172 ドラゴンさん、忘れて、もどる
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「あああああああ!」
まっすぐに行って、まっすぐにたたく。
ただそれだけ。
それだけで地面がこわれて、空気がふきとんで。
「っと、とと!」
僕の腕と『あの人』の腕がぶつかったところが爆発した。
こわれる。
地面が、建物が、空気が、風が、こわれていく。
力と力、生命力と生命力、魔力と魔力。
そんなのがぶつかって、はじけて、バチバチと音を立てる。
近くにいたギルマスが吹っ飛んでしまったけど、どうでもいいや。
僕は腕を前に、前に、前に押していく。
ぐぐぐって『あの人』の体が後ろに倒れそうになった。
「うーん。単純な力はキミの方が上みたいだ」
グルンと体がまわるのを感じた。
見えるものの上と下が反対になって、元にもどって、また反対になって、グルグル回った後に頭から地面にぶつかった。
きっと『あの人』の技だと思う。
「なら、いなすに限る」
「がああああああああああっ!」
知らない。
技という名前は知っているけど、どんなのかはもう思い出せない。
たいせつな事なような気がするけど、わからない。
ああ。考えるのがどんどんヘタになっている。
なんとなく、だれかにごめんなさいって思う。
「があ!」
できる事をする。
倒れたまま腕を振った。
爪の伸びた腕は『あの人』に届かない。
届かないけど、魔力の爪なら届く。
ビュンって長く伸びた魔力の爪が飛んでいった。
「うわ! ただ腕を振るだけなのに魔闘法になってる!」
当たらない。
かわされた。
魔力の爪が空に向かって、雲が斬れただけ。
もう一回。
そう思って、腕を振ろうとして気づく。
「あ……」
『あの人』の向こう。
人間と人間の姿をしたナニカ。
ええっと、あれは……シアンだ!
どうしてすぐに思い出せなかったんだろう。
あんなに大切な人なのに。
「があ?」
わからない。
頭の中がまっしろだ。
胸の中のポカポカだけがのこっている。
ダメだ。
考えられない。
ただ、シアンたちは今にも吹き飛ばされてしまいそうになっている。
僕と『あの人』の戦いのせいだ。
よわよわのシアンたちにはあぶない。
「がああああああああああああああああっ!!」
「おっと?」
ほえて、立ち上がって、そのまま『あの人』につかみかかる。
「それは悪手だよ。組んでワタシに勝てるとは思うのかい?」
けど、またころばされた。
クルクル回って、地面にぶつかる。
すぐに起きてつかむけど、そのたびに転ばされてしまう。
痛くない。
体はぜんぜんへいき。
僕はへいきだけど、地面の方がこわれてしまう。
それじゃダメだ。
あそこにいる人たちがあぶない。
……誰だっけ?
ええっと、ええっと、ダメだ。
すぐに思い出せない。
でも、大切なのはおぼえている。
だから、大切は守らないと。
それだけでいい。
だから、ここで戦っちゃダメ。
「がああっ!」
「うわっ!?」
ころがされるのいっしょに翼をふる。
しっかりと『あの人』をつかんだまま。
六枚の翼。
それが風を起こして、ブワッて僕たちを空につれていく。
「があっ!」
ビューンて空に飛んでいきながら、僕は『あの人』をもっと上へと向けて投げた。
うまくはできない。
僕は技なんて持ってない、知らない、おぼえてないから。
ただ力任せに投げるだけ。
今度は『あの人』がグルグル回る番だった。
空高く、雲の近くまで飛んでいって、そこでやっと止まる。
「力だけでこれとは、まったく嫌になるなあ」
枯れ枝の翼と四角いデミセフィラ。
それで空を飛んでいるみたい。
僕はスゥって息を吸って。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
ほえる。
空気がふるえる。
風があばれる。
さっき斬れた雲が今度はきれいになくなった。
見えない波が『あの人』におそいかかる。
「また魔闘法とはね!」
僕の声に『あの人』が手を伸ばした。
そして、声がぶつかると思った時、大きな爆発になって消えてしまう。
魔法の爆発。
夜の空に炎が広がって、広がって、小さくなって散っていく。
ちょっとだけ明るくなった空の下、『あの人』はやさしく笑っていながら僕を見ている。
まだまだ元気そうだ。
「力はキミ、技はワタシといったところか。ふうん。やっぱりデミセフィラはセフィラに劣るという事かな」
ひとりでおしゃべりしている。
僕にはよくわからない。
力とか技とかわからない。
ただ体がどんどん元気になっている事はわかる。
さっきから体のちょうしがいい。
そうだ。
元気だ。
とても元気だ。
なんだか体が大きくなっている。
それに、尾が、鱗が、角が、牙が出てきて、体にくっついていた布が破けて、風に吹かれて落ちていった。
その下から出てきたのは赤いカラダ。
ああ。
これだ。
僕は知っている。
ううん。
思い出してきた。
これが、本当の僕。
今まで閉じていた目を開けたみたい。
見れるものがいっぱいになる。
そう、僕はこんなふうに世界を見ていた。
十の頭。
六枚の翼。
五本の尾。
赤い、赤い、赤い――深紅の竜鱗。
ドラゴンの僕。
「ああ。ワタシには懐かしいな」
おぼえている。
思い出した。
僕はドラゴン。
人間たちに鮮血の暗黒竜って呼ばれたドラゴン。
足の下。
遠くなった街からたくさんの悲鳴が聞こえた。