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ドラゴンさんのセカンドライフ  作者: いくさや
第二章 街住まいのドラゴン
43/179

42 ドラゴンさん、街を歩く

前話を少し修正しました。

大きな流れは変わっていませんが、感想でご指摘を受けた部分などを変更しております。

 42


 ギルドを出ると、太陽がまぶしかった。

 建物の中は魔導具の光で明るかったけど、こうやって見るとやっぱり太陽には負けてしまうらしい。

 雲ひとつない青空のてっぺんに昇った太陽を見上げる。

 五百年経ったはずだけど、あの光は変わっていない。


 そんな光の下、道をたくさんの人たちが歩いて、話をして、生きていた。


 ギルドにいた人と似た感じの服の人は冒険者なのかな。

 その人たちと話をしている男の人はなんだろう?

 若い女の人が大きな声を出している。

 人間たちが話して、建物の中に入ったり出たりして、どこかへ歩いていく。


 それを近くで見ただけで、なんだか泣いてしまいそうだ。

 さっきは遠くから見ただけだったけど、こうしてすぐ近くで見て、聞くと、僕が守ったものがよくわかる。


「さて、どうしましょうか?」


 シアンのそんな声に目を向けると、彼女は腕を組んでいた。

 足元のノクトがのんびりとしっぽを揺らしながら答える。


『お昼に外食するんでしょう? 今日ぐらいは贅沢しても止めないわよ』

「いえ、それは決定事項ですけど、問題はどこのお店にするかですよ」


 お店。

 なんだっけ?

 五百年前もそんな風に呼ばれる何かがあったような気がしたけど、よく覚えていない。

 たしか……建物だったような?


「ああ、お店というのは人がお金を使って物を売ったり、買ったりする場所ですね。ほら、あそこは冒険者向けの料理店さんですよ」

『この辺りはギルドの近くだから、冒険者向けのお店ばかりね。武器屋、防具屋、道具屋、治療院、鍛冶屋なんかが集まっているわ』


 とりあえず、『屋』が多いのはわかった。

 そこに行くと、お金とほしい物が交換できるって事だよね。


「それで、わたしたちはご飯にしようと思うんですけど、どのお店にしようか迷っているんですよ。折角ですから、その辺りのお安い代わりにそこそこの料理よりも、それなりのお値段に相応のお店に行きたいじゃないですか」

『つまり、レオンのために豪勢なお昼にしたい?』


 ノクトの言う通りだったのか、シアンはうっと言葉をつまらせてしまった。


「僕?」

「だって、レオンにとっては初めての街の食事ですよ? ちゃんとしたお店で食べさせてあげたいじゃないですか! 昨日は期限切れギリギリの保存食だったんですよ!?」

『別にたまの贅沢ぐらい反対はしないって言ったわよ。でも、レオンの常識というか、基準のためにも程々になさいな。あと、あたしたちのお財布のためにもね』


 ノクトが影からボロボロの革袋を取り出した。

 揺らすとチャリンチャリンと軽い音がしていて、どうやらその中にシアンたちのお金が入っているらしい。

 シアンはその中を覗いていたけど、しばらくすると遠くを見つめながらうなずいた。


「そうですね。無理はいけません。無理は。ちょっとここからは遠いですけど、わたしたちの常宿まで歩きましょうか」

『今日を乗り越えても、明日があるの。その次には明後日がね。それを越え続けるのが、生きるという事よ』


 よくわからないけど、結論は出たみたいだ。

 なんだか透き通った目をしたまま歩き出すシアンたちについていく。


 こんなにたくさんの人たちがいる中を歩くのは初めてだから緊張してしまう。

 ドラゴンの時は踏みつぶしてしまったらいけないから近づけなかった。

 いや、あの時は誰も近づいてくれなかったんだけど。


「さて、黙って歩くのも退屈ですし、この街について説明しましょうか」


 振り返って提案してくれたシアンにうなずく。

 昔の悲しい事を思い出すより、もっとたくさんの事を教えてもらいたい。


「この迷宮都市エルグラドは大きく五つに分かれています。ちなみに、レオンは東西南北ってわかります?」


 東西南北。

 それってどっちがどっち、とかだよね。

『あの人』から教えてもらってるから知っている。


「えっと、北っていう場所がとっても高い山がある方で、そこの反対が南で、北が前の南が後ろの時に右が東で、左が西! だから……」


 高い山を探して見回すけど、見えるのは建物と壁と、弓聖像だけだった。

 おかしい。

 あの山は本当に高かったからどこからでも見えるはずなんだけど。


「山、ない……。あ、そうだ! あの山、モンスターといっしょにブレスでふっとばしちゃったんだ!」


 大きめのモンスターが出てきたから、十個の首でまとめてブレスを吹いて倒したんだ。

 あの時、モンスターがいた山もいっしょになくなってしまって、大きなくぼみになったんだっけ。

 すっかり忘れていた。


「や、山を吹き飛ばした、ですか。まあ、レオンならあるのかもしれませんね」

『というか、その北の窪地って、現帝都じゃないかしら?』


 帝都とかはよくわからないけど、あの山がないとどっちが来たかわからないのは困る。

 いや、あまり気にしていなかったからだいじょうぶのような気もするけど。


「帝都の成り立ちは気になりますけど、今は本題ではありませんね。じゃあ、あの弓聖像を見てください」

「えー」


 あれは敵だ。

 あまり見たくない。

 壊したくなっちゃう。


『気持ちはわからないでもないけど、方角を知るのには便利だから見ておきなさい。弓聖の正面が見える方が南。背中なら北。弓側が東。矢の方が西よ』


 見たくないけど、敵を見ないのはいけない。

 どこが壊れやすいかなって像を見ながらノクトの説明を聞いた。


「じゃあ、こっちは南?」

「そうですね。ダンジョンやギルドがある南側が冒険者の街です」


 なるほど。

 さっきノクトが言っていたのと同じだ。

 ダンジョンもギルドも冒険者が行く場所だから、近くに冒険者が集まるんだね。


『そして、西側は職人街よ。主に魔導具の製作者が住んでいるわね。エルグラドは帝国有数の魔石の産出地だから、高名な魔導具職人が集まっているわ』

「東側は薬師街です。魔石と同じく命石も手に入りやすいですからね。霊薬を作る薬師が集まるんですよ」


 えっと、魔導具を作る人と、霊薬を作る人が集まっているって事だよね。

 冒険者の人たちといっしょで、この人たちは魔石と命石が必要だから、それが手に入れやすい迷宮都市に来ているって感じ?


「そして、北側が商人街ですね。街の魔導具や霊薬を買ったり、他の街から持ってきた食料品を売ったりしているんです。他にも街の人向けのお店もあるんですけど、ちょっとお高いところが多いのであまり縁がありません」

『その税金で暮らしている連中が、街の中央街の連中よ。領主一族に、役場の役人、それから一部の高ランク冒険者たち』


 東西南北と真ん中で街に住む人が違うんだ。

 街の事はよくわからないけど、住む人が便利ならそれはいいことだと思う。


 となると、冒険者のシアンがいるのはこの冒険者街になるんだ。


「これから行くお店も南にあるの?」

「正確にはお店ではなくて宿屋なんですけどね。あ、宿屋は持ち家のない人がお金を払って住む場所ですよ?」

『宿屋をしながら食堂もあるのよ。あたしたちはそこの宿を使っているの』


 といいながらもシアンもノクトも足を止めないままだ。

 話しながら歩いているからだいぶ歩いているんだけど、どこまで行くんだろう?

 弓聖像の矢の方に近づいているから、西の職人街に近くなっている気がする。


「そこって遠いの?」

『必要なものが近くにあると便利。それはわかったわね、レオン?』


 聞いたら、聞き返されて、僕はうなずいた。

 そうしたら、シアンが続けてくる。


「では、近くに皆が住めればいいですけど、本当に近い場所は限られています。そして、そこを使いたい人はたくさんいます。そうなると、どうなるかわかりますか?」

「……いっしょに住む?」

『それは素敵で平和ね。けど、それでも場所が足りなかったら?』


 そうなると……誰かがガマンするしかない、のかな?


「そうです。そして、その『誰か』はどうやって決まると思いますか?」

「え? えっと、話し合い?」


 人間は話せるんだから、話して解決すると思う。


『話し合いで解決できたらいいわね。でも、大概は話だけでまとまらないわ。だから、人は古くは武力、近くは権力で解決したりするのだけど、古今東西で決まって最後にものをいうのはこれなのよ』


 ノクトが影から取り出した革袋をしっぽで揺らした。

 そして、ちょうど足を止める。


「つきました」


 歩いている間にいつの間にか道から人が少なくなっていて、周りの建物もちょっと古い感じになっていた。

 気のせいか、ちょっと周りの空気も暗くて重い。


『つまり、便利な場所は高くて、不便な場所は安いのよ』

「紹介しましょう、レオン。ここがわたしたちの常宿の『迷宮の狭間亭』です」


 そう言ってシアンが指さした建物は、とっても古くて、とっても小さかった。

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