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ドラゴンさんのセカンドライフ  作者: いくさや
第二章 街住まいのドラゴン
41/179

40 ドラゴンさん、お金をもらって使う

 40


「つまり、ダンジョン上層で未帰還になった冒険者の救助をしたいと?」


 うなずく。


 ロビーでシアンが金斧さんと話していた時、集団暴走アバランチで冒険者の人がケガをしたり、帰ってこれなくなっているって。

 だとしたら、それは道連れ兎ジョイントラビットを殺してしまった僕のせいだ。

 なんとかしてあげたい。


 本当はノクトに相談しようと思っていたけど、冒険者の事ならギルドの人に頼んでみよう。


「できる?」

「可不可を問われれば、答えは可だが……しかも、キミは依頼と言ったね?」


 言った。

 冒険者ギルドなら冒険者の人にお仕事を頼めるって教えてもらった。

 だったら、僕がお願いしてもいいはず。


 そして、人間はお金で色々と物を交換したりしているのも知っている。

 そのお金をちょうどディックが持ってきてくれたみたいだ。


 ギルマスはなんだか僕をじーっと見つめてきて、気持ち悪い。

 そのとなりで顔を見合わせていたマリアとディックが話しかけてきた。


「あのー、レオン君? もしかしてー、レオン君が道連れ兎ジョイントラビットを倒した影響を気にしてるのー? それだったら気にしなくていいんだよー?」

「おう。冒険者ならダンジョンで起きた事は自己責任だ。もちろん、非道を許すとまで言わねえが、事故なら仕方ねえぜ」


 なんとなく、二人が本気で言っているのがわかる。

 いや、本気じゃなくて、普通って感じ?


『そうね。さっきの斧男の主張を認めるようで癪だけど、冒険者ならダンジョンで怪我をするのも、命を落とすのも、全部覚悟の上よ』


 ノクトの声は冷たい。

 ちらりとディックが持ったままの紙を見つめて、肩をすくめた。


『つまり、ハイリスク、ハイリターンなのよ』

「冒険がうまくいけば大金が手に入るよー。けど、失敗したら帰ってこれないかもしれないのー。大物を倒せれば魂魄が成長して強くなれるよー。でも、負けたら死んじゃうのー」


 それが冒険者。

 だから、僕が助けないといけないわけじゃない。

 そう言いたいみたいだ。


『それはあなたがあなたの手で得たお金よ。あなたのために使うべきよ』

「まあ、なんだ。この数字を見たらちったあ実感持てんじゃねえの?」


 ディックが僕に紙を渡してくる。

 見積書らしいんだけど、そもそも見積書ってなに?

 わからないからシアンに見てもらう。


「シアン、これってなんて書いてるか教えて?」

「いいですよ。優しいわたしが教えてあげ――ひいっ!」


 シアンが悲鳴を上げた。

 驚いたせいで落ちていく紙にノクトが飛びついて、床に広げる。

 そのしっぽがビーンと伸びて、毛がぶわっと逆立った。


『――ふっ、ふぅん?』


 ノクトは興味なさそうに紙から目をそむけるけど、すぐにまた紙に戻って、何度も何度も見ている。


「まあ、びびるよなあ、それ」


 ディックの笑顔もちょっと引きつっていた。

 ノクトの足元から紙を抜き取って、僕にひとつひとつ指さして説明してくれる。


「あー、モンスター素材としちゃあ、状態は良くなかったな。爆発してたり、圧し潰されてたり、引き裂けてたり、ノクトの姐さんのおかげで鮮度はよかったがな。ほとんど食肉部位ぐらいしか取れそうにねえ」


 ノクトが渡していたモンスターのほとんどは、僕が威嚇のつもりで全滅させちゃったモンスターだ。

 あれは音の波で吹き飛んでいたから、けっこうボロボロだった。


 続けてディックが指を下におろしていく。


「命石と魔石に関しちゃ期待しろ。いくつか砕けてたのもあったが、七割は無事だったぞ。で、等級ごとにざっと数を出してある」


 七割とか等級っていうのはわからないけど、なんだかよかったのかな?

 ディックが笑っているから、笑ってうなずいておく。


「で、それらの数がここだ。あー、もう命石と魔石でまとめちまうぞ? 五等級が約500だ。こりゃあ、砕けたぶんも含めてあるから、そんなに価値は高くねえ。元々、まとめていくらって話だからよ」


 500。

 弱いのだけどたくさんいたからなあ。


「で、四等級が約100。こっちはそこそこの値が付く。一般的な霊薬や魔導具の素材に使えんだ」


 下の段が指される。

 霊薬とか魔導具に使えるって言ってたけど、何でもいいわけじゃないんだね。

 うんうんとうなずいておく。


「本当にわかってんのか? ここまででも結構な大金になってんだがよ」


 とりあえず、五等級が500で四等級が100なのはわかったからきっとだいじょうぶ。

 僕がうなずくと、ディックは頭をかいてから続ける。


「で、ここが三等級だ。命石が1だ。ったく、さらっと上層のユニークモンスターが出された時はビビったぜ?」


 ユニークモンスター……ええっと、濫喰い獣王種キマイラロードとかだっけ?

 でも、あれって中層のユニークモンスターって言ってような?

 それに、あいつは僕の爪で天井といっしょに潰しちゃった。

 素材も、命石も、魔石もなんにも残らなかったと思うんだけど……。


凍氷暴れ馬アイスホース――八本足の悪魔だ。どんな悪路も踏破して追ってきやがる上に、近づくだけで凍傷を負わされる。しかも、氷結のブレスまで使うっつう、上層のユニークモンスターの一匹だな。頭がふっとんじまってて魔石がねえのが……って、あんちゃん。なんで、難しい顔してんだよ」


 そんなの倒したっけ?

 なんとなーく、どこかで倒していたような気もするんだけど、あまり覚えていない。

 まあ、いっか。


「ううん。なんでもない」

「いや、凍氷暴れ馬アイスホースが何でもないって……まあ、うん。あんちゃん相手に言っても仕方ねえ。最後がこっち。二級だ」


 紙の下の方。

 いっしょに見ているうちに僕もわかるようになってきた、というか、三級のところと同じのが書いてある。


「命石と魔石が一個ずつ?」

「だな。さすがは道連れ兎ジョイントラビットだ。天敵がいねえから若くても長く生きてやがる。かなりのマナを溜め込んでたんだろ。命石も魔石もよかったぜ。これ程の上玉は下層でもなかなか手に入らねえ。」


 一番弱いのに一番いいんだ。

 長く生きたぶんだけよくなるみたいだし、そういう事もあるんだね。


「んで、最後に総額だ。あー、ざっくり言っても金貨が6枚は出るな。やっぱ、二級はでけえわ。あれだけで金貨4枚はいくからよ」


 ふうん。

 金貨が6枚……よくわからない。

 そもそもお金ってどんなのがあるの?


「ふふ、ふ、ふふふ。金貨。それは黄金の果実。ああ、まぶしい。想像しただけで目が潰れそうです。それが一枚もあれば五年は生活できるんじゃないですかね?」

『6枚……。三十年ぶんの年収……。あのドラゴンとか、濫喰い獣王種キマイラロードの素材が残っていたらどうなっていたのかしらね?』


 なんだかシアンとノクトが何もない空を見ながらつぶやいている。

 なんだろう。

 一人と一匹には何が見えているのかな?

 ちょっと仲間はずれみたいでさびしい。


「ごめんね。僕が全部消し飛ばしちゃったから」

「はっ!? あ、いえ、気にしないでください。終わった事です。というか、レオンがいなければそもそも倒せませんし」

「でも……じゃあ、そうだ。依頼に使ったら、後はあげるよ」


 マリアとディックがぶはっとふきだした。

 なんだかうまくしゃべれないみたいで、手をバタバタ振っていて、ちょっと楽しそうだ。

 そっちになんとなく手を振って、それからシアンたちを見た。


 シアンとノクトにはたくさん教えてもらっているし、助けてもらっている。

 そんな一人と一匹が喜んでくれるなら僕も嬉しい。


「いえ、さすがにいただけません」

『そうね。運賃程度はもらうから、後は倒したあなたが受け取りなさいな。施しも過ぎればお互いのためにならないわ』


 そういうものなんだ。

 お金が必要なシアンたちが持っていた方がいいと思うのだけど、本人たちがそう言うなら無理に渡すのはダメなんだろう。


 僕が納得していると、ギルマスが前に出てきた。 

 あいかわらず、僕をじっと見つめてくる目が嫌だ。


「ふむ。それでレオン君。実際に金額を聞いて君はどうするんだい? さっきの依頼を本当に出すつもりなのかな? 上層に入っている冒険者は多いよ。それを救うとなると必要な報酬の額も大きい。マリア君、そうだね?」

「後でちゃんと試算しますけどー、金貨4枚はいりますねー」


 6から4なくなると……。


「いいよ」

「あのー、いまー、ちゃんと計算したー?」


 それはひみつだよ。

 でも、6が4より強いのは知ってるから、だいじょうぶ。


「やっぱりー。レオン君が依頼する事じゃないよー。というか、ギルマスがお願い聞いてくれるんだからー、お金はギルマスが出せばいいんだよー。仕事しないのにお給料多いんだからー」

「ボクは構わないよ? そうするかい?」

「ううん。僕がお願いするから、僕がお金を出す」


 すぐに答えた。

 なんとなく、この人に頼るのは嫌だから。


「そうか。承知したよ。キミの願いをかなえようじゃないか!」


 そう言って笑ったギルマスは、とてもタノシソウナ目をしていた。

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