24 ドラゴンさん、あやまりあう
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シアンもノクトもなんだか頭が痛いみたいだけど、だいじょうぶかな?
どうしよう。
自分の事なら生命力をたくさん使って治すけど、他の人を治す魔法なんて使えない。
できるとしたら生命力を分けてあげるぐらい……ああ、それがあった。
「シアン、ノクト。僕の生命力をわけてあげるよ」
大きく深呼吸をしてマナを生命力に転換。
さっきの魔闘法――竜人撃:圧海竜『底なしの黒い箱』で使ったのと同じぐらいの生命力を手のひらに集めて差し出した。
「え? いきなりどうしました? 人に自分の生命力を分け与えるとか、緊急時の救命レベルの大事なんですけど……っていうか、生命力強いですって! なんだかオーラみたいに金色に光ってますよ! 魔力でもないのにどうして体の外に出ちゃうんですか!? そんな生命力を渡されてもわたしの体がパーンってなっちゃいそうですから!」
『……ああ。あたしたちの顔色を見て具合が悪いとでも思ったんじゃないかしら? レオン、気持ちだけ受け取っておくわ。まあ、生命力を与えられて体が破裂するなんてしないはずでしょうけど、レオンの場合は何が起きるかわからないわね。余程の緊急事態でもなければそれはやめておきなさい』
ダメだったみたいだ。
シアンもノクトも余計に疲れてしまったみたいで悪い事をしてしまった。
ちょっとがっかりしながら手のひらの生命力を散らしていると、ノクトが一度ため息をついてから話しかけてくる。
『それで、レオン? あなた、さっきのドラゴンが昔のあなたの体だったとか言ったのかしら?』
「うん。そうだよ。一番下の頭の辺りだと思う。顔も形も違ったけど、声が同じだったし、雰囲気も似てたから」
こんな事もあるなんて世界は不思議だ。
でも、ドラゴンの僕が人間になっているんだから、こういう事もあるんだろう。
「いや、ありませんから。普通、死んだらそれまでですから。生まれ変わりはわかりませんけど……どうなんですか、ノクト?」
ノクトはゆったりとしっぽを揺らして、考えながらつぶやく。
『あまりに強過ぎる魂魄なら、死後も分散しきらずに次の肉体に宿る事はあるかもしれないわね。それにしたってもう記憶もなくて、そっくりさんぐらいだろうけど。いえ、そもそも、生まれ変わりとは違うわね。というより、ドラゴンだったレオンが鮮血の暗黒竜だったとして、それは五百年前のはずなのよ。五百年も体が残っているなんて、そっちの方がありえないのだけど』
「あと、レオンの魂魄はここにありますよね。なら、あのドラゴンに宿っていた魂魄は?」
「さあ。正直、想像もつかないわ。長い歴史の中でも魂魄についての研究は進んでいないもの。あたしにもわからない事の方が多いわ。とりあえず、確かな事は……』
僕を見上げてくるノクトの目はじとっとしていた。
『レオンが絡んでいるなら何が起きても不思議じゃないって事ね』
「ああ、なるほど」
納得されてしまった。
シアンもうんうんと何度もうなずいている。
「ですが、警戒はした方がいいですね。あのドラゴンはレオンを狙っていたのでしょう? レオンに心当たりはあります?」
「なんだか僕を恨んでいたみたいだけど……」
恨まれるとしたらドラゴンの時の事だよなあ。
あの頃はたくさんのモンスターを倒していたし、そいつらに恨まれていたとしてもおかしくはない、かな?
それこそダンジョンを滅ぼそうと自爆した時なんて、すごい数のモンスターを巻き込んでいたから……思い出した。
ノクトから聞いた事――帝都が五百年も前に滅んでいたという話。
誰かに恨まれるのはいやだ。
それと鮮血の暗黒竜なんて呼ばれていたのもつらい。
だけど、それ以上に『あの人』との約束を守れていなかった事が本当に悲しい。
「えっと、急に落ち込んじゃったみたいなんですけど……レオン、どうしました?」
「街……守れなかった。約束……守れなかった。僕はダメなドラゴンだ……」
『ああ、そうね。その話が途中だったわね。レオン、ほら顔を上げなさい』
たしたしと前足で僕の足を叩いてくるノクト。
『まったく、あの時もちっとも話を聞かないんだから……いえ、あたしも迂闊だったわ。言い方が悪かったかもしれないわね。けど、あなたもあなたよ。すぐに暴れだして。人間ならちゃんと考えて動きなさいと――』
「ノクト? ノクトも素直になりませんか?」
色々と話し続けていたノクトにシアンが一言。
なんだろう、シアンはちょっと怒ってる?
ノクトはしばらくそっぽを向いていたけど、あきらめたみたいしっぽをうなだれさせて、僕を見上げてきた。
『……悪かったわね。レオンの事を疑って。嫌な話を聞かせて。シアンにも怒られたわ』
「ノクトがわたしのためを思って追求したのはわかっていますけど、ちゃんと相談はしてほしかったですし、レオンを傷つけるのはダメです。それにノクトだってわかっているんでしょう? レオンが悪い人じゃないって」
珍しくノクトがシアンに叱られて、しょんぼりとしている。
『そうね。これはシアンが正しいわ。自分の感覚を信じられなくて、理屈で埋めたくなっただけじゃね。二人とも、ごめんなさい』
「わたしからも謝ります。すみませんでした」
シアンは深く頭を下げてきて、ノクトもちょこんと首を傾けている。
謝られても僕は首をかしげるしかない。
シアンもノクトも何を謝っているんだろう?
「ごめんなさいは僕の方だよ。シアンとノクトをおいて来ちゃったし。暴れちゃったし」
シアンの真似をして頭を下げる。
しばらくそうしていたけど、どうすればいいんだろう?
地面を見ながら悩んでいると、ノクトが最初に頭を上げた。
『……あたしが言うのもおかしいけど、このままでいても仕方ないわね』
「そうですね。同じ内容で謝りあっていたら何も始まりませんし、終わりませんから。じゃあ、ここはお互いにごめんなさい、という事でどうです?」
その提案はとってもいい。
誰かに悪いのを押し付けるのよりずっといい。
「うん。わかった。次から気を付けるよ」
『そうしましょう。あなたもあたしも』
そうやってようやく頭を上げて、なんとなくみんなで笑いあった。
なんか、やっと元に戻った感じがしてほっとする。
『さて、じゃあ、まずはレオンの勘違いを正しましょうか』
そう言ってノクトが立ち上がると、広間の奥の方へと歩き出した。
「勘違い?」
「レオン、ノクトの話をちゃんと聞いていなかったでしょう?」
ううん、聞いていたよ。
でも、ちゃんとわかったかって聞かれたら、わかっていなかったかもしれない。
なんだっけ、たくさん言われたから覚えきれなかったんだよなあ。
五百年前?
迷宮都市エルグラド?
弓聖?
それと、鮮血の暗黒竜。
「そういえば、僕って悪いドラゴンになってたんだよね」
悪く思われていたのは知っていたけど、像になって残されるなんて悲しすぎる。
街を守っていたのは『あの人』との約束のためだけど、助けたから感謝されたいとはいかなくても、好かれたいと思っていたのに。
ダンジョンを道連れに自爆しても変わらなかったなんて。
「ああ、落ち込まないでくださいよ。うぅ、レオンってばSっ気のある人と合わせられませんね」
『ええ、大喜びしそうな人がいるわね』
シアンとノクトは何を言っているんだろう?
「Sっ気ってなに? おいしいの?」
「おいしくないです。少なくともレオンには」
『この場合、おいしく頂かれるのはレオンの方ね』
僕がおいしい?
僕、食べられちゃうの?
人間、怖い。
友達はほしいけど、さすがに食べられるのはいやだ。
「せめて、切り落としたしっぽにしてもらえたら」
それなら我慢できる、かな?
また生えるし。
「いえいえ、友達のしっぽとか差し出されても食べられませんから。ドラゴンステーキとか冒険者の憧れですけど、さすがにそれはちょっと」
『はいはい。おバカな話はそれぐらいになさい。中層に下りるわよ』
話している間に扉があった場所まで来ていた。
扉の向こう側にあるのは下に向かう階段だ。
ここだけは洞窟じゃなくて人が作ったみたいに石が敷かれていて、壁もきれいに平らになっている。
階段はちょっとずつ曲がっているみたいで、少し先までしか見えない。
「ここは?」
『ここが中層への唯一の階段ね』




