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ドラゴンさんのセカンドライフ  作者: いくさや
第二章 街住まいのドラゴン
55/179

54 ドラゴンさん、お願いする

 54


『これは素材になりそうにないわね』


 びっしょりとぬれた狩猟蜘蛛ハウンドスパイダーを前足でたしたしと叩いたノクトがため息をつく。


 シアンの魔導でさんざんに撃たれたクモの死体はひどい状況だ。

 小さなクモはグシャアって感じにつぶれてしまっていて、もともと小さかったはずの命石と魔石も粉々になっている。

 大きなクモの方はまだ形が残っているけど、それも足はほとんど折れてしまって、胴体もつぶれて、頭がなくなっているのもあった。

 クモの体液が混ざった水につかって、とても、そう、とても汚い。


『倒し方に気をつけなさいと言ったわよね?』

「うっ」


 さっきまでとてもいい笑顔だったシアンだけど、今はしょんぼりだ。

 けど、ノクトもあまり責めるつもりはなかったみたいで、すぐに影を広げて、倒したクモをしまっていく。


 なんだか、シアンは気まずそうだ。

 シアンを守ると決めたんだから、ここは僕がシアンを助けよう。

 お金がほしいシアンとノクトだから、お金の話をしよう。


「ええっと、命石と魔石は採れるよね」

『採れるわよ。ただ、マリアが言っていたでしょ? 今は低ランクだと安いのよ。狩猟蜘蛛ハウンドスパイダーは比較的弱いモンスターだし』


 言って、いたような?

 いい素材がほしいとか言っていたのは覚えている。


 ああ。だから、シアンはノクトにしかられたんだ。

 やっと、納得できた。

 けど、これはいけない。

 シアンを助けてあげられない。


「でも、あんなにたくさんいたんだから倒すのは大変だよ?」

『ええ、命あってこそだものね。だけど、本当にここまでする必要があったのかしら。ねえ、シアン?』


 ノクトに声をかけられたシアンの肩が大きく跳ねた。

 ゆっくりと僕たちを振り返ったシアンは、なんというか、ちょっと気まずそうに笑っている。


「な、なんのことでしょうか?」

『さっきの魔導よ。詠唱短縮はいいわ。連続展開もいいわ。でも、その後の大規模展開魔導。あれは何かしら? 一段低い水撃連弾アクアレインでも倒しきれたわよね?』

「そ、それは……」

『そもそも、子蜘蛛の群れなんか突破力なんてないのだから、ポイントじゃなくて、プランで止めればよかったわよね? それから親蜘蛛を精密射撃すれば後は簡単だったと思わない? 単純な弾幕で倒そうとしたせいで余計な弾数が必要になったんじゃない? 使った魔力量、どっちの方が多いのかしらね? その辺り、天才魔導使いのシアンはどう思う?』

「す、すみませんでした」


 さっきのシアンの魔導よりも鋭く、重い、言葉の嵐だった。

 なんとか守ってあげたいけど、とても入っていけない。

 シアンが倒れてしまわないように背中を支えてあげるぐらいしかできなかった。


 シアンが謝ると、ノクトはもう一度ため息をついた。


『大方、この間、魔力のランクが銀に上がって使えるようになった魔導を試してみたかったのでしょう? いいわ。いずれ実戦で試す必要はあったのだから』

「で、ですよね!」

『だ・け・ど、次からは使いどころを見てからになさいな。こんなにダンジョンを濡らしてどうするつもりなの? 滑って仕方ないわ』


 水だらけの通路はたしかにすべりやすそうだ。

 気を付けないと簡単に転んでしまう。

 動くのが下手なシアンなら絶対にコケる。


 ノクトはその水まで影にしまっていくけど、湿った石をカラカラに乾かしたりはできないみたいだった。

 シアンが歩くのはまだちょっと危ないかも。


『しかし、なんだったのかしらね?』

「なにって、なに?」

「今の狩猟蜘蛛ハウンドスパイダーですね」


 何が変だったかな?

 クモって子供をたくさん産むから、あんな群れになる事ってあると思うんだけど。


「親蜘蛛が巣から出てくるのは珍しいですからね。狩りは子蜘蛛の群れが。巣の守りは親蜘蛛が。そんな関係ですから」


 へえ。

 でも、言われてみれば気づける。

 普通はクモって巣で待ち伏せしてるもんね。

 それがそろって外に出るのは変だ。


『最初の三人。巣に手を出しただけじゃないのかもしれないわ。変な物を拾っていなければいいのだけど』

「禁制品ならギルドナイトが没収してくれますよ。上層の冒険者が収納の魔導具を持っているとは思えませんし」


 ギルドナイトの人たちはそんな事もするんだ。

 ノクトみたいに影にしまえるなら気づけないかもしれないけど、ノクトみたいな猫がたくさんいるとは思えない。


『まあ、あたしたちが気にする事じゃないわね。狩りを続けましょう。今の騒ぎで他のモンスターが近づいてきているわ。さっきの冒険者たちが戻ってくるかもしれないけど……』


 おじさんたちが走っていった方を見てからノクトは首を振った。


狩猟蜘蛛ハウンドスパイダーが消えているんだし、わかるでしょう』

「ええ。これぐらいで帰っては満足できませんからね!」


 杖を持ち上げたシアンの息も元に戻っている。

 使った魔力が全部回復したわけじゃなさそうだけど、まだまだ魔導は使えそうだ。


「たくさん倒したけど、あれじゃダメなの?」


 生き物を倒すと、その魂魄が倒した相手に少しだけ移る。

 だから、シアンの魂魄を強くするためにはシアン自身がモンスターを倒さないといけない。

 さっきの子蜘蛛の数はすごい多かったから、シアンも強くなれたと思うんだけど。


『いくら数が多くても弱い相手じゃ意味がないわ。子蜘蛛全てよりも親蜘蛛一匹の方が効率はいいぐらいよ』


 だとすると、上層の入り口近くのモンスターを倒しても意味がないのかもしれない。


「いいんですよ。今日は色々と調整するために来ているんですからね」

『そうね。焦っても意味がないわ。だから、今度はレオンも戦ってみなさいな。剣を使うのは初めてなのだし』


 持っていた剣を見る。

 正直、うまく使える自信はない。

 僕の体よりずっともろそうだし。

 鉄の剣は持っていてとても頼りない。


 だけど、やってみないとできないままなんだから、まずはやってみよう。

 きっと、近づいたら剣で叩けばだいじょうぶ。


『シアンも今度はちゃんとうまくやりなさい』

「大丈夫です! 今度は素材もばっちりゲットしてみせますからね!」


 ノクトが次のモンスターのいる方に歩き出して、それにシアンもついていく。

 で、つるっとすべった。

 うん。

 わかってた。


「きゃあっ!」

「よいしょ」


 顔から倒れそうになったところを、腰に手を回して抱え上げる。

 湿った石の上を歩くのは危ないから、しばらくはこのまま運んだ方がいいと思う。


「あ、ありがとうございます。助かりました」

『気をつけなさいな、というのが遅かったわね。ここを抜けるまではレオンに運んでもらいなさい』

「あの、これじゃあ荷物みたいで、もっとお姫様みたいに……いえ、なんでもありません」


 転ばない自信がないみたいで、シアンは顔を赤くしながらも小さくうなずいた。

 そのままノクトについていく途中でふと思いついた。


「ねえ、シアン」

「なんですか、レオン? 抱え方に疑問がありましたか?」


 それはない。


「ううん。僕に魔導を教えて」

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