43 ドラゴンさん、宿屋に入る
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二階建ての宿屋さん。
それはとても古い建物みたいで、周りの似たような建物よりも色があせている。
あと、色んなところに木の板がつけられていた。
たぶん、あれはダメになった場所を直そうとしたんだと思う。
でも、不思議と悪い感じはしない。
「ぼろいですよね。わかっています。折角のお祝いにこんな場所に案内するなんてって思いますよね。でも、違うんですよ? 確かにボロボロですし、ちっさいですし、わたしたち以外にお客さんは誰もいないですけど……」
シアンがいろいろと言っているけど、途中でノクトがはっきりと言ってしまった。
『率直に言って、冒険者街では一番人気のない宿よ』
「ノクト! 真実でもオブラートに包まないとダメじゃないですか!」
『嘘は嫌いよ。誤魔化しもお腹いっぱいなの』
「そうでしょうけど! いくら『迷宮の狭間亭』は、その経営が迷子になっているとか、冒険者街と職人街の間にあるから中途半端とか、そもそも迷宮の狭間じゃなくて建物の隙間じゃないかとか言われているからって、言っていい事と悪い事がありますよ!」
うーん。
僕はよくわからないけど、たくさん言ってしまっているのはシアンのような気がするけど、いいのかな?
首を傾げていると『迷宮の狭間亭』の扉が乱暴に内側から開けられる。
勢いが強かったのと、扉がボロボロだったせいで、扉が外れてしまった。
そんな扉を踏みつぶしながら、中から出てきたのは女の人だ。
「さっきから店の前でうっせえぞ、この貧弱魔導使い! そんなにうちに文句があるなら出ていきな!」
僕と同じぐらいの背の女の人。
鋭い目で僕たちをじろりとにらみつけてきて、すごい迫力だった。
体も全体的にふっくらしていて、小さなシアンの近くにいると余計に大きく見える。
「ち、違うんです、女将さん! わたしは『迷宮の狭間亭』をフォローしようと!」
「どこがだ、どこが! あんたの営業妨害が厨房まで聞こえてたんだよ! そもそもうちは人気がないんじゃない! 客を選んでんだ!」
どうやらシアンに怒っているらしい。
女将さんと呼ばれた人に近づかれて、シアンの顔は真っ青になってしまっていた。
変な人だ。
怒っているみたいだし、声も大きくて迫力があるけど、あまり怖くはない。
けど、シアンが困っているから助けないと。
「シアンをいじめないで」
「あん?」
シアンと女将さんの間に入った。
女将さんは僕をじっとにらんで、それから小さく鼻を鳴らす。
「はん、男連れとはやるじゃねえか。なんだ、男と暮らすから出てくってか? うるさくて面倒なのが出てくなら清々するよ」
「ち、違います! わたしは『迷宮の狭間亭』を出てったりしませんから! あ、あと、レオンは、そういうのじゃなくて……なんというか、その、重要な存在なのは間違いないのですが、恩人として? いえ、放っておけない人として? いえいえ、違います。レオンがわたしを特別だって言うから――」
最後は小さく何かつぶやいているシアン。
女将さんは大きくため息をついて、乱暴に赤い髪をかきながら、足元であくびをしているノクトを見下ろした。
「で、なんなんだい、これは? 冒険者だから予定より帰りが遅れるのはあんだろうが、連れがいきなり増えるタイプには見えなかったんだがね」
『彼とは縁があってね。今後はともかく、今日のところはお客さんよ』
じろじろとまた女将さんに見られる。
やっぱりにらまれているけど、嫌な気持ちにならない。
笑顔だけど気持ち悪かったギルマスと逆だ。
「うちに見られてビビりもしねえとは、大したタマじゃないか。しっかし、また訳ありかい。便利に使ってくれるね、マリアの奴も」
「マリア? マリアと知り合い?」
「あいつとは古い付き合いなんだよ。お互い現役も引退したっていうのに、なかなか縁が切れなくてね。シアンとノクトみたいな面倒抱えてる奴を押し付けられたりしてるんだ」
よくわからないけど、女将さんはマリアと友達なのかもしれない。
面倒くさそうな言い方をしているけど、目はちょっとやわらかかった。
『女将。あたしたち、昼がまだなの。お願いできるかしら?』
「あん? 廃棄寸前の素材持ち込みで自炊のあんたらが料理を注文とは珍しいな。帰りが遅かった割には成果があったか?」
『そこそこね。苦労した甲斐はあったわ』
上機嫌にしっぽを揺らすノクトを女将さんはひょいと持ち上げた。
「で、本音は?」
『シアン、本当にそろそろ限界なのよ。昨日今日でずいぶん無理させたから、本人は隠しているようだけど、本当は料理もきついはずよ』
体力のないシアンはまだ疲れている?
ギルドに入る前に寝ていたけど、疲れが残っているなら大変だ。
「ったく、強がりめ。おい、あんた。シアンを連れて入りな」
「うん」
「え、きゃあ!? い、いけませんよ、レオン! いくらわたしが可憐すぎるからと言って、こんな昼中の外でなんて!」
抱っこされたシアンが顔を真っ赤にして叫ぶけど、いつもの事だから気にしない。
そのまま女将とノクトについていく。
壊れた扉をそのままに入った『迷宮の狭間亭』はやっぱり小さい。
部屋には丸い木のテーブルがみっつあるだけだ。
奥にも部屋があるみたいだし、二階もあるけど、ギルドを見た後だと暗いし、せまく感じてしまう。
「すぐに適当なもん用意するから座って待ってな」
テーブルを指さしてから女将さんは奥に行ってしまった。
あっちがさっき言っていた厨房という場所なのかもしれない。
僕はシアンを抱えたまま言われた通り椅子に座る。
「抱っこのままですか!? あ、あの。そろそろ下ろしてもらえません? レオンがいくらわたしを抱きしめていたいからって、ご、強引すぎるのは感心できませんね」
隣の椅子をちらちら見ながら、耳まで赤くなったシアンが言ってくる。
けど、こうして触っていれば、僕の生命力をシアンに分けてあげられる。
そうすればシアンの疲れも減るはずだ。
「シアンは、嫌?」
「い、嫌ってわけじゃないですけど! どちらかというと悪い気はしないというか、なんだかポカポカして気持ちいぐらいですけど! それでも精神衛生上、大変よろしくないと言いますか――って、そこでその顔は反則ですよ! ドラゴンのくせして子犬系とかずるいです!」
なんだかいろいろと言っているけど、僕の腕の中でシアンはおとなしくなったからこのままでいいらしい。
生命力を一度にたくさん分けるのは気を付けないと。
生命力そのものは体にいいし、だいじょうぶだとは思うけど、やりすぎたらシアンが大変な事になってしまうかもしれない。
『バカップルにしか見えないわね。レオン、ほどほどになさいな』
「うん。シアンがどうなっちゃうかわからないもんね」
「わ、わたしどうなっちゃうんですか!? レオンはわたしに何をするつもりなんですか!?」
そういえば説明していなかった。
不安そうにしているシアンのためにもちゃんと言っておかないと。
けど、僕はうまく説明できる自信がないから、できるだけ簡単に言わないと。
「だいじょうぶ。とっても気持ちよくするから」
「本当にナニをするつもりなんですかぁ!?」
「うちでなにするつもりだ、馬鹿たれ」
シアンといっしょに女将さんにも叱られた。
ただ、シアンを回復させてあげたかっただけなのに、どうしてだろうか?
僕が首を傾げている間にシアンは腕の中から出てしまった。
隣の椅子に座って、手で顔をあおいでいる。
そうか、暑かったんだね!
「……おい、まさか同室するつもりじゃねえよな? うちはそういう宿じゃねえぞ」
『ダンジョンじゃないんだから、さすがにそれはないわ。したところで、女将の考えているような事にはならないでしょうけど……別の意味でシアンが心配だからね』
ノクトと女将さんは何を言っているんだろう?
わからない事ばかり増えていく。
『それにしても早かったわね』
「はん。昼時に客を待たせるような真似するかよ」
女将さんが持っていたお皿をどんどんテーブルに置いていく。
二本の手だけなのにたくさんお皿を持っているからすごい。
すぐにテーブルの上に料理が並んでいった。
やわらかそうなパンが入った籠。
ダンジョンで食べたのとはちょっと違う感じのスープ。
いろんな種類の葉っぱや木の実やキノコが入ったお皿。
いい香りのする焼いたお肉の載った鉄板。
なんだか道連れ兎の時と同じ感覚がお腹でする。
「これ、高いんじゃ……」
「あんたらの予算ぐらいわかってるさ。払えねえもんは出さねえよ」
『それにしては豪勢すぎるけど?』
「はん。無事に帰った祝いだ。黙って食ってろ」
テーブルの下に座っていたノクトの前にもお皿を置くと、女将さんは奥に戻ってしまった。
シアンとノクトはその背中を見送ると、お互いに何とも言えない顔を見合わせて、それから声をそろえた。
「素直じゃありませんね」
『素直じゃないわね』
「うっせー! ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさと食いやがれ! デザートまで出してやるんだから、残したら承知しねえぞ!」
聞こえていたらしい。
奥から怒鳴り声がするけど、なんだか僕には機嫌がよさそうに聞こえた。
『ふふ。では、いただきましょうか』
「レオン、しっかり味わって食べてくださいね。『迷宮の狭間亭』は小さくておんぼろで人気はないですけど、料理はとってもおいしいんですからね!」
人生二回目の食事はおいしすぎて、感動のせいでちょっと泣きそうになってしまった。




