38 ドラゴンさん、変な人に遭う
38
マリアは笑顔だ。
とってもニコニコ笑っている。
けど、すごい汗をかいていて、おでこやほっぺからダラダラと流れ落ちていた。
どうしたんだろう?
暑いのかな?
「マリア、だいじょうぶ?」
僕が声をかけると、マリアは大きく肩を揺らして、何度か僕と鑑定石を見て、それから話し始めた。
「か、鑑定、ねー。ええっと、右が生命力でー、左が魔力でー、いいのよ、ね? えとえと、でも、これなんだか右と左が交差しちゃってるしー、そもそも形が違うしー、ちょっと、後にしましょうかー? それで、質は光なんだけどー、光もなんで三……いえ、四色もあるの? 緑なら魔力質はレベル4で、青なら2で、黄色? 黄色ってこんなに薄い色していたかしら? 黄色ならレベル5だけど、本当に黄色なの? というか灰って何よ? 灰色なんて記録にもないわ。 違う、違うわ、私! 記録にないのは色なんかじゃなくて、変形したの!? なんで!? 変形、なんで!? え、これって私の責任問題とかじゃ……鑑定石の、せき、にん……」
最初はいつものゆっくりした話し方だったけど、ぶつぶつやっている間にどんどん早くなって、とうとう黙り込んでしまった。
なんだか、大変そうだからちょっとそっとしておこう。
僕はマリアと並んでいるシアンとノクトを見る。
シアンは困ったみたいに笑っていて、ノクトは目をつぶって首を振っていた。
「うーん。レオンの事ですから、鑑定石が砕け散るとかあるんじゃないかとは思っていましたけど」
『あたしは爆発すると予想していたわ。それが、こう来るとは。さすがレオンね』
なんだかよくわからないけど、ほめられた。
喜んでいるとノクトはもう一度深くため息をついて、それから僕と鑑定石を見てくる。
その目は僕の表面じゃなくて、もっと奥を見ている気がした。
『魂魄に異常はないわね。鑑定石も……機能は正常?』
「ノクト、わかるんですか?」
『魔導具は専門外よ。特に鑑定石なんてギルドが占有しているんだから、わかるわけがないわ。でも、これは魂魄に関わる物だから、少なくとも正常が異常かぐらいは判別できるの』
さすが、ノクトはできる猫だ。
なんでも知っている。
「けど、これで正常なんですか? わたしが見たところ、完全に形が変わっちゃっているように見えるんですけど」
シアンがまじまじと鑑定石を見上げながらつぶやく。
その肩に後ろから誰かが手を置いた。
いきなり、なんの気配もないのに。
「正常なのはこれが鑑定石の機能だからだよ」
「きゃあっ!?」
悲鳴を上げて小さく飛び上がるシアン。
誰かに言われるよりも先に、僕はその腰に手を回してかっさらう。
そして、そのまま部屋の隅っこまで飛び下がって、いきなり現れたその人をじっと見つめた。
『レオン、シアンを……って早いわね。けど、いい判断よ』
少し遅れて僕の足元にやってきたノクトがほめてくれたけど、喜ぶ気になれない。
どういうわけか胸がざわざわして、落ち着かなかった。
『この人間。本当にいきなり現れたわ。近づいてくる魂魄の気配なんてどこにもなかったのにね。嫌になるわ。こう、何度も警戒を抜かれるなんて』
しっぽをゆっくり揺らしノクトの声は怖い。
誰にも、僕にも気づかれないでシアンの後ろに立ったから。
なんだか鑑定石の事を、マリアよりもくわしく知っていそうだから。
警戒する理由は色々と思いつくけど、それも後から出てきた言い訳みたいなもの。
僕の本能が、魂魄が、この人に反応したんだと思う。
いきなり現れた人は……なんなんだろう?
最初の感想は『わからない』だった。
見た目は僕より少し背の低い人。
細くも太くも、短くも長くもない体。
服はシャツとズボンに、マントを肩にかけている。
ただ、色がすごい事になっていた。
白と黒の四角が交代交代に並んでいて、見ていると目がチカチカしてしまう。
そんな特徴的な服よりも顔に目がいく。
「きれいだ」
思わず声が出てしまった。
きれいな大きな目。
きれいな顔の形。
きれいなパーツの配置。
きれいな肌。
唇からのぞく歯まできれいだ。
なのに、わからない。
男の人なのか、女の人なのか。
若い人なのか、老人なのか。
強い人なのか、弱い人なのか。
頭がいいのか、頭が悪いのか。
わからない。
どっちかわからないんじゃない。
どっちにも感じられて、判断ができなくて、結局なにもわからないんだ。
「いやはや、まさかこんな反応されるとは、ちょーっとショックかな?」
「ギルドマスター!?」
その人の声にようやく正気に戻ったマリアが反応した。
マリアはこの人を知っているみたいだけど、ギルドマスター?
「どうして、ギルマスがこちらに?」
「簡単さ。鑑定石がこういう結果を出した時は、ボクにわかるようになっているのさ。とはいえ、こんな反応を受けたのは世界中のギルドマスターでもボクだけだろうけど。いやあ、世界初とは光栄じゃないか!」
「そんなの、私たちにも知らされていません!」
「教えていないからね。それより、いいのかい? おしとやかな姉キャラの仮面がボロボロだよ? ただでさえ、昔の黒歴史のせいで婚期を逃しているのに、そんな眉間にしわを寄せていたら、そこの彼にも嫌われちゃうよ?」
「婚期の事は関係ありません! いえ、ありませんー」
「ははは。そこで平然と取り繕うキミ、ボクは嫌いじゃないよ?」
なんだか言い合っているけど、本当に仲が悪いわけじゃなさそう?
マリアは僕たちの疑問と警戒の目に気づいたみたいで、コホンとせきをしてから向き直ってきた。
「すみませんー。紹介しますねー。こちら方が迷宮都市エルグラドの冒険者ギルドマスターで……」
そこでギルドマスターと呼ばれたその人は片手をあげてマリアを止めると、僕たちに一歩近づいてきた。
堂々と胸を張って、手を大きく広げてみせる。
「そう、ボクこそがギルドマスター! 人はボクの事を美しすぎるギルドマスターと呼ぶ! キミたちも是非そう呼んでくれたまえ! ちなみに名前は秘密だ! その方が美しいからね!」
最後は僕たちにビシッと人差し指を突き付けてきた。
ますますわからなくなってきてしまって、僕はどうすればいいのかわからない。
そうしていたら、腕の中でギュッと小さな痛みが走った。
見下ろすとほっぺをふくらませたシアンが、僕の腕を少しだけつねっている。
「何を見とれているんですか、レオン。あの人が綺麗だからといって、浮気なんて感心しませんね」
いや、きれいだとは思うけど、見とれていたわけじゃない。
どうしたらいいかわからないだけ。
けど、シアンはそう思わなかったみたいで、ますますほっぺをふくらませてしまった。
「なんですか!? レオンは綺麗系が好みですか!? わたしよりあのギルマスを名乗る不審人物がいいんですか!?」
それはない。
絶対にない。
だから、正直に言う。
「ううん。シアンがいい。あの人よりシアンの方がずっと好き」
「しゅ、しゅき!? しゅ、す、好き……好きですか。ふふ。いいですね。いいですよ。いいじゃないですか。いいでしょう、レオンがそう言うなら許してあげない事もありません! けど、もうしばらくわたしを抱っこしてください!」
それならまったく問題ない。
このわけのわからないギルドマスターという人の前で、かよわいシアンを放っておくなんてとんでもない。
「なんだか、ボクの関係ないところで勝手に振られたみたいなんだけど……」
「気にしないでくださいー」
『はあ……緊張感なさすぎよ』
いつもみたいにため息をついたノクトが、それでも一度頭を振ってから鋭い視線をギルドマスターに向けた。
その目と耳は嘘を許さないとばかりに動いている。
『それで、ほとんどの冒険者にも顔を知られていないギルドマスター様が、わざわざ足を運んだ理由を聞かせてもらえるかしら? まさか、このタイミングでやってきて、無関係とは言わないわよね』
「もちろんさ。ここに来たのは鑑定の結果を教えるためなんだからね!」
ギルドマスターはにこやかに微笑んで、大げさに手を振って僕と、鑑定石を示した。
「喜びたまえよ! 鑑定石が本当の役目を果たしたキミこそが『英雄』だ!」
違うよ。ドラゴンだよ。
僕は首を傾げるしかなかった。




