25 ドラゴンさん、たどりつく
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広くて長い階段で、僕たちが並んでもまだまだ余裕がある。
下からは相変わらず濃いマナの感触。
確かに今までとはちょっと違う感じがした。
隣でいっしょに階段を見下ろしていたシアンが説明を続けてくれた。
「ちゃんと説明はしていなかったですね。ダンジョンには上層、中層、下層といくつかの階層に分かれているんです。それで、その階層の行き来をする場所には主部屋と呼ばれる場所がありまして、そこを守るのが階層主というわけですね」
つまり、この広間が主部屋なんだ。
確かにここまでの洞窟の天井は光る鍾乳石だったけど、この広間だけは水晶になっているし、特別な感じがする。
じゃあ、ここを降りたら中層に行けるんだ……って、あれ?
「中層に行くの? ここからなら出口の道がわかるんじゃないの?」
確か、ノクトはそんな感じで言っていたと思ったんだけど。
遠回りになるけど、道のわかる場所まで行くって。
それなら、向かうのは階段じゃなくて広場――主部屋の出口のはずで、そもそも、主部屋にも入る必要がないわけで。
『そうよ。出口に行くの。今回は色々とありすぎて疲れたわ。街に戻って休みたいもの』
意味がわからない。
ノクトの言う事は僕に難しすぎる。
首を傾げすぎたところで、シアンが後ろに回って背中を押してきた。
「まあ、話を聞くよりも実際に行った方がわかりますから」
「あ、そっか。シアンは頭がいいなぁ」
『考えなさいと言っているのに、考えた結論がそれなのね』
魔法を使える人は頭がいい。
言われるままにそろって階段を下りていく。
階段の天井には主部屋にあったのと同じ水晶が光っていて明るい。
他にモンスターも何もいない。
僕たちの足音だけが響いていた。
「ダンジョンは下に行く程にマナが濃くなるせいか、出てくるモンスターも強くなる傾向にありますね」
悪いマナの影響を受けた動物が、そのまま自然と増えたものがモンスターだ。
生まれにマナが関係しているから、やっぱり成長の仕方にもマナは大きく関係している。
「じゃあ、中層は気を付けないとね」
「ええ。まあ、レオンにとっては上層も中層も関係ないかもしれませんが」
えっと、確か濫喰い獣王種が中層でも強い方なんだったっけ?
……じゃあ、平気かも。
「じゃあ、さっきのドラゴンは?」
『あれは下層でも出会わない類じゃないかしらね』
下層って一番下だよね。
その下層にもいないあのドラゴンはダンジョン最強だったのかもしれない。
なら、このダンジョンで僕が勝てない相手はいないのかな。
うーん。
なんだか、僕が知っているモンスターよりダンジョンのモンスターは弱い気がする。
五百年も時間が過ぎて、モンスターも弱くなっているんだろうか?
僕もドラゴンから人間になって弱くなっちゃったけど、それにしても簡単に倒せてしまるんだから。
「なんだか、ダンジョンって簡単だね」
「おやおや、いけませんね。下層クラスだから最強とは限りませんよ?」
『そうよ。下層というのも勝手に冒険者が呼んでいるだけよ。下層の下にもダンジョンは広がっているかもしれないわ』
そっか。
下層っていうのは人間たち――冒険者が実際に行けた一番奥の事なんだ。
なら、そこには五百年前に僕が戦っていたモンスターがいるかもしれない。
ノクトが言う下層の下というのは気になるけど、今は外に出るんだから関係ないよね。
『それに単純なモンスターの強さだけがダンジョンの攻略を阻むわけじゃないもの』
「そうなの?」
「実際、上層は複雑な洞窟型の迷路ですからね。売られている地図もあるんですが、良しあしがバラバラでして。特に安い地図なんてほとんどでまかせですよ」
なんだから嫌な思い出があるみたいで、シアンが悲しそうに遠くを見ている。
でも、迷路は僕も嫌だなあ。
通ってきた道なら匂いとかでわかると思うけど、たくさん覚えるのは大変そうだ。
『さらに中層からは洞窟じゃなくて、独特の自然環境が待ち構えているそうよ』
「? 洞窟じゃないの?」
「信じられないかもしれませんが、森だったり、湖だったり、砂漠だったり、山だったり、本当にいろんな場所があるみたいですね」
シアンとノクトに言われてもピンとこない。
そんな場所が集まっているというのも、地下にあるというのも想像できなかった。
『どの道、中層の冒険なんてまだ先の話よ』
これから外に出ようとしているんだから、その通りだ。
だからこそ、上層の入り口を目指さない理由がやっぱりわからない。
僕が首を傾げている間にも、何も起きないまま階段を下り続ける。
だんだんと退屈になってきた頃、ようやく変化が出てきた。
階段の先がなんだか明るいし、空気の流れもちょっと違う。
どうしたんだろうと少し早足で向かうと、そこには今までと全然違う景色があった。
一番に目に入ったのは建物だ。
きれいに切られた石をいくつも並べて、重ねて、そろえたそれは、人の住む家によく似ている。
形は四角。縦長の箱みたいで、天井の光る水晶に届くぐらい高い。
そんなのが主部屋の広間みたいな場所の真ん中にあった。
『よかった。さっきのドラゴンが通った時に壊されていないか心配していたけど、無事なようよ』
「どうやら素通りしてくれたみたいですね」
『防護結界があるとはいえ、相手があのドラゴンじゃ安心できないもの』
シアンとノクトは建物に近づいて行って、ぐるりと回りながら話しているけど、すぐに一周して戻ってきた。
高さはあるけど、あまり大きくないみたいだ。
「しかし、わたしたちもここまで来たのは初めてですね。天才のわたしでもさすがに感慨も一入と言っても過言ではありません」
『ほとんどレオンについてきただけでしょうに』
「うっ、その通りですけど、いいじゃないですか。偶然と幸運と便乗とはいえ、目標のひとつを達成したのは間違いないわけですし」
『志が低いわね。そんなだと身の丈も伸びないままですぐに息詰まるわよ』
「言い返せません……まあ、ノクトの言う通りですね! わたしは天才ですから、すぐに成長してズルの分は帳消しにしてあげましょう!」
色々と話しているけど、ここがノクトの行こうとしていた場所なんだろうか。
見回してみると、僕たちが下りてきた階段の他にみっつの通路が見える。
通路の先はよく見えないけど、なんだろうこれ。
普通に暗いのとは違う。
じっと見ても、奥が見えない?
隣にシアンとノクトがやってきた。
「あの先が中層みたいですね」
『いくら見ても無駄よ。マナの異常で見えなくなっているから』
へえ、そんな事があるんだ。
でも、言われてみると確かにあの辺りのマナは変な気がする。
なんと言えばいいんだろう。
周りとずれているというか、違うのが無理にくっついているというか、ぶつかりあっているというか。
そのせいで見てもわからないのかな?
『ともあれ、今は帰還が優先よ』
「ええ。レオンに見せたいものもありますしね」
そうだった。
ダンジョンから出るはずなのに中層に来ていた理由を、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないだろうか。
それに、見せたいものって?
「ふふ、それは見てのお楽しみです」
手を引かれるまま建物に近づく。
『こっちにいらっしゃい。ギルドの話だと、『塔』にギルドカードを当てれば動くはずだけど、シアン?』
「ええ。お任せください」
シアンが服の胸元から銀色の板を取り出した。
小さな鎖につながったそれは手のひらぐらいの大きさで、なんだか色々と文字っぽいものが書いてある。
「おやおや、わたしの胸元が気になってしまいましたか? レオンもお年頃ですねえ。ですが、あまりじっと見るのはマナー違反ですからね?」
「そうなんだ。ごめん」
「いえいえ、わたしが魅力的すぎるせいですから、男の子なら仕方ありません!」
胸を張るシアンは得意そうに笑っていて、なんだか楽しそうだ。
僕はこんなシアンの顔がとってもいいと思う。
「うん。シアンはかわいいよ。それにいい匂いもする」
「って、ちょっと直球過ぎですから! 匂いとか、もう! あ、す、少し離れて……」
ぐいーっと顔を押されて首を傾げる。
思ったままにほめたのに、シアンは顔を真っ赤にしてしまった。
何か間違えたかな?
「ま、まったく、レオンは仕方ないですねえ!」
『はいはいはい。おバカさんたち、じゃれるのはそれぐらいになさい。話が進まないから手を動かしなさいな』
「わ、わかってますよ? ええ!」
ノクトに言われたシアンが、わたわたとしながら銀色の板を建物に当てた。
すると、カードを当てた場所から石組の間に銀色の光が広がりだした。
まるで干上がった川に水が流れていくみたいで、ちょっときれい。
僕が見とれていたのは少しぐらいの時間だったと思う。
気が付いたら建物中に光は広がっていて、その光は壁や床に銀色の線となって降り注いでいた。
銀色の線で何かの形ができあがりかけている?
「これは?」
「ギルド秘伝の魔導具の一種だそうです。これは本当に魔導具なんですかねぇ」
『どうかしら。原理も製法も完全に秘匿されているから何とも言えないわ。それも秘密主義と言えば聞こえが悪いでしょうけど、ギルドの権益を守るためという主張も正当だから、誰にも確かめられないわ。ただ、確実なのはとても便利だという事ぐらいね』
いや、やっぱり何かわからないままなんだけど? 魔導具?
わからない顔をしている僕に、シアンはにっこりと笑った。
「すぐにわかります」
『くるわ』
いつの間にか、広場には銀色の模様ができていた。
いろんな形が組み合わさって、見た事もない文字が並んでいて、僕には意味がさっぱりだけど、とてもきれいなのはわかる。
そして、びっくりしてまたたきを一度した時だった。
いきなり景色が真っ白になって。
空気やマナがぶつんととぎれて。
たくさんの感覚もなくなって。
そして、まったく別の形になって戻ってくる。
「まぶしい」
強い光に目を細める。
見上げた空は――空?
太陽の輝く、青い空が僕の頭の上に広がっていた。
「え?」
吹く風に感じる砂と木の匂い。
体中に注ぐ春の温かい気配。
そして、たくさんの人の生活の音。
『どうやら無事に転移したようね』
「ギルドカードにも上層突破の印が入っています」
驚いて固まっている僕の横ではシアンとノクトが体を伸ばして、ほっとした様子で話している。
僕はそれにうまく反応できないでいた。
シアンはとびきりのいたずらが成功したみたいに、でもどこか優しく微笑むと、ゆっくりと僕の手を取って歩き出す。
だんだんと見えてくる光景に息をのんだ。
「ようこそ、レオン・ディー。ここが迷宮都市エルグラド」
石造りの塀を背中に、両手を広げるシアン。
「五百年前、あなたが守った街よ」
その後ろには僕の知る街が広がっていた。




