33 ドラゴンさん、見守る②
33
「ま、待て……」
金斧さんは難しい顔をしていた。
今まで後ろで見ていた銀斧さんは冷や汗だらけで、銅斧さんはなんだかぼぅっとしている。
「……確かに、そりゃあ、道連れ兎、なのかも、しれねえ」
話しながら考えているのか、しゃべり方がゆっくりだ。
「だが、それがシアンたちの倒したやつとは限らねえだろ? もっと前に、他の誰かが倒したやつかもしれねえじゃねえか」
「あぁっ!? てめえ、俺の鑑定にケチつけんのか!?」
ディックがすごい怒っている。
それこそ、そのまま金斧さんに飛び掛かりそうなぐらいの勢いで、金斧さんは慌てて両手を掲げて首を振っていた。
「ち、ちげえよ! ただ、ノクトの収納は特別だ! 中に入れちまえば劣化しねえ! そうだろう!?」
『ええ。そうね』
あっさりとノクトがうなずくと、金斧さんは勝ったぞ、みたいに笑った。
「なら、これが三日前の証拠にはならねえ! なあ、お前らもおかしいと思うだろ!? 確かに俺らはDランクだけどよ、シアンだってCランクなんだぜ! 脅威度Aの道連れ兎を倒せるわけがねえ! いや、生きて帰ってこれるわけがねえんだ!」
「いえ、今はもうBランクなんですけどね?」
シアンが胸元からギルドカードを取り出して見せた。
なんだっけ、中層から転移装置を使って戻ってくると、カードに印が付くんだっけ。
上層を突破できたらBランク。
だから、その印がBランクの証拠なんだ。
それは冒険者の人なら誰でも知っているみたいで、シアンが持ち上げたカードを見ると小さな驚きの声が上がった。
「中層に入った? 魔導使いが一人で? いや、それでもだ。それでも、無理だ。Bランクでも道連れ兎は狩れねえ! さっきから言ってねえよな!? てめえが道連れ兎を獲ったってよ!」
「ええ。これを手に入れたのは彼ですよ。わたしたちは運んできただけです」
声を荒げる金斧さんをあっさりかわしたシアン。
その目が見ているのは、僕。
「……あれ、僕?」
『そうね。あたしたちは道連れ兎の巣で彼に助けられたのよ』
「正直、中層に辿り着けたのもほとんど彼のおかげでしたね」
首を傾げている間にシアンとノクトが話しているけど、みんなの注目が僕に集まってちょっと恥ずかしい。
なんだろう?
もしかして、みんなも僕と友達になりたい、とか?
「レオン・ディーです! 初めまして! 友達がいっぱいほしいです!」
元気にあいさつしてみた。
けど、誰もあいさつを返してくれない。
何気に、無視されてしまったのは人間になってから初めての体験だった。
さびしくて、悲しくて、落ち込んでしまいそう。
「シアン……今の僕のあいさつ、ダメだった?」
「いえ。レオン、落ち込まないでください。その、今のは気にしなくていいですよ。物事にはタイミングと相性というものがありましてね? そういうのは、ゆっくりと経験を積んで身につくものでして、レオンにはまだ早いと言いますか……」
『シアン。それ、結局今のはダメだったと言っているようなものよ? どうせなら改善点を教えてあげなさいな。レオンもいいから今は静かにしてなさい。必要な時はちゃんと指示するから』
シアンがなぐさめてくれたからちょっと元気が出てきた。
うん。
失敗しちゃったのは仕方ないから、次は失敗しないようにしよう。
今も友達になってくれるとは言ってもらえなかったけど、なってくれないとも言われていないんだから、きっと取り戻せるはず!
なんとなく微妙になってしまった空気を破ったのは金斧さん。
彼は大げさに肩をすくめて、僕に大股で近づいてくる。
「おいおいおい、言うに事欠いてこんな頭の緩いガキが道連れ兎を狩ったって? 冗談は他でやれって。なあ?」
下からえぐるような角度でのぞきこんでくる金斧さん。
どうしたんだろう?
体を変にねじっているけど、首か腰が痛かったりするんだろうか?
聞いてみたいけど、ノクトが静かにしているように言っていたから黙って見つめ返す。
「ちっ、ビビッて声も出ねえか。話にならねえな。道連れ兎を狩った証拠がねえなら……」
『あるわよ』
ノクトの影が広がり続けていく。
素材買い取りの窓口はすべて黒一色で、石の床は見えなくなってしまった。
そして、その影の下からゆっくりと浮かび上がってくる大量のモンスターたち。
それは僕が、闘気法――竜撃:砕嵐竜『真竜の咆哮』で倒してしまったモンスターだ。
すごい数で止まる気配がまったくない。
上の死体を下から浮かび上がったのが持ち上げては、さらにその下から浮かび上がってを繰り返していって、すぐに辺りが濃い血の臭いであふれてしまった。
『……あら。置ききれないわね』
とうとう天井にまで届きそうになったところでノクトがつぶやいた。
窓口にいた僕たちの周り以外はもうモンスターだらけ。
音の衝撃で破壊されたモンスターの姿は、慣れていない人にはちょっとショックだったのか、ギルド職員さんの何人かが小さく悲鳴を上げている。
『まだまだあるのだけど、どうしようかしら?』
「さすがにー、これは一度に受け入れられませんねー。すみませんがー、こちらも一度戻してもらえますかー? 目的は十分でしょうしー」
「なるほどな。こりゃあ、どいつも上層に出てくるモンスターだ。この馬鹿げた種類と数から考えりゃあ、いかにも道連れ兎に誘われて出てきそうな感じだろうよ」
マリアとディックが納得したとうなずいている。
道連れ兎が危険なのは、倒すと本当にたくさんのモンスターを引き付けてしまうから。
そのモンスターの群れが起こす集団暴走で、道連れ兎を倒した人は殺されてしまう。
金斧さんは僕たちではそれを超えられないと言ったわけで、だから、ノクトは証拠を見せたんだね。
「これはー、もうひとつー、証拠になりそうですねー」
「あらかじめ影に仕込んでいたって言うにゃあ、数が数だしよ。できるかもしんねえが、じゃあ、なんのためにって話だ」
「そもそもー、誰がも大切ですけどー、少なくともこれだけのモンスターを倒せる人がー、シアンさんたちの味方にいるっていうのが重要ですよねー?」
「だな。こんだけ並べられちまえば、そっちの連中の話よりは信じられる」
何か言おうとしていた金斧さんだけど、マリアとディックの言葉に黙ってしまった。
それにしても、さっきからディックはマリアに普通に話しちゃっているけど、いいのかな?
後で怒られてしまわないか、心配だ。
僕がディックの事を考えていると、シアンが言葉を続けた。
「置き去りにされたわたしたちがなんとか道連れ兎の巣に辿り着いた時、彼は多くのモンスターの死骸と、この道連れ兎と一緒に倒れていました。そこで何が起きたのか、正確なところはわたしにはわかりません。その、は、裸で、倒れていたので、『裸捨て』をされたのかもと考えました」
なんだか、色んな目が僕に向いている。
二度目の注目。
今度こそ友達になってもらいたいけど、ちゃんとガマンだ。
僕は約束を守れるドラゴンだから。
「ただ、レオンの強さは本物です。なにせ、上層の階層主――水晶岩兵を単独突破してしまったのですから!」
『レオン、いいかしら?』
シアンが話し続けている間に、大量のモンスターを影にしまいながらノクトがささやいてくる。
周りに聞かれちゃいけないみたいだから、小さな声で僕も返した。
「なに?」
『そろそろ、あちらも動く頃でしょうから。マナを吸っておきなさい』
「?」
マナを吸う?
よくわからないけど、言われたとおりにやってみる。
さすがにダンジョンと違って、外だと少しマナが薄くなっているけど、今の僕の転換する量はとても多いから十分すぎるぐらいだ。
『最後にあなたに頼ってしまうのは申し訳ないけど、ここであたしたちが力を見せるより説得力があるのよ』
「? 頼ってくれると、嬉しいよ?」
『……あなたに甘えてしまいそうで怖くなるわね』
僕は戦うばかりで、他はみんなシアンとノクトに頼ってしまっているんだ。
役に立てるなら嬉しいに決まっている。
それに、友達が困っているのに黙ってなんかいられない。
『ちゃんと、お礼はするわ』
「えっと、じゃあ、お願いがあるんだけど、いい?」
実はさっきの話で気になっている事があったんだ。
今まで聞いたのをまとめると、少しは僕にもできそうな事がある気がしていた。
『あら、そうなの? 内容次第だけど、できるだけかなえてあげるわ』
「だいじょうぶ。ノクトにできない事なんてないよ!」
『あたしへの期待値が天井知らずじゃない。責任重大ね、あたし』
ため息をつこうとしていたノクトだけど、途中でその猫耳がぴくりと動いた。
同時に鋭い視線を金斧さんたちの方に向ける。
金斧さんと銀斧さんはいつの間にか、ロビーの出入り口の方へとゆっくり移動していて、すぐにでも外に飛び出しそうな所にいた。
今はなんだか変な顔をしているけど……あれって驚いている?
何に?
それに何か変だ。
「……あれ? ふたり?」
『上よ』
銅斧さんはいた。
ノクトが鋭くにらむ先――天井近くに飛び上がっている。
その手には銅の斧が鈍く光っていて、その向かう先はシアン。
確かな殺意が宿った眼は、シアンだけを捕えていた。
ようやく、僕は理解する。
実はさっきからいまいちわかっていなかったんだけど、ようやくはっきりとしてスッキリした気分でつぶやく。
「なんだ、あの人たちって『敵』だったんだ」
僕はマナを生命力に転換して、一歩踏み出した。




