31 ドラゴンさん、ギルドを歩く
31
どんどん進んでいくノクトについていった先は、さっきの人がたくさんいる場所だった。
隣にいたシアンが一歩近づいてくると、シャツを引っ張ってくる。
「ここが冒険者ギルドのロビーです。あそのボードに貼られている紙が依頼票です。それを見ているのが冒険者ですね。自分にできる仕事がないか探しているんです。あちらの食堂で新しい依頼票が出るのを待っている人たちもそうですね」
なるほど。
確かにこのロビーという場所でも、あの辺りは特に人が集まっている。
それも革だったり金属だったりする鎧を着ていて、腰や背中に武器っぽい物を下げていて、なんだか物騒な見た目だ。
あれが冒険者なんだ。
あの人たちとシアンだと、同じ冒険者でも感じが違うなあ。
「わたしは後衛の魔導使いですからね。防御力よりも機動力です」
『あなたの場合は重い装備を身に着けたらすぐにばてるだけでしょう』
肩越しに振り返ったノクトの一言に、シアンは大げさに腕をひるがえして、別の方向を指さした。
「そして、あちらのテーブルが受付です。マリアさんと同じ服を着た方がいるでしょう? あの人たちもギルド職員なんですよ!」
たしかにシアンの言う通り、マリアと同じ服を着た女の人が椅子に座って、冒険者っぽい人たちとお話ししていた。
なんだか、穏やかな感じの場所もあるけど、中には冒険者の人が怒鳴っていたりしていた。
ケンカしちゃっているのかな?
「あれはー、依頼の条件をー、あの冒険者の方がー、満たせなかったみたいねー」
一番後ろを歩いていたマリアが教えてくれるけど、意味がよくわからない。
「条件?」
「たとえばー、中層のモンスターを倒してー、魔石を取ってくるという依頼なのにー、中層に行ったことのない冒険者がー、依頼を受けたいって言ってもー、ちょっと信じらないのー」
「基本的に依頼は受けた冒険者以外、他の冒険者は受けられませんからね。ギルドとしても成功率の低い人に任せたくないのでしょう」
そっか。
でも、冒険者の人は自分ならできるって言っていて、ギルドの人は信じられないからダメってケンカになっちゃってるんだ。
『あの冒険者は新入りでしょうね。冒険者ギルドにルールを曲げろ、根拠もないのに自分だけ特別扱いしろなんて、経験の長い冒険者なら絶対に言わないわ』
「ですねー」
のんびりとうなずいているマリアだけど、そうしながら受付さんたちの後ろにいる男の人たちに手を振っていた。
男の人たちはすぐにケンカしている場所に向かっていくと、怒っている冒険者の人を横からつかんで、どこかへ連れて行ってしまった。
冒険者の人は暴れようとしているけど、男の人たちにはぜんぜん通じていないみたいで、あっという間にロビーから見えなくなっちゃった。
「あの人はどこに行っちゃったの?」
「ちょっとー、別の場所でー、オハナシするんだよー」
「説得の前に『物理的な』が付くオハナシじゃないですよね?」
「うふふー」
マリアはにっこり笑っただけだった。
よくわからないけど、話し合って解決できるんだから、人間はすてきだな。
モンスターはそもそも言葉が通じないし、ドラゴンは言葉を話せないし、こういう事ができる人間になれて僕はとても嬉しい。
『あたしはレオンの人間の理想像がいつか壊れそうで心配よ』
「?」
よくわからない事を言うノクトだけど、くわしく話すつもりはないみたいでそのまま歩いて行ってしまう。
向かった先はロビーの隅っこ。
食堂と受付から離れた場所で、他と感じが違う。
さっきの受付みたいな机が並んでいるのは同じだけど、ここだけは床が石造りになっているし、机も頑丈な見た目だし、なんだか薄っすらと血の臭いがするような?
待っている人たちは白と青の服を着ているからギルド職員の人っぽいけど、今まで見た受付と違って男の人ばかりだし。
「ここはー、素材の買い取り窓口ですよー」
「冒険者が倒したモンスターの素材を鑑定してくれるんです。魔石、命石だけじゃなくて、解体も代行してくれますね。依頼の達成可否もここで判断されます」
『鑑定結果を受付に持っていくと、報酬をもらえるというわけね』
あー、つまり、ここに倒したモンスターを持ってくると、お金をもらえる、って事なのかな?
だとすると、この辺りは死んだモンスターが運ばれてくるはずだから、血の臭いが残っているのもわかる。
「今は他に人がいないみたいですね」
「ここが混むのは夕方以降だからねー。お昼前だとー、冒険者の方たちはー、まだダンジョンの中に入っているでしょー? 今ならすぐに鑑定してもらえますよー。ディックさーん、少しいいですかー?」
混んでいるとかなり時間がかかって、待ったりするみたいだ。
マリアがこっちに背中を向けていた職員さんに呼びかけると、その男の人が駆け足でこっちにやってきてくれた。
僕たちの――というか、マリアの前でピンと背筋を伸ばして、大きな声でごあいさつ。
「こんにちは、マリアさん! お待たせしましたっ!」
「いえいえー、待ってませんよー?」
「いえっ! マリアさんが来られているのに気づきませんでした! すみません!」
なんだろう。
この男の人はマリアが怖いのかな?
きびきび返事しているけど、目を合わせようとしない。
マリアは困ったみたいに笑っていたけど、仕方ないなぁとつぶやくと、僕の手を引いて前に連れ出してきた。
「レオンさん、紹介するわねー。この人がー、ここのリーダーのディックさんだからー、何かあったら相談するんだよー?」
男の人――ディックは僕より背が低いけど、腕も足も胴も太くて、とってもかたそう。
じっと僕を見上げてくる目は、なんだか観察されているみたいで緊張してしまう。
「レオン・ディーです! よろしくお願いします!」
「ふぅん。マリアさんがじきじきに連れてきたってことは、お眼鏡にかなった野郎ってわけか……」
あれ、言葉づかいがマリアの時と違う。
そういえば、マリアもノクトと話す時だけ感じが違うなあ。
これにも意味があるんだろうけど、ちょっと僕には難しいし、面倒くさい。
そんな事を考えている間も、僕を見ていたディックは小さく息を吐くと、腕組みをしてしみじみとつぶやいた。
「なるほどな。俺にも見切れねえったぁ、かなり特別なんだろうよ。ただのとっぽいあんちゃんじゃあねえな。俺はディックだ。何かあったら言え。無理じゃねえなら相談に乗ってやらねえこともねえ」
「うん! ありがとう!」
ごあいさつ、三回目成功。
ドラゴンの時では考えられない成果だよ、これは。
嬉しくてニコニコしていると、ディックは苦笑いを浮かべて頭をかく。
「お前さん、変な奴だなぁ。そんな『色』のくせして普通っつうか、ガキみてえっつうか、毒気を抜かれちまいそうだ」
「?」
「わからねえならそれでいいさ」
わからないけど、悪い感じはしないからきっといい感じなんだろう。
このままお友達になってほしいってお願いしたいけど、最初にシアンにお願いした時に彼女が言っていた事を僕は覚えている。
なんでも、ちょっと早すぎるらしい。
本当ならマリアにも言いたかったけど、ここはガマンして、いい感じになったらお願いしよう。
「ディックさんでもー、わかりませんかー?」
「わかりません! マリアさんのご期待に沿えず、申し訳ありませんでしたっ!」
ビシッとしたりやめたりで、ちょっとおもしろい。
『そろそろいいかしら?』
黙って見ていたノクトが僕の肩に乗ってくる。
「お、ノクトさんもいたのか。って事はシアンの嬢ちゃんもいるのはいいとして、こりゃあどんな組み合わせなんだ? 俺にゃあ、あんちゃんがますますわからなくなっちまったぞ」
『別に。ダンジョンで助け、助けられただけよ』
「えっ……」
「あ、レオンはまたすぐにそういう顔をするんですから! もちろん、わたしとレオンは特別な関係ですよ! ただ、わたしがレオンに求められているという点が重要ですからね! そこのところはちゃんとディックさんも覚えておいてくださいよ! そうですよね、レオン?」
「うん。僕、シアンがいないなんて絶対にやだよ」
シアンはニマニマと嬉しそうに笑っていて、僕も嬉しくなる。
そんな僕たちをポカンと眺めていたディックがノクトに目を向けた。
「……まじでどんな関係なんだ?」
『あたしに聞かないでちょうだい。もう言って聞かせるのも疲れてるの』
「お、おう?」
どうしたんだろう。
ノクトの声はとっても疲れているみたいで心配だ。
『それより、本題に入らせてもらうわよ。役者も揃ったのだから。ねえ、マリア?』
「そうですねー。ちょうどー、到着したみたいですねー」
ノクトとマリアが入り口の方を向くのとちょうど一緒に、誰かが乱暴に扉を開けて入ってきた。
その人たちはマリアをまっすぐに見て、というか、にらみながら近づいてくる。
「おいおい、マリアさんよ。こっちも暇じゃねえんだ。あんたの専属冒険者に不幸があったからショックかもしれねえが、何度も呼び出されちゃ仕事にも行けねえぜ。その辺り、あんたが責任とってくれんだろうなあ?」
「不幸ってどんな不幸なんですかねぇ?」
『きっと、同行したパーティに置き去りにされた上に、囮にされるとかじゃないかしら?』
なんだか嫌な感じの事を言っていたけど、シアンとノクトが口をはさんだら、びっくりした顔で固まってしまった。
そんな三人に怖い笑顔のマリアが、怖いしゃべり方であいさつする。
「ようこそ、『大地の斧』のお三方。オハナシ、させていただきますね?」
なんだか、僕が話しかけられているわけじゃないのに冷や汗が出てしまう。
その笑顔を向けられている三人なんかは、顔が真っ青になっていて、ちょっとかわいそうなぐらいだ。
「それにしてもー、三人を呼び出していたのは秘密にしていたんですけどー、ノクトさんにはお見通しでしたかー」
『大方、話し合いの主導権がほしかったのでしょうけど、あんなにあからさまに話をずらして無駄に時間を使わせるんですもの。意図があるのぐらい誰にでもわかるわ』
「わ、わたしも、とーぜん、きづいてましたよ!」
「僕、今も何が何だかわかんないよ?」
『わかる人にはわかるわ!』
珍しく大きな声を上げたノクトは、そのまま猫耳をぺたんと寝かせて、周りの声は聞こえないとばかりに話を続けた。
『道連れ兎の巣の調査で何が起きたか。あたしたちと、『大地の斧』の証言、どちらの信憑性が高いのか。証明するとしましょう』
そうして、石造りの床にノクトの影が音もなく広がっていった。




