕の色だ。
勝手に生命力と魔力があふれだして、体中を作り変えていく。
「レオン。あなた、また……そんな、カッコいい姿に」
『本当にどんな体をしているのよ! 落ち着いて! あたしたちの話を聞きなさい! シアンも時と場所を考えなさい!』
気が付けば、両手がドラゴンのそれに戻っていた。
あと、耳のそばになつかしい感触。
これは、角だ。
右と左に一本ずつ。
「……だいじょうぶ。聞いてるよ。忘れてない。ちゃんと、おぼえてる」
必死に僕の手をかじるノクトを見下ろす。
ドラゴンの鱗なんかに噛みついたノクトの牙の方が痛そうだ。
『……どうやら、前みたいに暴走はしていないみたいね』
「しない。しちゃいけない。シアンとノクトまであぶなくなる。それに、またやな思いをさせちゃう。だから、ちゃんと、考えて、工夫、するんだ」
ぐっと歯をくいしばって、気持ちが出てこないようにガマン。
でも、僕は考えるのが苦手だ。
もっとがんばらないとダメだけど、まだまだ知っている事は少ないし、うまくやれるとは思えない。
だから、できる人をお手本にする。
「トントロとピートロを助ける」
『無駄よ。モンスター化した生物は元に戻らないわ。あれは一種の進化なのよ。都合よく元に戻れたりはしないの』
僕を見上げるノクトの目はきびしい。
たくさんの事を知っているノクトが言うんだから、それはそうなんだと思う。
今まで誰もモンスター化したモノを助けてあげられなかったんだって。
けど、それが僕のあきらめる理由にはならない。
だって、助けると決めたんだ。
僕が僕に約束したんだ。
約束は果たされないといけない。
「攻撃、こないね」
見下ろす足元。
ギルドナイトの人も冒険者の人も動いていない。
こっちを見上げたまま固まっている。
ぼうっとした目のままだから、操られてはいるみたいだけど、すぐに動けないのかな?
なら、今がチャンスだ。
「いってくる」
『レオン、待ちなさい! 傷つくのはあなたなのよ! 体が無事だったとしても、心だって傷つくし――』
「いえ、わたしたちは大丈夫です。いってらっしゃい、レオン」
『ちょっと、シアン!』
シアンはノクトを胸に抱きしめると、ちょっと下にあった塔の足場に下りた。
フラフラして危ないけど、最後はしっかり立つ。
「やれる事、ちゃんとやっておかないと、納得なんてできませんからね」
『それが徒労に終われば傷つくと言っているのよ、あたしは!』
「それに、わたしはレオンなら奇跡のひとつやふたつ、起こしてしまうんじゃないかと思うんですよねぇ」
ノクトはまだ何か言いたそうにしていたけど、僕とシアンの顔を何度も見て、それから最後はため息をついた。
『バカばかりで嫌になるわ』
「ごめん、ノクト」
「すみません。それから、ありがとう」
『いいわよ。一度決めたら引かないのは知っているもの』
シアンの胸に顔をうずめて、ノクトはぞんざいにしっぽを振る。
早く行けと言われているみたいだ。
「レオン、敵の居場所はわたしが見つけます。ですから」
「うん。トントロとピートロを助けたら、僕があいつを倒す」
そうして、僕は塔から飛び降りる。
もちろん、向かうのはトントロとピートロのところだ。
真っ赤な目で僕を見上げる『今は』モンスターの二匹。
だいじょうぶ。
絶対に助けるから。




