36 ドラゴンさん、悩む
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「魂魄を、調べる?」
魂魄はどんな生き物でも持っている魂。
マナを生命力とか魔力にする力がある一番大切なモノ。
この胸の中にあって、確かに感じられるんだけど、それでも目にも見えないし、手にも取れないのだけど、それを調べるって……どういう事?
自分の一番深いところを覗かれるみたいなのも、マリアの目が変にキラキラしているのも怖かった。
シアンを抱きしめる力が強くなってしまう。
「ここでギュっとしないでくださいよぅ!?」
「だって、なんだかマリアが怖いし……」
「怖くないよー。ちょっとだけー。ちょーっとだけレオン君の手を借りるだけだからー。レオン君もー、とってもイイ素質がありそうねー? お姉さん、滾ってきちゃったー」
もっと怖くなった。
キラキラしていた目が今はギラギラだ。
「あー、もう。だから、レオンをマリアさんに会わせたくなかったんですよ。ほら、本当に心配はいりませんから。大丈夫ですよ」
腕をぽんぽんと叩かれて安心した。
シアンが言うなら平気な気がしてくる。
「ギルドには人の魂魄を調べる魔導具があるんです。それを使うと、生命力と魔力の変換量や質が調べられるんですよ」
「これはー、世界でも冒険者ギルドにしかない魔導具なんだー」
マリアはそれで僕の魂魄を調べたいんだ。
説明してもらえて力を抜いたら、シアンは腕の中から出てしまった。
ぬくい感覚がなくなってしまうのは残念で、その肩に手を置かせてもらう。
「ん、まあ、これぐらいならいいですかね! 頼れるわたしにすがってしまうのは仕方ありませんから!」
「うん。シアンがいてくれて本当に良かった」
うんうんと僕とシアンがやっていると、ノクトとマリアは困ったみたい笑っている。
「……これ、ノクトさんが大変ですねー」
『わかってくれたかしら?』
なんだか二人だけでわかりあっている。
頭がいい人は言わなくてもわかるんだからすごい。
僕は言ってもらってもなかなかわからないから、感心してしまう。
『けど、レオンの魂魄を調べるなんてどういうつもりかしら?』
ノクトがゆっくりとしっぽを揺らしながら近づいてくる。
どうやら影の中にしまっていたモンスターは出し終わったみたいで、その後ろではディックたちがどこかに運んでいた。
マリアを見るノクトの目は鋭い。
まるで敵を見るような目だ。
『定期的に魂魄を調べるのは冒険者の義務でしょう。そうではないレオンに強制はできないわよ』
「ですね。いくらマリアさんでも無体は許せませんよ。レオンに関してはわたしたちを通してもらいませんと!」
僕の前に立ったシアンとノクトが頼もしい。
マリアはいつもの笑顔に戻った。
「いえいえー、もちろん強制なんてしませんよー。あくまで提案ですー。お二人もー、レオン君の力に興味があるんじゃないですかー?」
あれ、シアンとノクトが言い返さないよ?
「当然ー、結果については守秘義務がありますからー、誰にも話しませんしー、料金も無料ですー」
あ、無料って言葉にシアンとノクトが反応した。
なんだか、頼もしささんがさよならしてしまっている。
「おまけにー、冒険者ギルドに登録もしてみませんかー? 登録料も無料にしちゃいましょうかねー。なんでしたらー、将来性を勝ってー、私が専属になってもいいですねー。当たり前ですけどー、これも無料ですよー」
『……何を企んでいるのかしら?』
ノクト、今の間はなんなの?
なんというか、無料って言われるたびに揺れちゃっている気がしたんだけど……。
マリアはニコニコと話し続ける。
「企んでなんかいませんよー。でもー、この街のギルドとしてはー、実力者の把握はしておきたいんですよー。その上でー、冒険者として働いてもらえるならー、一番いいですねー」
ノクトはマリアをじっと見つめて、しきりに猫耳を動かしていたけど、ひとつ息を吐くと僕たちを見上げてくる。
『嘘ではないわね』
「レオン、どうしますか? 冒険者になりたいなら、いい条件ですけど……」
僕が冒険者になる?
ダンジョンに入ってモンスターを倒して持って帰るお仕事を、僕がやる?
ちょっと考えてみたけど、うまく想像できなかった。
そもそもお仕事をするというのがよくわかっていないというか、実感できない。
人間はお金を使う生き物で、お金がほしかったら働いて仕事をしないといけないのはわかっているんだけど……。
首を傾げて考え込んでいると、ノクトが僕の肩に飛び乗ってきた。
『今はまだ決めなくてもいいわ。でも、これからあなたがどう生きていきたいのか、よく考えなさいな』
「う、うん」
ノクトは僕に考えろと何度も言ってくれている。
言われるたびに反省しているけど、すぐに考える事から逃げようとしまっている気がして、落ち込みそうだ。
謝ろうとした僕のおでこを、ノクトはしっぽでペシンと叩いてきた。
『少しずつでいいのよ。焦ってもいい事はないわ』
「……うん。ありがとう。考えてみる」
お礼を言うと、ノクトは一度鼻を鳴らした。
『話を魂魄鑑定に戻すわ。折角の機会だから、あたしは調べてもらうのは賛成。あなたの魂魄はドラゴンのそれだもの。人間の体にどんな影響があるのか未知数よ。少しでも情報を得られるなら、ためらうべきではないわ。ギルドに情報を握られるのは癪だけど、他の組織よりは信頼できる』
えっと、色々と言われたけど、ノクトは僕の体の心配をしてくれている、んだよね?
そっか。
この体の事は何もわかっていない。
僕も、誰も、どうして人間になっているのか、ちっともわからない。
魂魄はドラゴンの時と同じようにも思えるけど、それだって調子が良すぎる気がするし、僕が気づかない何かが変わっているのかも。
頭の悪い僕だけど、知っておいた方がいい気がする。
そして、魂魄を調べる魔導具は冒険者ギルドにしかないみたいだ。
なら、ここで調べないとずっとわからないままになってしまう。
「うん。わかった。マリア、僕の魂魄を調べて」
「ただし、冒険者になるかは別です。もちろん、そちらも強制じゃありませんよね?」
『あたしたちの立ち合いも許可してもらえるわよね?』
「あらあらー、残念ねー」
シアンに言われても、ちっとも残念じゃなさそうに笑うマリア。
僕の方にそっと顔を寄せてきて、耳元にささやいてきた。
「でもー、レオン君みたいに強い人はー、いつでも大歓迎よー?」
冒険者のお仕事。
モンスターを倒せる僕には簡単なお仕事かもしれないけど、戦うのは別に好きじゃない。
それに僕にはもっとたくさん知らないといけない事があると思う。
「わかった。皆といっしょに考えるね」
僕だけで考えると失敗しそうだから、頼れる人たちに相談しよう。
きっと、それがかしこい事だと思う。
「うふふー。これは意外に簡単じゃないのかもー。私が言う事ではないけどー、レオン君はー、シアンさんとノクトさんにいっぱい感謝した方がいいですよー。こんなにいい人はなかなかいないんですからねー」
それは僕も知っている。
人間になって最初にシアンとノクトに出会えた僕は幸せ者だ。
「その顔だとこれは言うまでもなかったみたいねー。じゃあー、行きましょうかー? あ、ディックさんー? 素材鑑定はどれぐらいかかりそうですかー?」
「はい! 量が量なんで先に見積もりを出しますんで、出来上がり次第にお持ちします! 魂魄鑑定が終わるまでには! 必ず!」
忙しそうにしていたディックがピーンと背筋を伸ばしてお返事。
「ええっと、お願いしますねー。ではー、ついてきてねー」
そうして、僕たちはマリアの後ろをついて、ギルドの奥へと向かっていった。




