44 ドラゴンさん、誘われる
44
『うちの子が迷惑をかけるわね、本当に』
「ううん。いいよ」
階段に向かうノクトに答えながら、僕はシアンを抱き上げた。
ご飯の後、果物のはちみつ漬けというデザートまで食べたところで、シアンがバタンとテーブルに倒れこんでしまったんだ。
大変だって慌てたのは僕だけで、ノクトも女将さんもいつもの事だからと落ち着いていた。
なんでも、シアンは疲れ切っているとこんな感じにいきなり眠ってしまうんだって。
それでこれから『迷宮の狭間亭』の二階にあるっているシアンの部屋に運ぼうって決まったんだけど。
「おい、あんた。ノクトがいるから信用してやるけどよ、シアンに手を出すんじゃないよ?」
腕を組んだ女将さんがこう言うのも三回目。
足を止めたノクトがため息をついた。
『だから、この子は大丈夫って言っているじゃない』
「あのな、うちからしたら心配するに決まってんだろうが。さっきのバカップルぶりを見てんだぞ。それに、シアンはやたらとデレデレだしよ。こいつは人畜無害に見えてどっか肉食の気配がプンプンしやがる」
お肉を食べたのは昨日とさっきだけだったけど、あれは確かにおいしかった。
パンとかスープとか、サラダっていう葉っぱとかもおいしかったけど、一番はよく焼けたお肉だ。
これからも食べたいと思う僕は、肉食なのかもしれない。
『元ドラゴンだからって肉食じゃないというのに難儀するわね、あなた』
「ううん。僕、肉食かもしれない」
「ほら、こいつも言ってやがる」
ノクトがつぶやいたのに答えると、女将さんが続けてくる。
もう一度ため息したノクトは、階段を上がりだす。
『とにかく、大丈夫よ。そもそも本当に危険な男は自己申告なんてしないわ。どうせこの子の事だから、お肉おいしいとしか考えてないんだし』
うん。お肉、おいしい。
かんだら中から熱いお汁が出てきておいしかった。
お肉の事を考えていたら、いつの間にかノクトと女将さんが僕を見ているのに気付いた。
なんだろうと首を傾げると、女将さんは肩をすくめる。
「シアンの奴、女として見られてねえだろ、これ」
『そういうのはレオンにはまだレベルが高いのよ。女将が心配してくれるのはありがたいけどね。今は心配で飛び出した時に壊したドアを直しなさいな』
「心配なんてしてねえ。ったく、勝手にしやがれ」
なんだか苦そうな顔をした女将さんは、倒れたままの扉の方に行ってしまった。
結局、何が何だかわからないけど、今はシアンを部屋に運ぶのが先だ。
階段を上がった二階には細い通路があって、扉が三つだけあった。
その真ん中の扉の前でノクトは足を止める。
『ここがあたしたちの部屋よ。鍵はこれね』
影から取り出された金属のごちゃごちゃした棒を受け取る。
『それを扉の穴に挿して、逆よ、そうそっち。そしたら、右に回すの。力を入れなくても平気よ。回らない? それは奥まで入ってないからね』
言われたままにやっていると、なんだか扉からカチャという音がして、軽く押したら扉が開いた。
逆に回したら同じ音がして、今度は開かなくなる。
なるほど。鍵ってこういう物なんだ。
入られたくない場所を閉じるなんて考えた事もなかった。
でも、扉ごと吹き飛ばされちゃったらどうするんだろう?
『そんな事したら女将に気づかれるでしょ。見つかってぶん殴られるのがオチよ』
そっか。
入ろうとしているのがわかれば、気づいた人が止めに行けばいいんだ。
納得しながらノクトについていく。
シアンの部屋は何もない部屋だった。
ベッドがあるだけ。
他には何もない。
ギルドの部屋とかと比べると、さびしい感じがする。
『ダンジョンに行ったりして長く部屋を開ける時は、あたしが影にしまっておくのよ。女将は信頼できるけど、あたしたちが残した物で迷惑はかけられないわ。ま、余計な気遣いなのでしょうけど』
よくわからないけど、ノクトの影が便利だというのはわかる。
とりあえず、シアンはベッドに寝かせて、陽の香りのする毛布を掛けてあげた。
『さて、そろそろ今後の事について話しておきましょうか』
「今後?」
シアンのお腹の上で丸くなったノクトが言ってくる。
今後というのがこれからの事なのはわかるけど、意味がよくわからない。
『あなたの事よ。元ドラゴンのレオン・ディー。あなたがこれからどうやって生きていくのか、何か考えてるかしら?』
考えていない。
というか、よくわからない。
生きていくっていうのは考えないといけないものだろうか?
人間になっていろんな事が変わってしまったけど、死なないように身を守るだけだと思うんだけど。
『ドラゴンなら――野生の獣ならそれでいいでしょうけどね。あなたは人間になって、人間として生きて、人間の友達がほしいんじゃなかったかしら?』
「うん。一人はさびしい」
『人間の姿をした獣なんて、普通の人は友達にならないわ――この子は例外中の例外と思いなさいな』
途中でシアンの寝顔を見ながらノクトは頭を振る。
そっか。
うん、そうか。
ドラゴンの時の僕には友達なんて誰もいなかった。
それはドラゴンだったから。
なら、変わらないと友達なんてできっこないんだ。
確かにギルドにいた時も、マリアやディックとお話しできたけど、友達になってくれる感じとは違った気がする。
他の冒険者の人たちもだ。
「僕は人間にならないといけないんだ」
『それが本当にいい事なのかあたしにはわからないけど、少なくとも人間の友達を求めるなら、そうね』
さすがノクトは頭がいい猫だ。
僕が考えもしなかった事を教えてくれる。
けど、人間になるってどうすればいいんだろう?
体はもう人間になっているけど、ノクトが言っているのがそういう事じゃないのはわかる。
『そうね。まずは人間を知りなさいな。それを真似するにしろ、取り入れるにしろ、反発するにしろ、あなたの生き方も決まらないわ。だから、全てはそこからよ』
人間を知る、と言われても困ってしまう。
それが大切なのはわかるけど、どうすればいいのかさっぱりだ。
「えっと、人間って足で歩いて、手を使って、いろいろと考えて、たくさん工夫して……それから、言葉があって、料理があって、お金があって、街に住んでて、冒険者がいて、」
ダメだ。
なんとなく、この二日で知った事とか、ドラゴンだった時に『あの人』から教えてもらった事を思い浮かべるけど、それもふんわりしていてわかっている気がしない。
『焦らないの。とりあえず、座りなさいな』
頭の中がグルグルし始めた僕に、ノクトがベッドの端っこをしっぽで叩いた。
言われたとおりに座って、一度考えるのを止める。
しばらくしたら、ノクトが話し始めた。
『あなたの場合、人間の常識だけじゃなくて、五百年のギャップもあるから大変でしょうけど、放りだしたりはしないわ』
「ノクト?」
興味なさそうに耳の後ろをかきながら、ノクトは提案してくれた。
『レオン、あたしたちとパーティを組んでみるのはどうかしら?』




