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 終


「本当に損な性分をしているわね、あなた」


 その人はいきなりやってきてそんな事を言った。


 眠っていた僕は頭を上げて、その人を見下ろす。

 小さい人間だ。

 ドラゴンの僕よりちっちゃいのは当たり前だけど、僕の知っている人間と比べてもちっちゃい。

 ちっちゃい女の人。

 小さな舟に乗っている。


「百年近くも恩人のために奉仕して、報われないまま死んで、生まれ変わって報われたのにまた自己犠牲。頑固というか、成長がないというか……」


 長い髪をバサッと後ろに回す。

 黒くてツヤツヤしている。

 女の人が動くとサラサラ流れて、とてもきれいだ。


 むずかしいお話をする女の人を見ていると、静かな目で見つめ返される。

 ふしぎな目。

 僕の中の中の中。

 ずーっと奥の方まで見つめられているみたいだ。


「ふうん。セフィロトが飲み込まれたからどうなったかと思っていたけど、存外ちゃんと仕事はしたみたいね。【王冠ケテル】が完成して、マナの流れも正の方向に定まっているわ。余程、魂魄が歪み続けない限りは、これなら創造主が不在でも成長できるかもしれないわね。『次元喰らい』の犠牲になった彼も浮かばれるでしょう」


 そんな事を言っている。

 よくわからない。

 ただ、なんとなく僕がいた場所の話をしている気がする。


 あの場所の事を思い出す。

 僕が生まれて、死んで、生き返って、飛び出した場所。


 それでなんとなく思った。

 この女の人の話し方、だれかに似てるなって。


「キミ、だあれ?」


 ひさしぶりに話したけど、ちゃんと言えてよかった。

 聞こえているよね?


「今更、その質問? 呑気な事ね。それともドラゴンらしい鷹揚さと言うべきなのかしら」


 よかった。

 伝わったみたいだ。


 ため息をつく女の人。

 あ、やっぱりなんとなく知っている気がする。

 思い出せないけど、ちょっと懐かしくて、胸がポカポカした。


「あった事、ある?」

「いいえ。ないわ。わたしとあなたは正真正銘の初対面よ。あなたがわたしに懐かしさを感じるのは、セルシウスのせいでしょうね。あの子、わたしに反発していたけど、それ以上に影響を受けていたもの」


 能力も、性格も、話し方までね。

 そんなふうにつぶやいている。


 セルシウス。

 なんとなく知っているような気がするけど、思い出せない。


「わたしは舟守。無限の泡沫世界が浮かぶ大海域。そこを旅する箱舟の管理人。まあ、その中でもちょっと特殊な部類だから、真面目に舟守をしている子からはクレームが入りそうだけど」


 むう。

 むずかしいお話だ。

 この女の人はさっきから難しい事しか言わないなあ。


「あなたがいた世界にセフィロトを持ち込んだ人って言ったら伝わるかしら?」


 なんとなく、そんな話を聞いたような気がしないでもない。

 ほとんど思い出せないけど、セフィロトっていうのは僕の中にある力の事だ。

 だから、ちょっとだけわかる。


「セフィロトが完成したから様子を見に来たのだけど、まさかこんな結果になるとは思わなかったわ」


 女の人は僕を見上げて微笑んだ。

 楽しそうな顔をしている。


「そうなの?」

「ええ。本来、完成したセフィロトは英雄から切り離されて、世界に溶け込む仕様だったのよ。それがドラゴンの中で完成しちゃって、しかも泡沫世界から飛び出すなんて想定外ね。英雄システムが狂うかもとは思っていたし、保険の【知識ダアト】が利用されるぐらいは想定内だったけど」


 よくわからない。

 ただ、なんとなく僕がやらかしてしまったような気がした。


「ごめんなさい?」

「わけもわからないまま謝るのは失点ね。でも、恥知らずじゃないだけ許してあげる。うん。そうね。本来、あなたみたいな『理不尽』はわたしの『敵』なんだけど……」


 女の人の目。

 それがちょっとだけ細くなって、びっくりするぐらい静かになって、僕を見つめてくる。


 怖い。

 とても怖い。

 怖くて動けない。


 でも、すぐに女の人は首を横に振った。

 そうしたら怖いがなくなった。


「いいわ。そっちも許してあげる。優しい子だから、見逃してあげるわ」


 よくわからないけど、助かった。

 僕を見る女の人の目はとてもやわらかい。


 僕は安心して体から力を抜いた。

 プカプカと浮かんで気持ちがいい。


「それにしても、面白い子ね。この大海域に浮かんでいるなんて。他のドラゴンを知っているけど、普通は海に飲み込まれて消えちゃうでしょうに」


 そうなんだ。

 知らなかった。

 前にいた場所から飛び出して、気がついたら僕は海に浮かんでいたから、変だとも思わなかったんだけど。


 海。

 とてもたくさんの水が、ずっとずっと続いている場所。

 いっぱいの泡が空に浮かんでいて、それしかないところ。


 僕はそんなところで、浮かんで、眠って、起きて、また浮かんでって、ずっと、何度も、繰り返している。

 その間、他の生きてるものは見ていない。

 海なのにお魚もいないし、空に鳥も飛んでいない。

 あれからどれだけ時間が過ぎたかわからないけど、海と泡じゃないのを見るのはこの女の人が初めてだった。


「それで、あなたはこれからどうするつもりかしら?」


 聞かれて、首をかたむける。


「自分の世界から飛び出したのだから、渡海者の資格はあるのだし、どこにでも行けるわよ。その辺りに浮かんでいる泡のひとつひとつが別の世界。別の宇宙。その中にはあなたが怖がられずに生きていける場所もあるわ」


 怖がられない。

 それはステキだ。

 とても良いと思う。


 でも、ダメ。


「どこも行かないよ」

「ああ。セフィロトの影響を心配しているのかしら。そうね。完成したセフィロトを受け入れられる世界となると限られてくるけど、それはあなたの努力次第で解決するわ。完全に制御できれば悪影響を与えないで済むもの」


 そうなんだ。

 大変そうだけど、それはがんばらないと。


 でも、ダメ。


「待ってる」


 あの女の子。

 だれか思い出せないけど、最後に言っていた言葉は覚えている。


 待っていてって。

 会いに行くって。

 一人にさせないって。


「……そう。だから、その泡沫世界から離れないのね」


 女の人は小さくため息をついた。

 僕の頭の上にある泡を見上げて。

 ずっと前に飛び出してきた場所。


 僕の鼻先に手を伸ばして、そっとなでてくれる。


「あなたがこの大海域に来てからどれぐらい時間が過ぎているか、気づいていて?」

「ううん」


 覚えていない。

 ここは朝も昼も夜もない。

 ううん。

 あるけど、バラバラ。

 明るくなったと思ったら、空に星みたいにキラキラなのが出てきて、そうしたら光の帯みたいなのが浮かんで、気づいたら夕焼けになっていたりする。


「あなたがセフィロトを完成させてから、もう千年が過ぎているのよ」


 千年。

 よく覚えてないけど、たくさんな数字だったと思う。


「千年も人間は生きていられないわ。そして、ただの人が世界を超えるには壁が高すぎるの。あなたが交わした約束はあまりにも難しい約束なのよ」


 そうなんだ。

 知らなかった。


「ふうん」

「あら。随分と落ち着いているわね。ちゃんと理解できているのかしら?」


 うん。

 なんとなく。

 あの女の子とした約束が大変なのはわかった。


「でも、だいじょうぶ。約束はウソにならないから」


 だから、待っている。

 あの子に会えるのを。

 ずっと待っている。


 会えたらいっぱいお話しよう。

 覚えていないけど、それなら教えてもらえばいい。

 僕はおバカだから覚えるのがヘタだけど、きっとそんな時間も楽しいと思うから。

 あの子も『仕方ないですねぇ』なんて言いながら、しっかり教えてくれる。


「そう」


 女の人はまたため息をついた。

 でも、ちょっとだけ笑っている。


「本当におバカね。そして、優しくて、強い子ね」


 ポンって鼻先をたたいて、それから小舟が離れていく。


「行っちゃうの?」

「ええ。遅くなったけど、確認はできたわ。ここから先はこの世界のもの。好きなように成長していけばいいわ。責任の中でね。ああ、でも」


 女の人が僕の頭の上の泡に手を伸ばす。

 小さな泡の中に手が入って、それからひょいって何かを取り出した。

 ぼんやりと光る球。


「『均衡』は引き取っておきましょう。境遇に同情の余地がないでもないけど、ここにいても誰も幸せにならなそうだし」


 どこの世界に放りこめば成長できるかしら?

 楽しそうに笑う女の人はちょっと怖い。

 キュって手をにぎると、光る球は見えなくなった。


「さて、オリジナルのわたしがここまで近づいて、接触までしたのだもの。あの子なら道筋ぐらい追えるでしょ。正真正銘、最後のお手伝いよ」


 最後までわけのわからない事を言って、女の人は手をふった。


「じゃあ、あの子に会っても憎まれ口をぶつけられるでしょうし、ここで失礼するわね。愚かで、優しい、最強のドラゴンさん」


 スーッと小舟が行ってしまう。

 ずっと見ていたはずなのに、いつの間にか見えなくなってしまった。

 不思議だ。


 それと、さびしい。

 ずっと一匹だったけど、ずっと一匹が続いていたから気づかなった。

 さびしいって感じていたのに。

 さびしいがさびしいってわからなくなっていたんだ。

 でも、だれかとひさしぶりにお話したから思い出してしまう。

 胸がポカポカと温かった時間を。

 なにがあったかは思い出せないけど、ぬくい感じだけは残っている。


 だから、今はぬくいのが遠くて、つらい。

 さびしくて、かなしくて、つらくて、泣いてしまいそうだ。


「GUUUUUUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOROROROROROROOOOOOOOOOOOOOOOON!!!」


 ほえる。

 海がふるえるぐらいに。


 気づいてほしい。

 僕はここにいる。

 僕の声が届いたら、すぐに来て。


 そう願って。

 声が続く限り。

 ほえて、ほえて、ほえて……そんな声も海に飲まれて消えてしまった。


 前と同じ海と泡だけが残って、なにも変わらない。


「さびしいなぁ」

「まったく、レオンは仕方ありませんねぇ」


 つぶやいたら、声が返ってきた。


 すぐ近く。

 僕の鼻の上。

 近すぎてすぐにわからなかった。

 そこに誰かがいる。


「わたしがいないと淋しくて泣いてしまうんですから! 千年経っても寂しん坊は相変わらずですか? まあ、それもしょうがないです! 何せこのわたしと離れ離れだったんですからね! 泣いてしまうのも致し方ないでしょう!」


 にっこりと笑う女の子。

 でも、泣いているのは女の子もいっしょだ。


「アニキー! アニキー! オイラっすよ! オイラ、来たっすよ! おおおおおおおおっ! アニキっすー! 会いたかったっすー!」


 小さな子豚の男の子がピョンピョンってしている。

 となりには黒い猫と、子豚の女の子。


『この子たちは、すぐに調子に乗って。止めていたのは体だけでしょうに、千年経っても全く心は成長しないんだから……。まあ、今だけは見ないであげる』

「ふふ。シアンのアネゴ様、本当に嬉しそうです。お兄ちゃんも。わたくしも、嬉しいです。また、アニキ様に会えて……本当に……」


 一人と三匹がおしゃべりしながら、ポロポロと涙をこぼしている。


 ああ。

 さびしいがいつのまにか消えていた。

 あんなにつらかったのが、どこにもない。


 でも。

 でも、僕はやっぱり思い出せなかった。

 胸をポカポカしてくれるのに、誰だかわからないままだ。


「……ごめん。キミたち、だれだっけ?」


 聞くと、女の子は胸を押さえる。

 悲しそうな顔をして、僕も胸が苦しくなる。

 黒猫も、子豚の兄妹も、つらそうにうつむいてしまう。

 でも、思い出せないんだ。

 ごめんなさい。


 けど、女の子はすぐに顔を上げて、自信満々に笑う。


「ふふん。こんなのわかっていた事です。へこたれたりなんてしませんよ! それにレオンがおバカさんなのは百も承知ですしね!」


 あ、好きだ。

 僕はこの女の子の笑顔が好きだ。

 つらくても、笑ってみせる強さ。


 笑顔に見とれていると、女の子は僕のおでこに手を伸ばしてきた。


「では、最初からまた始めましょう! さあ、レオン。わたしに何か言う事はありませんか?」


 わからない。

 けど、勝手に口から言葉が出ていた。


「僕とお友達になって下さい!」

「ええ。お友達になってあげましょう!」


 千年前と同じ言葉をくれる。


「オイラはアニキのしゃてーっす!」

「わたくしもアニキ様とアネゴ様にいつまでもついていきます!」

『そういう事みたいね。まったく、また苦労しそうで今から頭が痛いけど、今はそれも悪くないって思うわ』






 そうして、僕の二回目の人生が始まった。

これで『ドラゴンさんのセカンドライフ』は完結です。


今作の目的は

1、忘れかけてしまった小説の書き方を思い出す。

2、絶対に完結させる。

でしたが、なんとか達成できました。


反省点は多いです。

想定以上にレオン視点が簡単なようでいて難しかったせいで書き方を思い出せたか微妙だな、とか。

当初の予定では百話ぐらいで終わらせる予定が大幅にオーバーしてしまったな、とか。

いつも以上に行き当たりばったりで書いていまったな、とか。

伏線がそのままになっちゃったな、とか。

この辺り、次に活かせていければ思います。


ここまで拙作にお付き合いくださりありがとございます。

途中から感想に返事もせずに不義理を働いてしまいすみません。

全て目を通していましたし、創作の原動力にさせてもらっていたのですが、なかなか時間が取れずにズルズルと無反応になってしまったのが最大の反省点です。

決して感想を拒否しているわけではありませんので、よろしければご意見いただけると幸いです。


では、また別の作品でお会い致しましょう。

改めて最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

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