56 ドラゴンさん、ふたたび走る
56
「むぅ、うまくいかない」
シアンに魔導を見せてもらって、歩きながら何度も魔力の球を作ろうとしているんだけど、ちっともうまくできなかった。
手のひらから出ていった魔力はそのまま空中に消えていく。
これをどうにかして球の形にしたいんだけど、どうやればいいのかもまるでわからない。
生命力と同じ感じだと思ったんだけど、あれは体の中の事だからなあ。
「最初は難しいですからね」
持ち上げたままのシアンが何度もうなずいている。
やっぱりシアンも大変だったみたいで、僕の気持ちがわかるみたいだ。
『シアンの場合、人より余計に魔力を使うせいで練習もままならなかったものね』
「ふふ。ですが、わたしは天才ですからね! 少ない機会でも的確に成長できました! そして、こうして魔力が増えた今はなんのハンデにもなりませんよ!」
シアンがかっこよく笑う。
僕に持ち上げられてぷらーんと手足を揺らしていてもシアンはかっこいいなあ。
僕も負けないようにもう一度魔力を出してみるけど、また失敗だ。
魔導使いのシアンにはそれがわかるみたいで、
「レオン、がっかりする事はありませんよ。一度コツを覚えてしまえば簡単ですからね」
『魔導使いになるための最初の関門だもの。そう簡単ではないわ。本当に魔導を使ってみたいなら諦めずに精進なさいな』
これができて魔導使いの第一歩
僕にできるか自信がなくなってきた。
「初めての魔導ですか。わたしにもそんな時代がありましたね」
「シアンも?」
「当然ですよ。誰だって最初は魔力量も少ないですし、制御も未熟ですからね。それは天才のわたしも同じです。まあ、すぐに成長してしまいましたがね!」
『練習機会が少なかった分、集中していただけでしょうに』
ノクトに言われてもシアンは胸を張ったままだ。
そんな姿にノクトはため息をつきながらも、シアンを認めているみたいだ。
『まあ、シアンの成長が早かったのは事実ね。入門から見習い、魔導使いまで一年もかからなかったわね』
「えっと、入門? 見習い?」
「一般的な基準ですね。点を連続して使える数で決まるんですよ。100で魔導入門。300で魔導見習い。500で魔導使いといった感じでしょうか」
すごい魔導使いほど一度にたくさん使えるらしい。
「シアンはどれぐらい使えるの?」
「ふふ。今のわたしは2000を超えていますよ。超優秀な魔導使いといったところでしょうか!」
あんなにたくさんの魔導を連続して使えるシアンのすごさがよくわかる。
一個もうまく作れない僕には想像もできない世界だ。
「けど、レオンもさすがですねえ。さっきからとんでもない量の魔力をまき散らしていますが、一向に魔力切れする様子がありませんよ」
そういえば、シアンは大きな魔導を使うととても疲れていた。
まだ僕に抱えられている今もそうだし、この前もだ。
生命力は使い切ってしまうと、本当に死んでしまう事もある。
マナから生み出される魔力も似たようなものなのかもしれない。
『魔力を使い切ったら気絶してしまうから、使い方には注意なさいな。レオンにこの注意が必要かはわからないけど』
「ええ、残り少なくなると頭がぼうっとしてしまいますから、それも要注意ですよ。まあ、レオンは心配いらないかもしれませんが」
うん。
魔力はまだまだいくらでもあるし、これぐらいなら使っても一呼吸もすればすぐに回復できる。
「というか、レオンの場合だと一度でも点を使えるようになったら、人類最強の魔導使いにランクされてしまいませんか?」
『魔力量だけなら現時点でそうでしょうね。もっとも、それを線や面まで使いこなせるようになるかは別でしょうけど』
シアンとノクトがささやきあっているけど、僕は魔力を使えるように練習に集中だ。
たくさん魔力があるから練習はできるけど、問題はそれをうまく操れない事だなあ。
もっと、もっとたくさん練習しないとダメなのかも。
そうして歩いていると、ノクトが足を止めた。
もしかしたら、次のモンスターが近くにいるのかもしれない。
『レオン、それぐらいになさいな。練習はまた別の場所と時間よ。そろそろモンスターがいた場所に近づいて……』
そこで言葉が止まる。
ノクトは猫耳を何度もぴくぴくと動かして、最後に首としっぽを傾けた。
『いなくなっているわね』
モンスターが逃げた。
うん。よくある事だよね。
弱いモンスターは僕から逃げていく。
「あの、レオンが大量放出した魔力に気づいて逃げたのでは?」
『……絶対にないとは言わないし、その可能性は高いかもしれないけど、いくらレオンの魔力が強くてもこんなに離れていてわかるのかしら? いえ、これは……』
ぶつぶつとつぶやくノクトだけど、通路の奥に猫耳を向けた。
ノクトはそれからも目をつぶって猫耳を動かし続けて、しばらくしてからようやく僕たちを見上げてくる。
「ノクト、何が起きているんです?」
『あたしが感じ取れる限りだけど、この辺りのモンスターが一斉に動いているのよ。あたしたちを避けてね。それも一方向に』
「一斉に? 一方向に?」
シアンも不思議そうに考え始めた。
僕はいまいちわからない。
「モンスターって逃げる時はいっしょに逃げるよね?」
ドラゴンの時に近づいたら大体逃げていた。
勝てそうだと思うとまとめて襲ってくるし、負けそうなら慌てて逃げていく。
だから、モンスターがまとめていっしょに動いてもおかしいところはないと思う。
「それでも、モンスターはバラバラに逃げませんでしたか?」
思い出してみる。
荒野から街へと向かうモンスターを見つけた時の事だ。
その前に僕が下りてきたら、モンスターたちは逃げていった。
ここで見逃して、また街を襲おうとしても困るから、辺りごとまとめて吹き飛ばしたんだっけ。
そういえば、まとめて吹き飛ばしたのは、モンスターが散らばってしまったからだった。
「ああ、そういえばそうだったかも」
『脅威から遠ざかるのはいいわ。けど、それなら行き先が同じになるなんてないのよ。追いつかれても全滅しないように、別々の方向に分かれて逃げるはずでしょ』
なるほど。
そう考えるとたしかにおかしい。
「逃げているのはどちらにですか?」
『上層の奥ね』
「レオンの魔力に反応したなら奥に行くのは不思議ではありませんけど……」
なんとも言えない顔でシアンは考え込む。
『とにかく、追いかけるわよ。道連れ兎の時ほどじゃなくても、これじゃあ軽い集団暴走よ』
「わたしたちが原因なら放っておけませんね。レオンは魔力も生命力もできるだけ隠してください」
シアンもノクトも逃げたモンスターを追いかけるみたいで、僕も同じ気持ちだ。
モンスターが一斉に逃げているなら、それに巻き込まれる冒険者がいたら大変だから。
僕はシアンを両手で抱えなおして、前にいたノクトを拾い上げた。
「れ、レオン? あのなんとなく想像はできていますけど、違いますよね? あれですよね? わたしが魅力的すぎて抱きしめてしまっただけですよね?」
『ああ、そうね。この方が早いわね。案内するからお願いできるかしら?』
生命力と魔力を隠すからあまり使わないようにして、と。
「いくよ?」
僕はダンジョンの通路を走り出した。
床と壁を使って。
「やっぱりいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
『諦めなさいな』




