51 ドラゴンさん、エントランスで出会う
51
休憩の数が四回になる前に階段が終わった。
空からの光が遠く届かなくなって、壁の魔導具の明りだけになってしまった後、階段の先が明るいなあっと思ったらすぐだ。
階段の先は広場になっていた。
主部屋が十個は入りそうなぐらい広い。
そんな広場は魔導具の灯りだけじゃなくて、鍾乳石の青白い光に照らされていた。
見上げると谷が階段といっしょに終わっていて、ここからは天井ができている。
ノクトが言っていた通り、ここから先がダンジョンなんだとよくわかった。
僕は足を止めて辺りを何度も見回してしまう。
『ここがエントランスと呼ばれる広場よ』
「なんだか、いろいろあるね」
最初に目に入ったのは真ん中の塔。
てっぺんには魔導具があって、それが光っていた。
ギルドとか階段で見た物よりずっと大きい。
その下にはたくさんのテント。
トールマンのテントよりも大きかったり、形が違うのがいくつも並んでいる。
その周りに人がいる。
階段の上にいたギルドナイトという人たちとおそろいの鎧の人たち。
ギルドにいた冒険者の人たち。
街の中で見た人と同じ服の人。
そして、ボロボロの布をかぶった人たちもいるんだけど、なんだろう?
「あの人たちは?」
『人貸しの奴隷ね。余裕のある冒険者なんかはあそこで奴隷を借りて、荷物持ちなんかに使うのよ。戦闘奴隷はいないわね。そういうのは地上で売買されているから』
奴隷。
何度か名前は聞いているけど、くわしくは教えてもらってない。
たしか、僕は他の人からそうだったって思われているんだったよね。
『奴隷というのは、自分の自由を色んな理由で売った人間よ。借金を返せなかったり、犯罪の罰としてだったりね』
ノクトの話はむずかしい。
自由を売るなんてよくわからない。
そもそも、自由じゃないというのを想像できない。
「奴隷になると人の言う事を絶対に聞かないといけないとでも考えてください」
ようやく息が落ち着いてきたシアンが教えてくれた。
「嫌な事を言われても?」
「そうですね」
それは、やだなあ。
言われてみると、奴隷の人たちは元気がないみたいだ。
「助けてあげたいなあ」
『それはダメよ』
「残念ですけど、ダメですね」
すぐにシアンとノクトに止められてしまった。
どうしてだろう。
嫌な事をされているなら、助けてあげたいのに。
『いい? 奴隷は主人の財産よ。それを他人が勝手に自由にするのは犯罪なの。街にいられなくなるわ。確かに奴隷は辛いわ。けど、救いでもあるの。少なくとも奴隷である間は、その主人が最低限の衣食住を用意する義務がある。それに借金奴隷なら借金を返せば解放される。それがなくなったらどうなると思う?』
お金がなくって奴隷になっちゃったんだから、お金がないままになって、それから……どうなるんだろう?
「住む場所も、着る服も、食べ物も手に入りませんからね。生きていけないでしょう」
お金がないと、死んじゃう?
そうか、人間はドラゴンみたいに強くないから。
「だから、彼らは彼らの力で自由を取り戻すんです。辛くても、ね」
人間は弱くて、そして、むずかしい。
困っているなら助けてあげればいいって思っていたし、ドラゴンの力を使えばなんとかなると思っていたけど、違うんだなあ。
考え込んでいると背中に何かが当たる。
後ろを見るとシアンが手を当てていた。
「さあ、わたしたちもわたしたちのやり方でお金を稼ぎましょう。生きていくために」
「……うん。わかった」
わかっていなかったけど、今度はわかった。
せめて、奴隷の人たちにがんばれって思いながら、広場を歩き出す。
「しかし、ここはいつ来ても騒がしいですねえ」
シアンの言う通り、ダンジョンのすぐ近くだとは思えないぐらいだ。
ギルドナイトの人たちがいっしょに動いたり、冒険者が商人の人とお話したり、ご飯を食べたり、動物を連れ歩いたり……。
「あ、羊だ」
十匹の羊が男の人について歩いている。
近づいていくとそこには木の柵があって、中に牛とか豚とかがいるのが見えた。
その奥にあるのは……畑かな?
緑色のお野菜が並んでいた。
「あれが牧場と農場?」
おいしいかもしれない食べ物がある場所。
そう考えるだけでお腹が鳴りそうだ。
「ええ。あれはボルケン商会の印があります」
『相変わらず手広く商いしているわね。マナの影響でモンスター化しないように調整しないといけないのに、人間って面倒な生き物なのね』
ため息をつくノクト。
ノクトはここの農場とか牧場が嫌いみたいだ。
「ノクトはあの人たちが嫌い?」
『嫌いね。商人の全員とは言わないけど、ああいった金に執着する連中は嘘に塗れていて気分が悪くなるのよ』
耳を寝かせて別の方を向いてしまった。
そのままその場で丸くなってしまう。
『見るなら早くなさいな。柵から奥にはいかない事、いいわね?』
人の場所に勝手に入らない。
ちゃんと習ったからわかっている。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「それではわたしも」
シアンといっしょに柵に近づいてみる。
だけど、僕たちが近づくのといっしょに動物たちが遠くに離れていってしまった。
「あれ?」
「おかしいですね。野生ではありませんから人に慣れているはずですけど」
首を傾げるシアン。
でも、僕はすぐに思い出した。
そういえば、ドラゴンの時から僕は動物に怖がられていた。
姿を見せていなくても、生命力とか魔力を使っていなくても、僕の魂魄だけで動物はおびえてしまうんだ。
今もできるだけ生命力と魔力をおさえて、まったく外に出ないようにしているのにちっとも近づいてこない。
まあ、今だっておいしい動物だなんて考えているから、怖がられてしまうのは当たり前なのかなあ。
「あ、来ました。来ましたよ、レオン」
ちょっとがっかりしていて気付くのが遅れた。
シアンが指さす先、二匹の豚がトコトコと近づいてきていた。
まだ小さい子供らしい二匹は柵の間から顔を出して、僕とシアンを不思議そうに見上げてくる。
子供で警戒心が薄いのかな。
僕が怖くないみたいだ。
そっと手を伸ばしてみると、二匹が鼻を押しつけるみたいにして匂いをかいでくる。
くすぐったい。
「おや、レオンが気に入ったのかもしれませんね」
「そうなのかな。だったら嬉しいな」
道連れ兎の時はなついたのかと思ったら襲われたし。
大きくなったら怖がれてしまうのかもしれないけど、今はこの温かいのを覚えていたい。
「レオン、そろそろ」
しばらく、子豚たちをなでていたけど、シアンが肩に手をのせてきた。
うん。わかってる。
僕はもう片方の手でシアンの頭をなでる。
「どう? 気持ちいい?」
「あ、うん。気持ちいいです……って違います! わたしも撫でてほしいと催促したわけじゃありません! そろそろ時間なんですよ! あ、べ、別に撫でるのを止める必要はありませんけどね!」
いつの間にか時間が過ぎていたらしい。
シアンの頭をなでながら振り返ると、ノクトが立ち上がっていた。
もう出発なんだ。
残念だけど、この子豚たちとはお別れだ。
見上げてくる二匹の頭を交代になでる。
「じゃあね、えっと……」
そっか、名前を知らない。
首にわっかが付いているけど、そこには数字が書かれているだけだ。
なら、僕がつけてあげよう。
なんとなく心に浮かんだ言葉を口にする。
「じゃあ、またね。トントロ。ピートロ」
『それ、食肉部位の名前……』
「しーっ、知らない方が幸せな事もありますから」
シアンとノクトが何を言っているかはよくわからないけど、僕はお別れをすませて立ち上がった。




