23 ドラゴンさん、説明する
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「あー、疲れた」
うーん。
人間らしく工夫するっていうのは、ドラゴンの時よりもたくさん集中しないといけないから大変みたいだ。
でも、頑張っただけあって威力もちょっとは昔に近づいたっぽいし、これからも頑張ってみようと思う。
緊張してガチガチになっていた体を伸ばしてみると気持ちいい。
思わず翼がわっさわっさしてしまう……って、そうだった。
「なんか右手がドラゴンっぽくなって、翼まで生えちゃったんだっけ」
やっぱり人間の体よりドラゴンの方が頑丈みたいで、あんなに生命力と魔力を使いまくったけど、前みたいに血を吐いたり、気を失ったりしないのは助かった。
助かったけど、戦いが終わったんだからもうこのドラゴンの手も翼もいらないや。
うんっと翼を手で背中に押し込んでみると、翼はにゅるにゅると体の中に納まってくれた。
右手は……どうしよう?
切り落としてから再生したら元に戻るかな?
「あ、戻った」
僕が悩んでいる間に右腕から鱗が落ちて、爪も元の長さになっていった。
ツルツルの人間の肌を撫でていると、後ろから声をかけられる。
『本当にどんな体をしているのよ、あなた』
「あぁ、かっこよかったのにもったいないです」
シアンとノクトだ。
シアンはさっきの猫の耳もしっぽもなくなって、髪と目の色も服も元のワンピースに戻っていた。
そして、ノクトがその足元を静かに歩いている。
僕がよく知っている一人と一匹の姿にちょっと安心。
「シアンもかっこよかったよ」
どっちかっていうとかわいい感じだったかもしれないけど。
シアンが嬉しそうにほっぺを緩めたから、たぶんかっこいいで正解みたいだ。
「ふふ、さすがレオン。わかっていますね。そうです。あれこそがわたしの切り札であり、ブリュー家の中でもセルシウスの名を冠する事が許された者だけの特権というやつです! 止める事に関してならわたしにかなう人なんてそうは――きゃん!?」
『おしゃべりがすぎるわよ、シアン』
どうやら足に爪を立てられたらしい。
シアンは痛そうにふくらはぎの辺りをさすりつつも、ノクトをじとっとにらんでいる。
「ノクト、痛いですよぅ」
『言って聞かないなら体に効かせるだけよ。勢いだけでセルシウスまで名乗るし……頭が痛いわ』
セルシウス?
ああ、そういえばさっきもシアンはそんな名前を言っていた。
でも、最初の自己紹介の時は言っていなかったような?
『まったく、調子に乗らないの。あなたの切り札である以上に、本当なら絶対に隠さないといけない秘密でしょう?』
「う、そうでした。けど、レオンに黙っておくのも心苦しいというか、あの状況で使わないわけにはいかなかったというか」
ノクトに叱られて勢いをなくしたシアンは、細い指をいじいじと組みながら目をそらした。
よくはわからないけど、僕のせいでシアンが怒られているのぐらいはわかる。
許してくれて、助けてくれて、お世話になってばかりなのに、迷惑までかけてしまうなんていけない事だ。
「ごめん。僕を助けてくれるのに無理させちゃったみたいで」
「あ、いえいえ、いいんですよ。どの道、中層に行くのに倒さないといけない相手だったんですから。レオンは気にしないでください」
『まあ、もう見せてしまったのだから、あたしも仕方ないとは思うわ。ただし、今回は相手がおバカさんだったからよ。ちゃんと人を選べないなら次は……噛むわよ?』
牙を見せつけるノクト。
あれにかまれたらシアンは痛そうだ。
「シアン、無理に話さなくてもいいよ? 秘密なんだよね?」
「え? でも、気になりますよね、さっきの」
シアンに猫の耳と尻尾が生えて、髪と目が黒くなったやつ。
確かにどうしたんだろうとは思うけど、それでシアンたちを困らせたいとは思わない。
友達は助けになるもので、困らせるものではない。
それぐらい僕だって知っている。
「いいよ。大丈夫」
「う。そう言われてしまうと悔しいというか、話して聞かせたくなるというか……」
ぶつぶつとつぶやくシアンの足をしっぽでたたいて、ノクトが僕を見上げてくる。
『このおバカ。気を使われているのに台無しにしないの。ともあれ、ダンジョンの中でのんびりと話す内容でもないわ。レオン、さっきのあれはシアンとあたしの切り札よ。でも、一日に一回。ほんの少しの時間しか使えない。それだけ覚えておきなさい』
「約束します。ちゃんとレオンには話しますからね」
色々と条件があるんだ。
そういえば昨日、シアンは仲間に置いてきぼりにされた時、その切り札を使ってしまったと言っていた。
さっきの力を使えば濫喰い獣王種も倒せそうだったけど、使いたくても使えなかったんだなあ。
「それにしても、中層への主部屋がとんでもない事になりましたねぇ」
『崩落しないか不安だわ。そもそも、どうしてここにドラゴンがいたのかしら。上層の階層主は水晶岩兵のはずなのに……』
僕が納得している間にシアンとノクトは広間を見ながら話し合っている。
改めて見回すと、元の広場はボロボロだった。
ドラゴンが出てきた白い扉はかけらも残ってないし、天井の水晶もほとんどが消えてしまって、最初よりずいぶんと暗くなっている。
壁と床もぼこぼことえぐれていて歩きづらそう。
そして、最初にいた像のモンスターを思い出す。
もしかして、あれが水晶岩兵というモンスターだったのかな。
「ねえ、レオン。ここに水晶の巨人みたいなモンスターはいませんでしたか? ここは上層と中層を繋ぐ階段がある部屋で、そういった場所は階層主と呼ばれるモンスターがなわばりにしているんです」
「うん。それなら倒したよ」
『それにしては姿が見えないわね。水晶岩兵は命石と魔石だけじゃなくて、水晶の部分も高く売れるのだけど……』
あ、すっかり忘れてた。
シアンとノクトはお金がほしくて、そのためにはモンスターの命石と魔石を集めていたんだったっけ。
濫喰い獣王種の時に続いて、二回目の失敗だった。
「ごめん。粉々にしちゃった。全部。命石も魔石も、水晶の体も」
正直に答えたらシアンとノクトが黙ってしまった。
「……やっぱり、怒ってる?」
「いえ、怒ってはいません。そうですね。レオンですからね。階層主を単独撃破ぐらい余裕なのかもしれませんし、超硬い事で有名な水晶岩兵を粉微塵にしてしまえるのかもしれません。ええ。ふつうは五十人近い冒険者が一刻ぐらいかけて倒すはずですけどね」
『強すぎるのも問題かもしれないわね。少なくとも冒険者としては。これじゃあちゃんと稼げないわよ?』
シアンとノクトは困ったように笑いあうと、別の事を聞いてくる。
「では、レオン。あのドラゴンはなんだったんですか?」
『あたしも知らないドラゴンだったわね。それから、異常な魂魄をしていたわ』
黒と黄色の鱗を持ったドラゴン。
知らないまま僕の戦いを手伝ってくれたのだから、隠す理由なんてひとつもない。
「あれは僕がドラゴンだった時の体だと思う」
「……あぁ」
『……うぅん』
そのまま答えると、シアンはおでこに手を当てて考え込んで、ノクトは天井を見上げて顔をしかめてしまった。




