37 ドラゴンさん、魂魄鑑定する
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「こっちよー。いらっしゃーい」
最初の所よりも奥に連れていかれて、僕たちはマリアに続いて部屋に入った。
あまり広くない。
人間が三人に、猫が一匹入るとちょっと多いぐらい。
窓がひとつもなくて、天井から降ってくる光しかない。
あと、中もほとんど物がなかった。
正面の壁に変な形の石? 岩? があるぐらい。
最後に入ったシアンが扉を閉めながら説明してくれる。
「本当ならここに入るのはギルドの方と、冒険者が一人ずつですからね」
『冒険者なら魂魄の情報は秘密にするものよ。たとえパーティメンバーであってもね。レオンも余程、親しい間柄でもなければ隠しておきなさい。今回はマリアと二人だけにすると色々不安だから、あたしたちも立ち会わせてもらうけど』
それで狭い部屋だし、外から中が見えないようになっているんだ。
「じゃあ、シアンとノクトにだけ教えるね」
「ふふふ。そうですか。レオンにとってわたしは余程親しい相手なんですね? わかっています。安心してください。レオンの情報は誓ってしゃべりませんよ! ええ、レオンにとって大切なわたしですからね! レオンも心強い事でしょう!」
「うん。ありがとう、シアン」
『わかっていたわよ。あたしが警戒すればいいのよね。ええ、二人分ね』
「子守り、お疲れ様ですー」
シアンがイキイキしていると、僕も嬉しくなる。
足元でノクトがため息をついているのはよくわからないけど、マリアがなぐさめているかだいじょうぶっぽい。
「では、さっそく始めましょうかー」
ポンと一度手を叩いたマリアが、変な形の石の前で僕を手招きしてくる。
シアンとノクトがうなずいたから、近づいてよく見てみた。
台に置かれているせいで僕の目の高さぐらいまである石。
やっぱり変な石だ。
表面がなんだかキラキラと光っているし、ふたつに分かれたとがった石の形も変だけど、それ以上に見ていると首の後ろがぞわぞわする。
これ、自然の石じゃない。
ううん。その前に、本当に石なのかな?
いや、金属とか、植物だなんて話でもなくて、なんというか、もっと別の存在のような気がするんだけど……。
なんだ、これ?
「魂魄鑑定は簡単よー。この鑑定石に手を当てて、マナを一呼吸分吸うだけだからー。でも、大切に扱ってねー? 冒険者ギルドにも少ししかない貴重品なんだからー」
鑑定石って言うんだ。
何だかよくわからないものだけど、やり方は簡単で安心した。
けど、この変な石に触るのはちょっと怖い。
「あ、マリアさん。ここはまずわたしを鑑定してもらってもいいですか?」
後ろからシアンがやってきて、僕の前に立った。
「レオンの結果だけ見るのはフェアじゃなりませんからね! もちろん、料金はお支払いします……」
『まったく、この子は……安くないのに』
「いいわよー。中層から帰ってきたシアンさんの成長を見せてねー。ギルドカードの更新もしちゃうから預かるわー」
僕がなかなか手を出さないから、先にやって見せてくれるんだ。
なんだか自分が情けなくなってしまう。
「ありがとう、シアン」
「レオンにはたくさん借りができてしまってますからね。気にしないでください。では、いきますよ!」
シアンがぺたんと鑑定石に手を置いた。
そして、大きく深呼吸。
すると、石が下から光り始めていく。
石の左側がグングンと下から上に向かっていって、半分を超えたところでゆっくりになって、てっぺんを残した所で止まった。
光が動かなくなったところで、マリアがシアンのギルドカードを鑑定石に当てる。
それから次々とカードの上で指を動かし始めた。
「うーん。魔力量がまた上がっているわねー。とうとうランク8よー。おめでとうー。魔力質が『銀』なのは変わらずかー。それから……」
そこでちらりとマリアが見たのは鑑定石の右側。
なんというか、下の方がちょーーっとだけ紺色に光っていた。
すごい弱々しくて、今にも消えてしまいそう。
「生命力量、ランク1ね」
「ちょっと! そこで素の声にならないでくださいよ! いいじゃないですか! ほら、光が紺から青に寄っていますでしょ!?」
「素ってなんのことかしらー? そうねー。生命力質は最低の『紺』とー」
「青です! これは青ですって! 濃い目の青に違いありません!」
何度も言い張るシアンだけど、これは紺色だと思う。
そんなシアンにマリアは笑顔でギルドカードを渡して見せた。
「はいー。シアンさんの更新終了よー。総合ランクB。生命力1-紺。魔力8-銀。数値は隠しておいてねー? それにしても、本当にピーキーな魂魄よねー」
「わたしは深窓の令嬢でしたからね! まだ体力がないのは仕方ありません! これからですよ、これから!」
『育て方、間違えたかしら……』
ノクトが猫耳としっぽまでうなだれてしまっていた。
えっと、元気出して?
「こんな感じかしらー。鑑定石の光る場所と色でわかるのよー。レオン君はギルドカードを持ってないけど、なくても調べられるから安心してねー」
「うん。やってみる」
まだ鑑定石の変な感じは怖いけど、これで嫌がったらかっこわるい。
僕は何度か深呼吸をしてから、シアンが開けてくれた場所に立つ。
えっと、まずは手を当てて。
石はひんやりしていて、つるつるしていた。
ただの石みたいだと思ったのは最初だけ。
手のひらから僕の胸に向かって何かがつながった感じがする。
「私までドキドキしてしまいますねー。はーい。じゃあ、そのまま深呼吸ー」
マナを吸い込む。
変換はしなくていいんだよね?
「あらー?」
「何も起きませんね?」
鑑定石はちっとも光らない。
どうしたんだろう?
シアンが試してくれたから壊れていないと思うんだけど、やっぱりこれって僕の魂魄がドラゴンだから?
僕が不安になっていると、目を細めていたノクトが叫んだ。
『いえ、これは……シアン、マリア! 下がりなさい!』
その声にマリアがすぐに動いた。
音も立てないでシアンに近づいて、そのまま彼女を抱きかかえて僕の後ろへと飛び下がる。
それとほとんど同時。
「あ、れ?」
鑑定石が変形した。
ぐにゃりっていきなり。
まるで生きているみたいに動き出す。
手を放した方がいいのかな?
後ろのマリアに聞いてみる。
「これ、動くの?」
「何が起こって、こんなの、聞いた事もない……魔導具の暴走? そんな、なんで? Sランクの冒険者でもこんな事はなかったのに……」
ぶつぶつ独り言でいそがしいみたいだった。
でも、マリアも知らないみたいなのはなんとなくわかった。
シアンとノクトは口を開けたまま動かない。
そうしている間も鑑定石は変形を進めていた。
石の底はそのままなのに、右と左の部分が上へ上へと伸びていって、その間を枝みたいに細い棒がつながって、そこにコブを生みながら成長していく。
いや、成長なのかな?
よくわからない。
「あ、止まった。止まったよ、みんな」
変形が終わるまでどれぐらいかかったんだろう。
結局、鑑定石は部屋の天井に届くぐらいまで大きく伸びてしまっていた。
右と左の石が同じぐらいに伸びて、その間に何本かの棒でつながっている形。
光は……たくさん。
右は下から緑・青・灰に光っていて、それ以外だと一番下の根っこの部分が淡い黄色。
左はうっすらと全体的に光っているけど、これってどういう感じなのかな?
えっと、光る場所と色でわかる……って、シアンと違いすぎて何もわかんないよ。
「ねえ、マリア。これってどんな感じ?」
マリアはいつもの笑顔ですごい汗を浮かべていた。




