32 ドラゴンさん、見守る①
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たしーん
影が全員の足元まで広がったところで、ノクトのしっぽが僕の背中を叩く音が響いた。
痛くない。
ぜんぜん、痛くない。
だけど、体がこわばって動かなくなる。
すごい迫力で、なんだかギルドの中がシーンと静まり返ってしまった。
『余計な議論は省くわ。あたしたちの主張は、そこの『大地の斧』にダンジョンで囮にされて置き去りにされた。そっちはモンスターの襲撃であたしたちとはぐれた。それで合っているいるわね、マリア?』
「ええー、間違いありませんよー? 昨日、『大地の斧』の方たちが帰ってきてからー、何度も私たちギルド職員が確認していますからー」
「ちっ、ああ、そうだよ!」
どうやら僕たちがダンジョンから出てくる前にも、マリアはこの『大地の斧』という人たちから何度も話を聞いていたみたいだ。
舌打ちしているけど、ノクトの言う事を『大地の斧』の人も認めていた。
今の声が聞こえたみたいで、静かだったギルドの中にいる人たちがざわざわし始める。
みんなが僕たちのやり取りに注目していた。
それにしてもこの『大地の斧』の人たち……なんだか、三人とも革の鎧に斧を持っていて、筋肉がムキムキで頭もピカピカだった。
見た目がそっくりで、ちょっと僕には誰が誰だか見分けがつきにくいんだけど……あ、斧の色が別々だ。
とりあえず、真ん中に立っていて、さっきから話している人を金斧さんと呼ぼう。
右の人が銀斧さんで、左の人が銅斧さん。
これならわかりやすい。
『大地の斧』の三人は顔を見合わせていたけど、一回だけうなずいた。
リーダーっぽい金斧さんは威嚇するみたいに僕たちをにらんで、それから口元を持ち上げて笑って見せてくる。
「つっても、シアンもノクトも証明できるのか? 俺らがお前らをはめたってよぅ? それとも、特別にてめえらを専属持ちにしたみてえにギルドを動かすのかぁ? そんなことやった日にはもう迷宮都市じゃ生きていけねえぜ?」
あー、なんだっけ。
さっきの部屋でそんな感じの事をシアンたちが話していたような気がする。
たしか、ギルド――マリアたちは助けてくれないんだっけ。
それで、シアンとノクトは。
「もちろん自力でどうにかします」
『ええ。ギルドの助けはいらないわ。そもそも、専属なんて勝手にギルドが決めただけよ。おかげで、あなたたちみたいなのに絡まれて面倒なだけね』
にらみ合うシアンたちと金斧さんたち。
マリアとディックはだまったまま、一歩下がったところで見ている。
まず口を開いたのはシアンだ。
ビシッと金斧さんを指さした。
「そもそも、『大地の斧』のランクはDランクです! 皆さんも知っているでしょうけど、Dランクの冒険者が入れるのは上層でもごく一部! これは三人が前衛というパーティ構成の問題でしょう! ダンジョンの入り口付近のモンスターが相手ならともかく、遠距離攻撃をしてくる中盤以降のモンスターが相手ですと厳しいんじゃないですか!?」
シアンの言っている事が正しいみたいで、金斧さんは言い返さない。
指摘が通ったからシアンの調子が上がってくる。
「だからこそ、道連れ兎の巣の調査に、この天才魔導使いであるわたしに協力を求めたわけですが! 大量のモンスターに襲われた後、どうやって三人だけでダンジョンから脱出したんでしょう?」
『大地の斧』だけで道連れ兎の巣まで行くのは難しい。だから、シアンの協力がなくなった状態で帰るのも難しいんじゃないか、って事かな。
「それこそ、通路をマヒ毒入りの煙玉で塞ぎでもしないと厳しいんじゃないですか?」
「はん! そんなの、運がよかっただけだろうが。まあ、あんたとはぐれた結果、モンスターが分散したおかげかもしれねえから、感謝はしねえとかもなあ?」
金斧さんは堂々と言い返してくる。
「運? 運だけで生き延びた、と?」
「おかしな話じゃねえぜ? 道に迷ったDランクパーティが上層の奥地から生き延びて帰ってきた例だってあるだろ。違うか、マリアさんよ?」
「……そうですねー。多くはないですけどー、そんな話はありますよー」
マリアが自分たちの話を認めたせいか、金斧さんはにやりと笑いながら強気に言い足してくる。
周りの人に聞かせるみたいに、大きな声に大きな身振りで。
「ったく、言いがかりは勘弁してほしいぜ! いくら事故が起きて、死にかけたからと言ってもよ、巻き込まれちゃたまらねえよ! あんたも冒険者なんだろ? それぐらいの事故は覚悟しとけって話じゃねえのか? ま、コネで専属持ちになるようなガキには無理な話かもしれねえけどな!」
なんだか、さっきから『専属持ち』ってばっかり言っている。
周りで聞いている冒険者の人たちが小さな声で話しているのを聞き取ってみても、なんだかシアンたちの専属がマリアなのが気に入らないみたいな話があった。
やれやれだと肩をすくめて見せる金斧さんは、かなり嫌な感じの笑い方をしている。
これはシアンもぐぬぬとしていそうだなと心配になって、そっと様子を見てみたら、意外な事に笑ったままだった。
「そうですねぇ。あれがただのモンスターの襲撃だったなら、あなたの言う通りなのでしょうねぇ」
シアンは両手を広げて、ギルド全体に話しかける。
「今日はお昼前なのにずいぶんとギルドに人が残っていませんか?」
そうなの?
たしかに、ギルドのロビーにはたくさんの人がいた。
僕はこれが普通なんだと思っていたけど、シアンは違うと言う。
「冒険者は朝早くに依頼を受けて、夕方近くに帰ってくるのが普通ですのに、おかしいですよね、マリアさん?」
「そうねー。だって、三日前に、上層でモンスターの集団暴走に似た状況が起きたからー。自力で対処できる冒険者じゃないとー、ちょっと入れないよねー」
「負傷者も多かったのでは? 未帰還者は?」
「多いわー。無事だといいんだけどー」
集団暴走ってなに?
僕が首を傾げたのに気付いたノクトが耳元で教えてくれた。
『集団暴走は何らかの理由でモンスターの集団が暴れる事よ。どこかに集まる、どこかから逃げる、何かを追いかける、そんな感じで種類は分かれるけど、どれにしても非常に危険な現象ね』
「あ、それって、道連れ兎の事?」
『正解。覚えていたのね、いい子よ』
ほめられた。
やった。
「そうです! 昨日、わたしたちが襲われたのは集団暴走でした! なら、Dランクで、わたしという後衛を失っていて、ランク適正よりも奥にいた『大地の斧』がまっとうな手段で逃げ延びれたとは思えません!」
「おい、勝手に集団暴走と決めつけんじゃねえ! そうそう集団暴走なんか起きねえんだよ! そうだろ、マリア!? 前に集団暴走が起きたのなんていつだよ!?」
「二十年前ですねー。その前はー、五十年でしたかー」
「そうだ! そんなのが――」
たしーん
金斧さんの怒鳴り声が、しっぽのひと打ちで止められた。
『集団暴走よ』
ずっと黙って話を聞いていたノクトが僕の肩らか飛び降りると、すたすたとの前に出ていく。
向かった先はシアンでも、金斧さんでも、マリアでもなくて、腕を組んで見守っていたディックだった。
『ディック、鑑定をお願い』
「おう。見せてくれ」
ノクトが前足で影を踏むと、その下から何かが出てくる。
大きくはない。
子供でも両手で抱えられるぐらいの大きさ。
桃色の毛皮を持った一本角のモンスター。
「あ、道連れ兎」
そういえば、濫喰い獣王種と戦う前あたりからどこかにいっちゃっていたけど、ノクトが拾ってくれていたんだ。
僕がそんな事を考えている間に、ロビーの中はすっかり静まり返っていた。
みんなして怖い顔になっていて、道連れ兎の事を見ている。
『ディック』
「お、おう。だが……こりゃあ」
「偽物だ! ただの兎にモンスターの角をくっつけただけに決まってる! 危険度Aの道連れ兎なんてありえねえ!」
金斧さんが叫びだした。
静かになっていた周りの人たちも勝手にいろいろと話し始めているけど、信じられないって声が多いみたいだ。
そんな声が聞こえないみたいにディックはじっと道連れ兎を見つめている。
実際に持ち上げてみたり、耳とか足とか角とかは表と裏まで目を凝らして、何度も何度も確認して、しばらくしてから大きく息を吐きだした。
「……信じられねえ、本物だ」
その声にまたシーンとなって、すぐに今度は大きな叫び声になった。
声の内容はよくわからないけど、周りの人は驚いていたり、笑っていたり、興奮していたりで、なんだか悪い感じじゃなさそう?
とりあえず、なんだかすごい事みたいだ。
それも、とっても。
「俺も実物を見たのなんざ初めてだぞ。しかも、まだ若い個体だから寿命じゃねえな。拾いもんじゃねえよ。おまけに、こんな綺麗な状態でよぅ。どうやったんだ、こりゃあ?」
「けどー、これで無視できない証拠かしらー」
マリアが怖い笑顔で金斧さんを見た。
金斧さんの顔色はまた青くなっている。
「三日前に起きたのはー、道連れ兎の飢餓誘因によるー、集団暴走の可能性が高いですねー。となるとー、シアンさんたちの主張にー、少し信憑性が出てきたかしらー?」




