表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンさんのセカンドライフ  作者: いくさや
第四章 ドラゴンをやめるドラゴン
178/179

174 ドラゴンさん、飛び立つ

 174


 びっくりしたし、いたかった。


 ドラゴンの僕がこんなになるのなんて五百年ぶりだ。

 あの時はいっぱい、いっぱい、いっぱいモンスターと戦ったせいでボロボロになっちゃったけど、今は一回だけでこれ。

 やっぱり、『あの人』はすごいんだなあ。

 ブレスの後だったのもあって、とても痛い。


 でも、もう治った。


「GAAAっ!」


 近くにいた『あの人』に頭を突っ込む。

 五つ、いっしょに。


「ちょっとそれは卑怯じゃない?」


 ピョンっとはねてよける『あの人』はこまった顔。


 ひきょう?

 よくわからない。

 ただ、僕の体は前よりももっと強くなっているから、ケガをしてもすぐに治ってくれるからいい感じだ。


 マナを吸って、生命力と魔力にして、翼を広げる。

 もう叩かれたのも、爆発したのもない。

 痛いのもどこにもない。


 きっとそれは『あの人』もいっしょ。

 セフィラとデミセフィラ。

 どっちもすごい力を持っているから。

 ほら。ボロボロだった手をニギニギしている。


「今のワタシも卑怯かもしれないけど、キミには劣るよ。これだって見た目だけ整えただけだし。うーん。最強のドラゴンというのは伊達ではないね。気は進まないけど、やっぱり正面から戦うのはよくないか」


 ほめられた。

 いつもならやったーって思うけど、今はそうじゃない。


 僕から離れた所で『あの人』が構える。

 でも、すぐにはやってこない。

 どうしたんだろう?

 ケガしたから休んでいるのかな?

 ドラゴンブレスを止めて、曲げたのはすごかったけど、それでも両手はボロボロになっていたもんなあ。

 けど、それはもう治ったように見えるけど?


「しかし、いいのかな?」


 ふしぎに思っていると、『あの人』が聞いてくる。

 いいって何が?

 むずかしいのはよくわからないんだけど……。


「ヒントは、場所だよ」


 場所?

 空から下に落ちて……ここは、どこ?

 僕はふたつの頭をグルって回す。

 そして、ビクッて体が固まった。


 あまり木も草も生えていない、砂と土と石と岩ばかりの場所。

 そんなのがずっと広がっているのだけど、僕の後ろの方だけがちがう。


 そこには大きな壁があった。

 それと大きな扉。

 僕が気づいたのがわかった『あの人』が悲しそうに笑う。


「そう、ここは街の南側。ダンジョンの上だ。さっきは空高く過ぎて、ただの人には良く見えなかっただろうし、届かなかっただろうけど、ここはどうかな?」


 人の目でも見える。

 僕が見える。

 ドラゴンの僕が見える。

 鮮血の暗黒竜クリフォトドラゴンの僕が!


「弓隊、撃てええええっ!!」


 声が聞こえて、何かが風を切る音がした。

 見れば空から細い棒がたくさん降ってくるところだった。

 あれは、矢だ。

 雨みたいにいっぱいの矢。

 矢はカンカンと僕の鱗に当たって、はじかれて、落ちていく。


「投石機は準備でき次第に放て! 矢も尽きるまで撃ち続けろ! 魔導使いも出し惜しみするな! 今は兵も冒険者もギルドナイトも関係ない! 鮮血の暗黒竜クリフォトドラゴンを街に近づけるな!」


 壁の上。

 なんとなく知っているような人が大きい声を出している。

 体の大きな人。

 あの扉を守ろうって強く思っている。

 だから、一番前で戦おうとしている。


 その敵が――僕。


「悲しいね。本当に、悲しいね」


 声が近い。

 僕が固まっている間に『あの人』が近くに来ていた。

 顔のすぐ横。


「こんなに優しいキミが、人のために戦うキミが、何もかもを捨ててまで守ろうとするキミが、その守られている人に襲われる。そして、そのせいで戦えない」


 拳。

 痛い。

 とても。

 がつんて。

 奥に響いた。

 心の奥にまで。


 痛いのがいっぱい続く中、いろんな人たちの声が聞こえてくる。


「おい。あれは誰だ? 誰が鮮血の暗黒竜クリフォトドラゴンに近づいている? 先走りやがって……」

「しかし、副隊長。あの人、すごく強いです。生命力も魔力もとんでもない量ですよ。なんだか黒いですけど」

「確かに……というか、どこかで見た事がありませんか?」

「ああ。俺もそう思っていた。だか、どこだ?」

「あああああああ!」

「バカモン! 急に大声を上げるな!」

「す、すいません! けど、あの人――鮮血の暗黒竜クリフォトドラゴンと戦っている、あの人! 大聖堂の彫像にそっくりなんです!」

「聖堂の彫像? それは……」

「名前のない女皇帝……初代皇帝?」

「確かに、そっくりだ」

「いや、偶然だろ?」

「じゃあ、あれは初代皇帝陛下、の生まれ変わり? それとも本人? まさか、鮮血の暗黒竜クリフォトドラゴンからエルグラドを守るために?」

「初代皇帝なら鮮血の暗黒竜クリフォトドラゴンにも勝てる?」

「……今はあいつが誰でもいいし、なんでもいい。あいつは強く、奴とも戦える。それだけでな。そこの御仁、援護する! 存分に戦うがいい!」


 爆発するみたいな声。

 でも、今度は悲鳴じゃない。

 歓声だ。

 とてもよろこんでいる。

 勝てるって、がんばれって、みんなが『あの人』を応援している。


 そして、いっぱいの矢と岩と魔導が飛んでくる。

 痛い。

 痛いよ。


「ほら。こんな世界、キミが守る価値があるのかい?」


 言葉が、拳が、矢が、岩が、魔導が。

 痛い。

 体はへいきなのに、心が痛くて泣きそうだ。

 僕だけじゃない。

『あの人』まで悲しそうな顔をしている。


 なんで、こんな事になっているんだろう?

 僕は『あの人』と戦いたくなんてないのに。


「簡単さ。諦めなさい。それだけでいい。それだけで苦しみから解放されるよ」


 そうかもしれない。

 こんなに悲しいのが続くのなんていやだ。

 戦いたくないのに、好きな人と戦うなんて、やめてしまうのがいい。

 きっとそれがかしこいんだと思う。


 僕は頭をふせて、体を丸めて、尻尾をかくして、翼でおおう。

 こんなになったら攻撃なんてできない。

 ただ攻撃されるだけ。

 だって、ここで戦っちゃったら、ただの人は死んでしまう。


「そう。それでいい。すぐに終わらせてあげよう」


 隙だらけの僕に『あの人』が足を止めた。

 そして、たくさんのマナを集める。

 さっきの僕のドラゴンブレスと同じぐらいに。

 まっすぐに指を伸ばした右手に集まる生命力と魔力。

 暗いモヤモヤがまるで金属みたいになって、かたそうで、キラキラした剣になる。


 僕よりもずっと小さい。

 刺さってもちくっとするぐらいの小さい剣。

 けど、その力は僕も、街も、ダンジョンも飲み込んでしまいそうなぐらい大きい。


「さあ。終わろう」


 やさしい『あの人』は悲しそうに言う。

 今にも泣きそうな顔。

 苦しんでいる。

 ああ。きっと、『あの人』も戦いたくなんてないんだなあ。

 人を殺したくなんてないんだろうなあ。


 けど、『あの人』はやる。

 やさしいから。

 人が苦しいのは見ていられない。

 僕にはよくわかる。


 僕はそれを見て――。


「やめてください!」


 声がした。


「その子は鮮血の暗黒竜クリフォトドラゴンなんかじゃありません! わたしたちを傷つけなんかしませんから!」


 魔導が放たれる。

 水の渦が矢を、岩を、魔導を止める。


「お前、何をしている! 正気か!?」

「違うんです! 守ってくれているんです! 助けようとしてくれているんです! 何もかもを捨てて、皆を守ろうとしてくれているんですよ!」


 涙声。

 でも、強い気持ちのこもった声。

 知っている、はずの声。

 でも、思い出せない。


 ただ、胸がポカポカする。


「わけのわからない事を! いいから魔導をやめろ! いや、いい! 拘束しろ!」

「放して! 放してください!」

「シアンのアネゴをはなすっす!」

「アネゴ様! ここはわたくしたちに任せて下さい!」


 声が増える。

 もっと心が温かくなって、なんとなく救われた気持ちになる。


「レオン!」


 知らない名前。

 思い出せない声。

 だけど、忘れられない気持ち。


「レオン! やめてください! レオンを傷つけるなんて許しません!」

『思い出しなさい、レオン! あなたは理不尽に負ける子じゃないでしょう!? メチャクチャでいい! 道理なんていらない! 全て跳ね除けて、帰ってきなさい!』


 ちょっとだけ顔を上げる。


 壁の上。

 今にも飛び降りそうになったところを、周りの人に捕まった女の子と猫。

 その後ろには子豚の男の子と女の子が、他の人たちとつかみ合っている。


 なにを言っているのかわからない。

 思い出す事もない。


「……なんでワタシなんだろうね。そう思わずにいられないよ」


『あの人』がつぶやく。

 僕にしか聞こえない声。


 でも、『あの人』はやめない。

 悲しくても、止まらない。

 見上げた顔には強い気持ちがあった。


 暗い剣が突き出される。

 僕を殺すための武器。


 暗い剣が僕の頭を切り裂く。

 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ。

 そして、最後の――僕。


「ごめんね。さようなら」


 うん。

 いいよ。

『あの人』なら、いい。


 だって、僕もやめないし、止まらないから。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAっ!!!」


 ほえる。

 ほえる。

 ほえる。


 そして、小さく丸まって隠していた力を解放する。


 セフィラから光があふれた。

 暗い剣を止める。


 力が強すぎて街をこわしてしまいそうだけど、そうならなかった。

 それだけが心配だったけど、だいじょうぶって僕は知っている。

 だって、あの女の子が魔導で街を守ってくれるから。

 なんでかわからないけど、僕はそう知っていた。


 だから、思いっきりやれる。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAっ!!!」

「キミは……」


 知っている。

 すごい力を使った後を狙えばいいって。

 だから、そうする。


 最後の首を伸ばす。

 黒い剣を止められた『あの人』の背中。

 そこで暗く揺らめく枯れ枝の翼と四角の形。


 デミセフィラ。

 それを噛み、千切り、砕き、潰し、飲み込む。


 ぶちりって音じゃない音がして、『あの人』からデミセフィラが別々になったのがわかる。


『あの人』がふらりと揺れた。

 僕を見上げる顔は、やっぱり優しく笑っている。


「……ああ。また、キミに救われてしまうんだね」


 すぐそばの僕の鼻先。

 そこに手を伸ばして、なでる。

 何度も僕を叩いた拳じゃなくて、優しい手つき。

 よく知っている、なつかしい感覚。


「ごめんね。つらい思いばかりさせてしまって」


 ううん。

 いいよ。

 キミが悲しい方がいやだから。


「本当に優しいね。ねえ、キミ――いや、レオン。優しくて、悲しい、ワタシの愛しいドラゴン。どうか諦めないで。きっとキミは救われる。諦めなければ、必ず。だから、諦めないでいて……」


 そして、ゆっくりと倒れた。


 小さな音を立てて倒れた『あの人』だけど、すぐに姿が変わってしまった。

 男の人だ。

 死んでしまっている。

 もう『あの人』の気配はどこにもない。


「GAAA……」


 男の人の魂魄もない。

 助けてあげられない。

 ごめんなさい。


 僕は短く鳴いて、顔を上げた。


 壁の上からいろんな声がする。

 悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。

 でも、聞こえない。

 今は聞きたい声だけを聞く。


「レオン……」

『レオン。あなた……』

「アニキ! アニキー!」

「アニキ様……」


 僕を見つめる女の子と、猫と、子豚の兄妹。

 なんとなく、知っている気がする。

 思い出せないけど。


 でも、いい。


 この子たちを見ていると、心がポカポカするから。

 それだけで僕は頑張れる。


 飲み込んだデミセフィラが僕の中に溶けていく。


 セフィラとデミセフィラ。

 表と裏。

 光と影。

 聖と邪。

 それが一緒になって、新しい力に変わっていく。

 きっと、これが最後だ。


 最後のセフィラが生まれて、セフィロトが完成する。


 だから、僕はもうここにいられない。

 ここにいたら、人も、街も、地面も、空も、耐えられない。

 この世界にいたら、この世界を壊してしまう。


 だから、僕は翼を広げる。

 向かうのは空。

 ドラゴンブレスで出来た蒼い宙の向こう。


「BA……I、BAI」


 うまく、声は聞こえたかな。

 聞こえていたらいいな。

 もっと、もっと、もっと、言いたいことがある気がするけど、思い出せないし、時間もなかった。


 飛び立つ。

 いっぱい風が吹いて、地面が揺れた。

 ああ。もう僕が動くだけで世界が悲鳴を上げてしまう。

 壁の上の人たちも苦しそうだ。


「レオン!」


 そんな中、女の子の声が聞こえた。

 苦しそうで立つのも辛そうだけど、それでも叫ぶ。


「会いに行きますから!」


 一心に僕を見上げて、手を伸ばして、続ける。

 涙を流しながら。


「どんなに離れても、遠くにいってしまっても、会いに行きます! 時間がかかるかもしれませんが、わたしが見つけてみせます! 絶対です! 誓います! だから、待っていてください!」


 ああ。

 うん。

 知らないし、思い出せないし、わからない。

 だけど、なんとなく感じる。


「あなたを一人になんてさせませんから!」


 この子はきっと嘘をつかない。

 言った事を本当にしてくれるって。


 だから、僕はうなずいた。


 待っている。

 ずっと、待っている。


 そして、僕は空の彼方に飛び去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ