53 ドラゴンさん、観戦する
53
『来たわ』
ノクトの短い声。
足音、それから、強い息づかい。
それが通路の奥から聞こえてすぐに最初のパーティが見えた。
向こうにも僕たちが見えたのか、大慌てで足を止めている。
「……ガキ?」
「ちょうどいい。餌にしちまおうぜ」
冒険者の人がふたり。
一人は飢えた獣みたいな目で僕たちをにらんで、武器に手を伸ばしかけた。
「やめとけ。奥の女は魔導使いだ」
「ちっ、邪魔だ、どけ!」
けど、結局はそのまま黙って走っていく。
うん。すごい嫌な感じだ。
「遅れるなよ。獲物を落としたらわかっているな?」
「はっ、はいっ!」
その後ろをついていくのは奴隷の人、かな?
エントランスにいた人たちと同じような服を着ている。
必死に走っているけど、背中とお腹に抱えた荷物が重いみたいで大変そうだけど、冒険者の人に何度もうなずいていた。
「……忠告もありませんでしたね」
『それどころか、あの気配だとこっちを襲おうとしていたわよ。大方、怪我でもさせて追手の足止めにしようとしたのかしら』
ノクトは不機嫌そうにしっぽを細かく振っている。
シアンたちもさっきの人が嫌いらしい。
僕もうっすらと嫌な気配を感じて、変な気持ちになってしまった。
人間にもいろいろといるのは知っていたけど、こんな感じは初めてかもしれない。
けど、すぐに行ってしまった人だから、通路の奥に目を戻す。
『次の、来るわ』
「まともな方だといいんですけど……レオン、前から来る人に声をかけてください。わたしたちは敵じゃない、と」
次のパーティの後ろにはモンスターがいる。
シアンは杖を掲げて、魔導を発動させた。
「点・多数展開/50・水属性――」
最初に見せてもらった魔導だ。
水の球がたくさんシアンの頭の上に浮かぶ。
それから僕を見て一度うなずいた。
声をかけるんだよね。
「僕、レオン! 友達になろうよ!」
なぜか、シアンとノクトが何もないのに転びそうになった。
おかしい。
言われた通り、名前を言って、敵じゃないよって伝えたのに。
『レオンに任せたのが間違いよ。シアン』
「レオン、友達作りはもっと落ち着いた場所でしましょうね!? そっちの方! わたしは魔導使いのシアンです! 援護はいりますか!?」
「頼む! 狩猟蜘蛛の群れに追われている! 無理そうなら逃げちまえよ!」
返ってきた声、知っている。
ええっと、そうだ。
すぐに知っている顔が通路の奥から見えた。
「やっぱり、あの時のおじさんたちだ」
「『裸捨て』の!? なんで、ここに!?」
三日前にギルドで声をかけてきた冒険者の人。
ちょっと臭くなっているけど同じ匂いだからわかった。
『いいから、行きなさいな! 荷物を抱えたままじゃ戦えないでしょう!』
足を止めそうになったところにノクトが鋭く叫ぶ。
おじさんたちはすぐにまた走り出した。
「数、多いぞ」
「荷物置いたらすぐに戻るからな」
「無理なら逃げろぉ。いいなぁ?」
おじさんたちはふたりで大きな荷物を抱えているみたいだ。
荷物、というか、人間?
ずいぶんとボロボロだけど……。
よく見る前に走り抜けてしまった。
『あちらも相当のお人好しのようね』
ノクトの機嫌が直ったみたいだ。
僕もあのおじさんたちはいいと思う。
シアンは黙ったままだけど、それは戦うためだ。
おじさんたちの後ろにいたモンスターが見えている。
クモ――狩猟蜘蛛だ。
大きいのは立っていなくても僕の膝ぐらいまであるけど、ほとんどはもっと小さくて、拳と同じぐらい。
だけど、数は多い。
両手と両足を何回使っても数えられないぐらいだ。
そんなのが地面や壁や天井を走っている。
「水撃重弾!」
いつか見た時よりもたくさんの水の球が放たれた。
強い雨が地面にあたる音。
それをずっと強くしたらこうなるのかもしれない。
一番前を走っていたクモたちが水に押しつぶされて、吹き飛んだ。
けど、勢いは止まらない。
床の連中は遅れたけど、壁と天井はそのまま向かってきている。
「再展開――水撃重弾!」
シアンの魔導は早い。
さっきと同じ数だけの水の球が今度は天井に。
潰れて、落ちる狩猟蜘蛛たち。
「再展開――水撃重弾!」
次は壁。
「再展開――水撃重弾!」
その次は反対の壁。
魔導が使われるたびに、クモは簡単に倒されている。
けど、数が多すぎる。
それに水の球だと大きな狩猟蜘蛛は倒せていない。
足を止めるのは少しだけ。
小さなクモを踏みつぶして、僕たちに迫ってきた。
近くで見るクモはいくつもの目で僕たちを見ている。
なんとなく、僕たちを獲物だと決めたように感じられた。
あんなクモに襲われても僕は平気だけど、シアンとノクトは違う。
牙にかまれたら大変だ。
シアンの前に立って、いつでも動けるように準備をする。
マナを生命力に転換して、クモに向けて威嚇の声を上げようとした。
そんな僕の隣にシアンが出てくる。
「平気ですよ、レオン」
まっすぐに前を見たまま、シアンは杖を掲げた。
「再展開・再展開・再展開・再展開・再展開――」
静かに言葉が繰り返される。
その魔力はきれいだ。
落ち着いていて、澄んでいて、冷たいのにぬくくて、何よりも強い。
シアンの魔力の気配が床・天井・右と左の壁、それからその真ん中の空中で形になるのがわかった。
「水撃重連弾」
最後の言葉と同時。
今までとは比べ物にならないぐらい大きな音が通路を押し流した。
いつつの場所からいっしょに、でも、お互いの間をすり抜けるように、水の球が通路を埋めていく。
前も後ろも右も左も、今そこにいる場所も。
足が遅くなっていたクモの逃げ場はどこにもない。
雨なんて遠い。
これは滝だ。
上から下に落ちていく滝が、通路を埋めて落ちている。
たくさんの水が流れていってしまうまでどれぐらいかかったのか。
重い音がなくなって、後にはしずくがぴちょん、ぴちょんと落ちるだけになった時には、もう勝負はついていた。
通路を埋めるようだった狩猟蜘蛛はもう動かなくなっていた。
肩で息をしていたシアンはそれを確かめて、何度か深呼吸して落ち着いたところで、おでこの汗をぬぐうと僕を見上げてきた。
杖を持った手で器用に指を二本立てて。
「ふふ、しょーりです」
いつもの自信たっぷりな笑顔を見せてくれた。




