35 ドラゴンさん、教えてもらう
35
ぐったりと倒れて動かない銅斧さんだけど、胸の辺りが動いているからちゃんと生きているみたいだ。
マリアは首筋に手を当てたりして確認していたけど、一回うなずいてからギルドの男の人たちに指示を出している。
「彼は救護室ですねー。大丈夫だとは思いますけどー、三人は警護についてくださいねー。何があるかわかりませんからー」
最後にちらりとノクトを見たけど、何かあるんだろうか?
銅斧さんはもう全然動けないと思うんだけど、三人も必要とは思えない。
けど、ノクトは小さくうなずいているし、シアンは小さくため息をついているし、僕だけわからないみたいでちょっとさびしい。
「銅斧さん、まだ危ないの?」
『銅斧さん? ああ、もしかして、彼の事? 危ないのは彼が暴れる事じゃないわ。彼の身の安全の方なのよ』
よくわからない。
銅斧さんは敵なんじゃなかったんだろうか?
その心配をするなんて、ノクトは優しいなあ。
『……尊敬のまなざしを向けないで。あたしはあたしたちのために、彼を守ってもらいたいだけなんだから』
「ノクトのため?」
「正確にはわたしのためですけどね」
シアンは連れられて行く銅斧さんを複雑そうな顔で見送っている。
首を傾げる僕に説明してくれたのは、指示を出し終わったらしいマリアだった。
「彼はー、魔薬を飲まされていたみたいですねー」
「魔薬? なに、それ?」
また、聞いた事のない話だ。
「魔薬は製造も所持も禁止されている薬よー。モンスターの命石から作れる薬には霊薬とー、魔薬があってー、効果は色々あるんだけどー、あれはその中でもとっても危険な物ねー。生命力と魔力を強くする代わりにー、魂魄がおかしくなっちゃうのー。そのせいで暗示というかー、洗脳されやすくなる感じかなー」
うん。
よくわからない。
霊薬ってなに?
「命石からは薬と毒ができるんですよ。それで、彼が飲まされていたのが魔薬っていう毒だったわけですね」
さすが、シアン。
わかりやすい。
それにしても、モンスターから取れる命石ってそんなふうになるんだ。
薬になるのはいいけど、魔薬はいけないな。
とっても嫌な感じがしたから、あのままだと悪い事になっていたと思う。
「マリアさんが止めてくれて助かりましたね」
『ええ。ここに来る前にかなりの量を飲ませていたんでしょう。魂魄が汚染されて、あのままならモンスターになっていたわよ、彼』
え、人間ってモンスターになるの?
いや、モンスターが悪いマナのせいで変になった動物なんだから、人間もそうなってもおかしくないのかもしれないけど。
それだと、ダンジョンに近いこの街で生きる人はまずいんじゃないのかな……。
こうして話しているシアンやマリア、ディックとかがモンスターになってしまうなんて悲しすぎる。
「なんだか、心配そうな顔をしていますね?」
「シアンはモンスターになったりしないよね?」
「ああ、普通の人間はモンスターになりませんよ? 人間は動物よりマナを操作できますからね」
「え、じゃあ、ノクトは……」
『あたしは猫の姿をしているけど、猫じゃないわよ』
そうだった。
猫の妖精なんだった。
ああ、よかった。
「処置が間に合ってよかったですー」
マリアは膝を折ってノクトと視線を合わせると、意味ありげに笑いかけた。
「モンスターになっていたら事情聴取もできませんからねー?」
『わかっているわよ。対処してくれたのは感謝しているわ。ありがとう』
ぷいっと顔をそむけながらお礼を言うノクト。
さっきからノクトとマリアだけでわかりあってずるい。
シアンのためとか言っていたけど、どういう事だろう。
「銅斧さんとシアンが関係あるの?」
「正確に言えば、彼ではなくて彼に魔薬を飲ませた誰か、ですね。まったく、わたしに用があるというなら直接来ればいいのに迷惑な人ですよ!」
『それが誰か突き止めるのに、彼に死なれては困るのよ』
うーん、そうなのかな?
シアンとノクトは自分たちのためって言うけど、そんな感じがしないんだけど。
「魔薬なんて用意する相手ですからー、どうせ情報なんて手に入らないと思いますけどねー」
『可能性はあるじゃない。だから、しばらくはギルドで守ってあげなさいな。口封じなんてされたら苦労したのがもったいないわ』
せわしなくしっぽを揺らすノクト。
うん。なんか、ごまかしている。
マリアもそう思っているのか笑顔がニマニマだ。
「そうですねー。承知しましたー」
『……何か言いたげじゃない。いいわよ。言ってみなさい。噛まれる覚悟があるのならね』
牙をむくノクトだけど、あまり怖くはなかった。
普通の笑顔に戻ったマリアは胸に手を当てて答える。
「いえいえー、ギルドで責任をもって守りますしー、お話を聞きますよー。私の担当するシアンさんが関わっていますからー。それにー、『大地の斧』が規定違反を犯したのは事実ですしー、シアンさんたちを罠にはめたようですけどー、それでもまだギルドに所属する冒険者ですからねー」
それで銅斧さんに三人も一緒に人がいったんだ。
やっとさっきの意味がわかった。
ギルドの人は色々とお仕事が大変なんだなあ。
「わたしたちを置き去りにしたのも、黒幕の指示かもしれませんね」
『それはそれ、これはこれよ。情状酌量する必要はないじゃない』
ノクトがあきれたみたいに言うけど、シアンは首を振る。
「ノクト、決めたじゃないですか。わたしはわたしの事情に人を巻き込まないし、巻き込んでしまったら助ける、と」
『このお人好しは……好きになさいな』
「ええ、そうします。マリアさん、そう言う事で」
「シアンさんがそれでいいならー、すこーしだけ情けをかけてもいいかしらねー?」
なんだか決まったみたいだ。
難しそうな話でよくわからなかったけど、シアンたちが納得できたならよかった。
ほっとしていると、マリアが僕にそっと近づいてきた。
さっき銅斧さんに近づいた時みたいな感じで、ゆっくりに見えるのに早いという変な動き。
「びっくりした」
「びっくりしても見えているんだねー」
さっき見たからね。
最初はちょっと見失ってしまいそうだったけど、なんとなくどんな感じがわかったからもうだいじょうぶ。
マリアはすごい近くから僕の顔を見つめてくる。
笑っているけど、笑っていない感じがして、ちょっとこまる。
「斧で頭を叩き切られたのに無傷でー、脳震盪もないみたいだしー、その前に踏み込みんだのも普通じゃなかったわねー。カップさんを衝撃波で吹き飛ばしてたしー、威力もすごかったわー。何よりー、あの時の生命力はー、ただ者じゃないわねー」
ほめられた。
やった。
戦うのは好きじゃなかったけど、その力で誰かを守ってほめられるのは嬉しい。
「うふふー。照れちゃってかわいいわねー」
「ふん、ちょっと近すぎるんじゃないですかっ!?」
僕とマリアの間にシアンがぐいーっと入ってくる。
力が弱すぎてぜんぜんマリアを押し返せなくて、なんだか潰れてしまいそうだ。
「あらあらー、嫉妬しちゃってかわいいわー。もしかしてー、独占欲ー? そ・れ・と・もー、これは口実でくっつきたかっただけだったりするのかしらー?」
「くっつき!? ち、違いますからね、レオン! わたしが寂しいとかじゃありませんよ! もしもそうだというなら、くっつきたいのはレオンの方ですからね!」
シアンとマリアが何を言っているのかわからないけど、他の人とぴったりくっつくというのは気持ちいいと思う。
ぬくいし、やわらかいし、胸がぽかぽかする。
くっついてもいいみたいだから、そうしてみた。
後ろからシアンの小さな体を抱きしめてみる。
「ひぃああああああああああ!? ほ、本当にくっついちゃいますか!? 抱きしめちゃいますか!? だだだ、大胆すぎですよ!? いくらわたしが罪づくりなぐらいに美人だからとはいっても、これは許容範囲外と言いますか! い、いえ、別に嫌だとか、そういうわけじゃありませんけど、出会って二日じゃないですか! まだ、早いんじゃないですかね!?」
「早いってー、お昼だからー? 夜ならー、いいのかなー?」
「よりゅうっ!?」
マリアの一言でシアンは固まってしまった。
なんだから体が溶岩みたいに熱くなっていて心配だった。
でも、正面のマリアはとってもイイ笑顔をしているし、だいじょうぶなのかな?
「あー、ノクトの姐さん。さっきのモンスターは買い取りかい? それなら裏の倉庫に運び込ませっから順番に出してもらえっか?」
『お願いするわ。命石と魔石と素材は買い取りで。手数料はそこから引いてもらえるかしら? あと、道連れ兎のお肉は引き取るから別にしておいて』
「うーい。おい、てめえら大仕事だぞ。手の空いてる奴を集めてこい」
その向こう側ではノクトとディックが話している。
こっちを見ないようにしているのはなんでだろうか?
僕が首を傾げている間に、なんだかツヤツヤした肌になったマリアが満足そうに一度うなずいて、それから僕のほっぺに手を当ててくる。
「レオン君ー、ちょっと魂魄を調べないー?」
そんな事を言ってきた。




