55 ドラゴンさん、魔導を教えてもらう
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「ほう」
『へえ』
シアンとノクトが短く声を上げて、僕の事をじっと見つめてくる。
注目されてちょっと照れてしまう。
「魔導をならいたい、ですか」
『どういう風の吹きまわしかしら?』
「僕も魔力があるでしょ?」
僕は魔力より生命力の方が強い。
けど、僕の魔力は普通よりも強いらしい。
それは五百年前にずっと戦っていたから、倒したモンスターから手に入れた魂魄が多いからだと思う。
「そうですね。鑑定石が変形するぐらいでした」
『英雄の資質、ね。まあ、魔力のランクがシアンの六倍強もあるのだし、使えないのはもったいないわね』
でも、僕はドラゴンの時から魔法が、魔導が使えない。
もっと言ってしまえば、使えなくてもよかった。
マナから転換した魔力は、ほとんどそのままドラゴンブレスで使っていたから。
魔闘法でも使ったりしたけど、それはほんの少し。
「けど、今はもうドラゴンブレスが使えないから」
当たり前だけど、ドラゴンの頭がないとドラゴンブレスは出せない。
あれはドラゴンだけが持っている、ドラゴンだけの攻撃方法だった。
人間になった僕には無理だ。
「だから、魔導を覚えたい、ですか。ですが……」
持ち上げられたままシアンはむずかしい顔をしている。
僕に魔導を教えたくないのかな。
『いいんじゃないかしら?』
不安になって見つめていると、先をまた歩き始めたノクトが認めてくれた。
「ノクト?」
『とりあえず、魔導がどんなものか教えるぐらいから始めてみればいいのよ。実際にレオンが使えるようになるかはわからないけど、これから魔導使いと敵対する事もあるでしょうし、知っておくに越したことはないわ』
シアンもノクトも僕に魔導を教えたくないのかもしれない。
いくら僕でもそれぐらいわかる。
けど、ノクトは認めてくれた。
シアンはしばらく考えていたけど、一度うなずいたら笑顔を見せてくれた。
「いいでしょう。この天才魔導使いがレオンに魔導が何たるか、教えてあげましょう」
「いいの?」
「ええ、遠慮はいりません。迷ったのは事実ですが、それもレオンが悪いわけじゃないですからね。わたしの事情なんです」
シアンは抱えられたまま、杖を前に突き出した。
その先に魔力が集まっていく。
「わたしの魔導はちょっと特別でして、普通とは違うんです」
「シアンが天才だからだね!」
「ふふ。そうですね。レオンはいい事を言ってくれます」
元気な声が返ってくると思ったのに、シアンは小さく微笑んだだけだった。
それでもすぐに気持ちを切り替えて、話を続けてくれる。
「率直に言うと、わたしの魔導は水属性に特化しています。いえ、誤魔化さずに言えば、水属性しか使えません」
言われてみれば、シアンがこれまで使った魔導はぜんぶ水だった。
水の弾。
水の壁。
水の波。
「ですから、わたしが教えられる魔導は偏った魔導になってしまいます。ですから、わたしが教えていいものかと迷ったのですけど……」
「僕はシアンに教えてもらいたいよ?」
他の人が教えてくれるのだとしても、一番の友達にお願いしたい。
シアンの微笑みが笑顔になる。
いつもの自信にあふれた笑顔だ。
「ですね。ええ、レオンもどうせなら天才のわたしに習いたいでしょう! わたしに教えてもらえるなんて、レオンは幸せ者ですね!」
「うん。僕はしあわせだよ」
人間になって、友達ができて、その友達からいろんな事を教えてもらえる。
これがしあわせじゃないなら、何がしあわせだと言うんだろう。
シアンは杖を僕の目の前に持ち上げた。
「では、まずは基本からですよ? 全ての魔導の基本中の基本は点です。実際より弱めの魔力でやってみせますね?」
そうして、杖の先に生み出されたのは水の球だ。
さっき、狩猟蜘蛛を倒した時に使っていたのに似ているけど、ずいぶん魔力が弱い。
「わたしは水属性でしか使えませんが、普通の人はこれをただの魔力の球で作ります」
だとすると、僕が同じ事をしたいなら魔力で球を作ればいいのかな?
実際に手を伸ばして、その先に魔力を集めてみるけど、うまくいかない。
魔力が体の外に出ていったまま、空中に消えてマナに還ってしまう。
「魔力を体の外で扱う感覚を掴むまでが最初の関門ですね。ちなみに、わたしのように属性をつける――火の玉にしたり、土の塊にしたりするのに、倍の魔力が必要になるんですよ」
倍。
えっと、倍っていうのは……いっぱいだ。
だとすると、さっきのシアンの水撃重連弾にはどれだけ魔力を使っていたんだろう?
ええっと、ただの点が1として、シアンはずっとそれが倍、倍、倍……ふたつ、だっけ?
だから、点を一個作るのに魔力が2もいる。
それで、その点がたしか……50って言ってたから……2が50で、……うん。いっぱーいだな。
そのいっぱーいが一回、二回、三回、四回、五回、六回、七回、八回も使っていた。
つまり、すごい、すごい、すごーい、いっぱいだ。
「じゃあ、シアンは魔力をたくさん使わないといけないの?」
『帰ったら計算の復習よ?』
ノクトはすごいなあ。
前を向いたままなのに僕が計算できてないってわかっちゃうんだから。
「ですね。けど、わたしは天才ですから、それぐらいのハンデがないと張り合いがないんですよ!」
強気に笑うシアンは杖の先にもっと魔力を集めていく。
それといっしょに球が薄く伸びていって、杖の先に水の棒みたいのができあがった。
「これが線です。だいたい、五個分の点を繋げて並べたと考えればいいでしょうか」
続けて、棒が横に広がっていく。
「次は面です。線を四つ分ぐらいですかね」
四角が次は奥にふくれていった。
できあがったのは箱だ。
「これが立体。なんと、面の五個分の魔力が必要になってしまうんですよ? さらに……」
そこでシアンが真剣な顔で杖の先を見つめだした。
杖の先の魔力がどんどん強くなっていく。
それに合わせて、箱が縦にも、横にも、奥にも広がっていった。
『まったく、あたしを巻き込まないでよ』
水の箱に飲み込まれそうになったノクトが素早く僕の後ろまで下がってきた。
箱は通路をふさいでしまいそうなぐらい大きくなったところでようやく止まる。
ゆらゆらと揺れる水面の向こう側はどこまで水が広がっているんだろう?
『シアン、とうとう領域まで使えるようになったのね。実戦に使うにはまだ不安定みたいだけど』
ノクトに声をかけられてもシアンは答えない。
かなり集中しているみたいで、しゃべる余裕もないんだ。
そんなシアンに代わってノクトが説明してくれる。
『これは領域よ。普通の魔導の中では一番上で、超級とも呼ばれるわ』
普通の魔導?
「普通じゃないのもあるの?」
『ええ。級外の固有魔導ね。他の誰にも再現不可能な、一個人だけに許された魔導よ。けど、これは完全に才能任せの魔導だから考えなくてもいいわ』
つまり、ドラゴンのブレスみたいなものなのかな。
そう考えると、僕にもわかりやすい。
そんな事を考えていたら、腕の中のシアンがふるえ始めた。
なんだか、顔は汗だらけだし、真っ赤になっていて、とてもつらそうだ。
「シアン?」
それと同時に、通路をふさいでいた水が大きく揺れた。
まるで、今にも崩れてしまいそうに。
というか、これ、落ちてきてる?
「げ、限界……です」
『はあ……世話が焼けるんだから』
その後、大量の水に流されそうになったけど、なんとかノクトが影で飲み込んでくれたおかげで僕たちは助かった。




