19 ドラゴンさん、噛まれる
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十字型の棘。
白い棘の大きさは大体人の腕ぐらい。
それが空中に固定されたみたいに浮いている。
いつから浮いていた?
これはなんだ?
どうして僕がケガをしている?
ケガの原因もこいつのせいか?
いくつものわからないが頭を埋める。
けど、確かなのは何かが僕の肌を破って、肉にまで攻撃を届けたという事。
生命力で強化された僕の体を、だ。
濫喰い獣王種でも傷ひとつつけられなかったというのに。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
僕の本能はとっさに攻撃を選んでいた。
声に生命力を込めて放つ。
魔闘法――竜王撃:砕嵐竜『真竜の雄叫』
音の波が十字型の棘を飲み込んで、抵抗する時間も与えずに破裂させた。
砕けた部分も続いた衝撃に飲まれて、砕けて、後には小さな粒となって散っていく。
しばらく、様子を見ても変化はない。
「なんだったんだ、今の?」
首を傾げながら、僕は左肩に生命力を集める。
そうすると噛み痕みたいな傷口がみるみるうちに治っていって、きれいな状態に戻った。
けど、傷が治ったのは僕だけじゃない。
「GURURURURURURURURURUっ!」
ドラゴンの傷も塞がりかけている。
かなり深手だったから僕みたいに完治には遠い。
表面は治ったように見えていても、その内側はまだ脆いのがわかった。
一度、吹き飛んだ右足なんかは、傷口から新しい足が生えようとしているけど、中途半端な状態だ。
もう一度、魔闘法を叩き込めばそれで終わる。
「えっ?」
けど、そうするよりも先に再びの激痛に襲われた。
さっきと同じ熱と衝撃。
今度は右足だった。
ふくらはぎの前と後ろにできた傷で、それも肩のそれ――噛み痕と似ている。
そこに僕を襲った獣の姿はない。
ただ、直感に従って首を巡らせれば、頭の近くに浮かんでいる十字型の棘を見つけた。
「また……」
確かな手応えがほしくて、そのまま右腕をふるえばあっさりと棘を切り裂く事ができた。
あまりにもろくて、逆に不安になってくるぐらいの感触。
嫌な予感に襲われながら、それでもまずは足を治す。
生命力で満たされた右足の傷口は問題なく治っていった。
でも、これだけじゃ十分じゃない。
魔闘法――竜王撃:圧海竜『真竜の踏み鳴らし』
治った足でそのまま地面を踏み砕いて、それと一緒に生み出した重さを辺りに振りまく。
重さが襲う範囲は広間全体だ。
もしも、僕には見えないし、感じられない敵がいたとしても、これなら避けられない。
ついでに起き上がったドラゴンも突然の重さに倒れていた。
技が終わった後も辺りを警戒する。
目を凝らして、臭いを嗅ぎわけて、耳を澄まして、マナの流れに集中。
「――え?」
そして、気が付く。
背後。
頭の後ろのあたり。
本当に突然に。
「なんで!」
十字型の棘。
僕が振り返るのとほとんど同時。
右脇からお腹全体が噛みつかれて、痛みが電撃のように走り抜けた。
強化したはずの肌と肉でも防げないなんて。
見えない歯が深く食い込むような感覚に背筋が冷える。
でも、無視だ。
右腕の爪で十字型の棘を掴んで、今度は握りつぶした。
もろいのは一緒。
簡単に砕けたし、破片の感触もある。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAっ!」
「――っ!」
同時に来たのはドラゴン。
その右足には新しく太い足が新しく生え治っていた。
もう重圧の余波もなくなっていて、不完全でも傷が塞がったなら当然動いてくる。
振り返った時には正真正銘のドラゴンの牙が迫っていた。
「邪魔!」
「GYANっ!」
握ったままの右拳をぶつけると、悲鳴を上げて吹き飛んでいく。
かなり強めに殴ったから、骨が砕ける感触が拳にあった。
白い扉があった場所に落下して、そのまま動かない。
「――痛っ!」
噛まれた。
今度は両足が一緒にだ。
まるで地面に口が開いて、そのまま噛みつかれたみたいな気がしてくる。
そして、当たり前みたいに頭の後ろで浮いている十字型の棘が二本。
「何が、なんだか!」
翼の一振りでまとめて棘を砕いた。
でも、まったく安心できない。
まったく感じ取れない噛みつきと、この十字型の棘が繋がっているのはもう間違いない。
「どうしようか……」
さっきの棘の破片はまだ握ったままだ。
それでも新しい棘が、しかも二本も同時に出てきたんだから、棘そのものは同じものではない。
切り裂く事も、砕く事もできるけど、それじゃああまり意味がない。
いくら壊しても、すぐに新しい棘が出てくるだけ。
だから、壊すなら棘の大元。
「お前、だよな?」
ドラゴンを見る。
強く殴ったのにもう起き上がっていた。
今にも飛び掛かってきそうな前かがみの姿勢で、相変わらずの憎悪で濁った眼で僕を睨みつけてくる。
それを眺めて気づく。
「そういえば、お前のそれ十字の形だ」
ドラゴンの頭の後ろ辺りに十字の形をした棘が生えていたんだ。
よく見れば、僕が何度も砕いた棘と似ている、というかその物だった。
「やっぱりお前か」
なら、話は簡単だ。
噛みつきは無視して、本体らしいドラゴンを倒す。
そう決めて、僕が踏み出そうとした瞬間。
「え?」
ドラゴンがわらった。