58 ドラゴンさん、再びエントランスへ
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『レオン、待ちなさい!』
一人で走り出そうとしたところに、ノクトが強い声で止めてきた。
もしも、この先のエントランスにドラゴンがいるなら急がないといけないのに、どうしてノクトは止めるんだろう?
ドラゴンからする僕の気配。
何がどうしてそうなっているのか、さっぱり見当もつかないけど、放っておけないのだけは絶対だ。
振り返ると、ノクトは鋭い目つきで僕を見つめている。
『一人で突っ走るのはなしよ。前の忘れたのなら、怒るわよ?』
しっぽが通路を叩く、たしーんという音に思わず背筋が伸びた。
そうだった。
この前は街を守れなかったと誤解して、そのまま一人で戦ったせいでひどい目にあったんだった。
今も同じ失敗をしようとしていたと気づいて頭を振る。
でも、それでも、迷ってしまう。
ドラゴンが相手なら、シアンとノクトが危険なんだ。
そんな僕の考える事なんて、シアンたちも気づいていた。
『あたしたちが足手纏いになるなら自分で身を引くわ』
「ええ。あの時のようなドラゴンが相手だと厳しいのは事実ですね。ですが、レオンを手伝える事は必ずあるはずです。だから、一緒に行きましょう」
シアンが僕の背中に手を当てて、ノクトが肉球でふくらはぎを叩いてくる。
『忘れたのかしら? 今、あたしたちはパーティよ』
「それにレオンの友達です。優しく、強く、美しいわたしは困っている友達を放っておけませんからね!」
友達。
そっか。
確かに僕もシアンやノクトが困っていたなら、放っておくなんてないし、その気持ちを受け入れてもらえなかったら悲しい。
なら、答えは決まっている。
「ううん。忘れてない。うん。でも、わかった。いっしょに行ってほしい。僕を手伝ってほしい。お願い、シアン。ノクト」
頭を下げる。
人に頼む時はこうするって僕は知っている。
「いいでしょう! この天才魔導使いを頼るレオンは大正解ですよ!」
『お調子者は放っておいて。これはあなただけの問題じゃないわ。どの道、エントランスが異常事態だとあたしたちも地上に戻れないもの。他の冒険者もね。だから、協力するのは当然なのよ』
シアンの嬉しそうな声と、どこか強がっているみたいなノクトの声。
一人と一匹が本当にいやだと思っていないのが伝わってくる。
「ありがとう。シアン、ノクト」
「たくさんの借りを返す機会でもありますしね!」
『自分たちのためだって言っているでしょうに……』
借り? 何のことだろう?
首を傾げていると、ノクトがシアンの肩の上に飛び乗った。
『ほら、そうと決まればいくわよ。レオンが先頭になってゆっくりね。二人ともマナをしっかり吸っておきなさいな。できれば、出遅れないように生命力と魔力に変えておきたいところだけど、そうすると気づかれるわね……』
悩んでいるノクトに手を上げる。
「たぶん、もう気づかれてると思うよ。僕があいつをわかるんだから、あいつも僕がわかると思う」
『本当にドラゴンってどういう生物なのよ』
いや、これはドラゴンがどうこうじゃなくて、元が同じ『僕』だからだと思うけど。
「なら、何が起きてもいいように準備しておきましょう。ノクトもいいですね?」
『……ええ、そうね。そうしましょう』
シアンは魔力を生み出して、いつでも魔導を使えるようにしている。
僕もマナを生命力にしておいた。
闘気法を使っちゃいけないのはきついけど……なんとかしよう。
準備ができたところで、まずは僕が、それにぴったりくっついてシアンとノクトが続いて歩き出す。
エントランスまですぐだ。
通路より向こうの方が明るいせいでよく見えないけど、僕たちにはノクトがいる。
猫耳を動かして、向こうの魂魄の様子を調べていた。
『魂魄の反応は多いわ。人間に、動物ね。ええ、来た時と同じ。だけど……』
ノクトは猫耳を一度寝かせて、それからまたぴくぴくと動かした。
何度もそんな感じにくりかえして、それからいやそうな顔で頭を振った。
『何かしら、これ。酷く嫌な感じがするわ』
「ノクトにしては曖昧な言葉ですね。何があったんですか?」
『それがはっきりしないのよ。音でもない。臭いでもない。ただ、不快な何かがエントランスを覆っているわ。そのせいか、魂魄を詳細に調べられないの』
だから、いやな感じなんだ。
それでもノクトは納得できないみたいで、何度も猫耳を立てているんだけど、あまりいい結果は出なかったみたいだった。
『わかるのはせいぜい、数と位置ぐらいかしら』
「十分ですよ。それで、ギルドナイトの方たちはどうしているんですか? 何かが起きているなら彼らが真っ先に動いているはずですよね」
『……入り口付近ね。来た時と変わらないわ』
それは、どうなんだろう。
エントランスにドラゴンが現れたなら、大騒ぎになると思う。
五百年前によくさわがれていた僕はよく知っている。
ドラゴンがいきなり人の前に現れたら泣かれたり、怒鳴られたり、攻撃されたり、逃げられたりするのだ。
ちなみに、ゆっくりち近づいたら、とっても念入りに準備されて攻撃されて、逃げられる。
つまり、ドラゴンが近づくと人間は騒ぐ。
これは絶対だ。
五百年前のあれこれを思い出して、ちょっと泣きそうになった。
「レオン、つらかったですね。でも、もう大丈夫です。今はわたしがいますからね!」
「うん! シアンがいてくれるなら僕は何も悲しくなんてないよ!」
嬉しそうなシアンと笑いあっていると、ノクトがため息をつく。
『おバカは放っておくとして。そうね。レオンの言う通りおかしいのよ。ギルドナイトはどうして動いていないのかしら。いえ、そもそも、他の人どころか、家畜たちまでまったく動きがないのはどうして……?』
誰も、何も、動いていない?
あ、それもおかしいけど、もっとおかしいのがあるんだ。
「ねえ、ノクト。ドラゴンの気配は? どこにあるの?」
実は僕にはそれがよくわからないんだ。
変な感じがしている。
引き合うというか、ぶつかり合うというか……そう、響き合う感じ? みたいなのはずっとしているし、近づくと強くなっている。
だけど、その中心みたいなのがわからない。
『そうね。それもわからないわ。エントランスから感じるこれは間違いなく、あの時のドラゴンのそれと酷似しているのに、はっきりとここだとわからない。まるで、エントランス全体に広がっているみたいじゃない』
ノクトでもわからないんだ。
じゃあ、そこは考えても仕方ない。
行ってみて、探してみよう。
エントランスまでもう少し。
なのに、向こう側はこわいぐらいに静かで、人の声も、動物の鳴き声も聞こえない。
『嫌ね。随分と行き当たりばったりで』
「ふふ。冒険とはそういうものですよ、ノクト」
でも、絶対にシアンとノクトは守ろう。
決めたらやるだけだ。
僕たちは一回うなずき合ってから、エントランスに入った。
そして、すぐに足を止める。
「これ……」
ダンジョンの青白い鍾乳石の灯りだけじゃない、あたたかな魔導具の灯りの下にあったのは倒れた人たち。
ギルドナイトの人も、冒険者の人も、商人の人も、奴隷の人もみんなが倒れて動かない。
見回すと、それはエントランスのどこも同じで、離れた牧場では動物たちまで転がっていて、ぴくりとも動いていなかった。
「KITANA。URAGIRIMONO」
耳が痛くなるぐらい静かな広場。
その真ん中に建った塔の上。
照明の魔導具のさらに上。
そこから、知っているけど、知らない声で話しかけてきたのは。
「WARERAWOSUTETATSUMI、AGANAUGAII」
ヘビな女の人だった。




