17 ドラゴンさん、一撃
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洞窟の景色が前から後ろにどんどんと流れていく。
青白い鍾乳石の明かりだと見えづらかったものが、今ならはっきりと見て取れた。
目に見えていなくても、耳が、鼻が、空気の流れが、マナの動きが、僕に洞窟の奥の景色を伝えてくれる。
ちょっとだけドラゴンの時の見え方に近い。
その感覚に従って、僕は空中を飛ぶ。
翼に流した魔力が、空気をつかんで支えて、思うままに移動させる。
洞窟の先にモンスターの姿が見えた。
八本足の馬の姿。
吐き出す息が白く凍りついて見える。
「BURURURURURUU!?」
遠くにいても僕の気配に気が付いた様子だ。
でも、気づいただけ。
驚いているうちに僕との距離はなくなっていて、反応もできない。
「邪魔、しないで」
つぶやくと、空気が弾けた。
何かが破けるような音が響いて、同時に馬のモンスターは頭を失っていた。
意識はしていなかったけど、声に生命力が乗っていたらしい。
ただそこにいただけのモンスターに少しだけ、ほんの少しだけの哀れみと申し訳なさを抱いて、一秒後には背後に置き去りにした。
今はモンスターへの同情なんていらない。
ただ洞窟の奥、ダンジョンの奥、ドラゴンの僕がたどり着けなかった場所だけを目指す。
不思議と体の調子もいい。
昨日は血を吐いてしまったけど、今なら全然つらくない。
これならいくらでも闘気法を使える。
「ん……」
そうして、何匹かのモンスターをすれ違いながら打ち砕いて進み続けていると、辺りよりマナが濃い場所に行き着いた。
「ここは?」
広場だ。
道連れ兎の巣の何倍も広い。
きれいに平らな床は磨かれたみたいになっている。
最初に意識したのは明るいという事。
洞窟の鍾乳石よりもずっと強い輝きを放つ天井にあったのは、透明な水晶の群れだ。
水晶の中でマナが燃えるように輝き、まぶしい光を降らせては、床に反射して目がチカチカしてしまう。
天井と床から目をそらすと、壁が目に入った。
壁はかなり危なっかしい感じだ。
鋭くとがった岩で埋め尽くされている。
ただの人があそこにぶつかったら大変な事になってしまうだろう。
その壁をたどって見回す。
ここには僕が今やってきた洞窟があるだけで、他の出入り口は広場の反対側にひとつだけしかない。
真っ白なスベスベの石で作られた扉がある。
その前には巨大な影が立ち尽くしていた。
「なんだ、あれ?」
チカチカする目を細めて感覚を集中させると、今度はそれがはっきりと見て取れた。
大きな像だ。
僕よりもずっと大きい。
背は僕が縦に三人は並べるぐらい。
横はもっと広くて、ぶ厚い。
でも、大きさより気になるのは見た目。
手も足も、頭も胴体も、全身が透明な石で作られている。
天井や床の光を受けて、角ばった体はきらきらと光って星空みたい。
その胸の真ん中には金色の石が見える。
あれは魔石だ。
じゃあ、あれは像なんかじゃない。
「GIGIGIGIGIGIGIGI」
モンスターの声。
どこから声を出しているのか、そもそも声なのかもわからない。
だけど、確かにその音は像から聞こえた。
そして、ゆっくりと動き出す像――ではなく、モンスター。
ドラゴンの時にも見た事がないし、どんな生き物から生まれたかもわからないモンスターだけど、魔石を持っている以上はモンスターに違いない。
つまり、敵だ。
それもダンジョンの奥底への道を邪魔する敵だ。
「そこをどいて」
生命力が乗った声が波となって、像のモンスターに押し寄せていく。
すぐに透明な石がミシミシと音を立てていって、小さなひびができあがって、細かい破片が落ちていった。
けど、砕けない。
それどころか動きも止まらない。
ゆっくりと、変わらない調子で腕を持ち上げて――いきなりの大跳躍。
まるで砲弾みたいにすごい速さで飛び込んでくる。
「GIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!」
振り下ろされる拳がガツンと頭に落ちた。
ただの透明な石じゃない。
まるで金属みたいな硬さだ。
像のモンスターは止まらない。
ふたつの拳をふるって、僕の全身をめった打ちにする。
何度も、何度も、何度も、殴って、殴って、殴って、太鼓を叩くみたいに、正確に繰り返し続けた。
止まったのはしばらく後。
像のモンスターが再び声を上げた時。
「GI?」
その両腕が失われた事に気づいた時だった。
何も不思議な事なんてない。
どんなに硬い石よりも、生命力を使った僕の体の方がずっと硬くて、強いんだ。
もろい方が壊れるに決まっている。
「どいてって言ったよ」
声をぶつける。
さっきよりも像のモンスターは壊れやすくなっているみたいで、パラパラと破片が落ちている。
けど、完全に壊れるまでまだまだ掛かってしまいそうだ。
殴っても意味がないとわかったのか、像のモンスターは行動を変えた。
その場に立ち尽くしたまま動かなくなったと思ったら、胸の奥の魔石がどんどん輝きを強くしていく。
これは魔力に攻撃の意思が宿っている?
「GIIIIIGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
直後、金色の輝きが広間を埋め尽くした。
放たれたのは魔力の光線。
透明な石の中をめちゃくちゃに曲がりながらいくつも飛び出すと、床に、壁に、天井に、ぶつかりながらどんどん数を増やしていく。
広間の中に光線の届かない場所なんてどこにもなかった。
あっという間に光の雨が降り注いで、吹きつけて、跳ね返ってくる。
きっと、像のモンスターの一番強い攻撃なんだろう。
「でも、効かない」
光は僕の肌を撫でては、弾かれていく。
いくら受けても痛みさえ感じなかった。
だから、反撃する。
光の向こう側。
確かに像のモンスターがいると、僕にははっきりとわかる。
魔闘法――竜王撃:蓋闇竜『真竜の双翼』
黒の翼が音もたてずに黄金の光を塗りつぶした。
背中の翼が実際に大きくなったわけじゃない。
ただ、翼から生命力と魔力を混ぜたものを広げて、いっぱいに掻き回して、そのまま広間を一回薙ぎ払っただけ。
そうして、翼を元に戻してみれば、後にはちょっとだけ薄暗くなった広間が戻っていた。
さっきまで像のモンスターがいた場所には、細かく砕けた砂の山。
「これで邪魔がなくなった」
僕は白い扉に向けて翼を羽ばたかせようとして、止めた。
行く必要はない。
だって、白い扉の向こう側からは、今まで感じたものよりずっと強い生命力と魔力の気配が押し寄せてくるのを感じ取れたから。
はっきりとわかる。
僕の戦うべきモノがそこにいる、と。