20 ドラゴンさん、おどろく
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まず、最初に思ったのは、
『ああ、ドラゴンがわらった顔って怖いな』
だった。
トカゲや蛇に近いドラゴンの顔型で生み出される笑顔。
それはなかなかに衝撃的なものだと、初めて知る事ができた。
細めた目は獲物を見定めたよう。
血のように赤い口の中に並んだ鋭い牙がよく見える。
なるほど、納得した。
いくら笑いかけても友達ができないはずだ。
というかこれは怖い。というか、ひどい。
そんな的外れな事を考えながらも、ドラゴンの表情を見間違えたとは思わない。
僕は元ドラゴン。
色々とものを知らない僕だけど、ドラゴンの事なら話が別だというのもある。
けど、それ以上の確信があった。
「わらう、か」
それは最初に感じた気持ち悪さに通じている。
確信の先に最初の疑問の答えがある。
今、それがはっきりとわかった。
「わらう、ドラゴン」
そんなのに心当たりはやっぱりない。
僕が知らないだけでそういうドラゴンが僕の他にもいるのかもしれないけど、出会った経験はなかった。
知っている咆哮。
何かが違うという気持ち悪さ。
ドラゴンの憎悪。
そして、わらうドラゴン。
「ああ、もう少しでわかりそうなのに……」
考えている時間はなかった。
繰り返し現れる十字型の棘。
必ずそれは僕の頭の後ろ側に出現していた。
何度も見ればその気配にも気づける。
今度はまとめて五本。
出現とほぼ同時に破壊するけど、その間に手足と胴体にそれぞれ噛み傷が生じていた。
「今はまず、お前を倒す方が先だ」
目が合ったドラゴンは、僕の宣言にますますわらいを深くする。
唯一、僕に効果がある十字型の棘。
その正体を知られたというのに、慌てるどころかわらうというのはどういう事だろう?
ドラゴンの笑みは自信を表しているようにも、馬鹿にしているようにも見える。
けど、関係ない。
ドラゴンだった僕が知る戦い方はひとつだけ。
まっすぐ行って、全力で叩き潰す、だ。
生命力を全身に巡らせる。
肌や肉の頑丈さは求めない。
どんなに硬くしても噛まれれば傷つくんだから意味がない。
それなら回復と走る方に生命力を使う方が賢い。
そうしている間にも十字型の棘がどんどん増えていく。
無視したせいか噛み傷は増えていくばかりで、体中のいたるところがハムハムされるせいで、今の僕はひどい姿になっているだろう。
けど、命には届かない。
傷ついたところから生命力で治していれば、致命的な傷とまではならない。
「いくよ」
大きく息を吸い込む。
マナが爆発的な勢いで生命力と魔力に転換される。
今までのようになんとなくではない。
意識して生み出したそれの量は今までの数倍。
その全てを一気に使い果たした。
地面を蹴れば天井にぶつかり、直前で翼を使って上下反転。
天地さかさまになって、天井を足場にして再び跳躍。
真下には僕を見失ったドラゴン。
まるで反応できていないその首めがけて突っ込む。
魔闘法――竜王撃:圧海竜『真竜の黒爪』
魔闘法――竜王撃:砕嵐竜『真竜の天翼』
超速度の落下と超重量の爪。
合わさったそれがドラゴンの頭の後ろ側――十字型の棘が生えた辺りで炸裂した。
ドラゴンを形作っている色々な何かが砕ける音が響いて、途中からそれはものが千切れる音に変わって、最後は地面に激突して止まる。
ドラゴンの巨大な頭が衝撃で浮かんだ。
首を絶たれて、宙を舞って、地面に落ちて転がっていく。
その姿を見送って、一息。
どんな生物だって首を落とされれば……。
「痛い! えっ!?」
決着の後に、再びの痛み。
予想していなかったせいで驚いてしまう。
振り返って見れば、僕の高速移動に追いついた十字型の棘の群れが大量に浮かんでいた。
当然、そうなれば噛み傷は増えていくばかり。
混乱しながらも腕と翼をふるって棘を破壊するけど、その数は少しずつ増えていく。
「倒したのに、どうして!?」
「TAOSHITA? DAREGA? DAREO?」
かすれて、こもった、聞き取りづらい人間の声。
見れば首だけになったドラゴンが、まったく変わらないわらいを浮かべている。
その喉が確かに動いた。
「SAa。OMOISHIRE。URAGIRIMONO」
「なんで……?」
ドラゴンの喉で無理やり語られる人間の言葉。
その衝撃は大きい。
いや、話せる事がじゃない。
語った内容がでもない。
ドラゴンの声、それは……。
「僕と、同じ?」
僕が答えにたどり着いたのに満足したのか、ドラゴンのわらいが深く刻まれた。
そして、その喉奥が急速に輝きを宿していく。
いや、違う。
ずっと溜めていたそれを解放しようとしているんだ。
このドラゴンは戦いの始まりからこの機会を待っていたんだとようやく気付く。
ドラゴンの最強の攻撃――ドラゴンブレスを放つ瞬間を。
衝撃から立ち直った時にはもう手遅れだった。
全身に噛み傷が生まれて、とっさの回避どころか防御も間に合わない。
直後に放たれた破壊の音に僕は飲み込まれた。