171 ドラゴンさん、『あの人』と最後のお話
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セフィラが八つになってから動かなかった体が今はとってもいい感じだ。
生命力と魔力がどんどんあふれてきて、体中をいっぱいにして、増えながらグルグルと回っていく。
そのたびにセフィラの剣とわっかが光って、体が別の何かになっていった。
手の爪が伸びて、耳がとがって、牙が伸びて。
そんな僕の前に立つのがギルマスと『あの人』だ。
「おやおや、キミは自分の【王国】を譲ってしまったんだね。ボクから奪えば良かったのに」
ギルマスが話しかけてくる。
その手を胸に当てて、奥にあるなにかを指さしていた。
魂魄には知っている感じがあった。
さっきノクトが言っていた。
ギルマスが最後の【王国】を持っているって。
それがあれば僕は人間のままでいられるし、シアンは死なないし、トントロも元気でいられるって。
「それともまずは彼女を助けて、自分の分をこれから奪おうというのかな? だとしたら急がないといけないよ。八つのセフィラを持ったまま人間の形でいられる時間は僅かだよ。まあ、そもそもただの人間がセフィラを持っていたとしたら今すぐにでも弾け飛んでいたんだろうけど、その辺りはさすがドラゴンの体といったところだよ。ともあれ、時間は本当に少ないよ。その間にキミはボクと彼を倒さないと――」
「しないよ」
話が長い。
だから、とちゅうだけど言う。
「ギルマスの【王国】はいらない」
ずっと笑っていたギルマスがちょっとだけ目を見開いて、またすぐに笑う。
けど、気持ちはぜんぜん楽しそうな感じじゃない。
これは……怒ってる? 悲しい? こまっている?
「妙な事を言うね。キミは人間になりたがっていて、その夢は叶って、けど、理不尽にも元の境遇に戻されそうになっているんだよ? そして、キミにはその理不尽を打倒しうる力を持っている。なのに、いらない?」
「うん」
いらない。
時間がないっていうのに、ギルマスは話が長いし、同じ事ばっかり言う。
「なぜだい? キミは今が幸せなんだろう? キミはボクが嫌いなんだろう? なら、迷う事なんてないじゃないか。なら、ここでボクと戦って奪えば全て取り戻せるんだよ?」
それはとてもすてきだと思う。
シアンがいて、ノクトがいて、トントロとピートロがいて、なかよしがいっぱいいて、ダンジョンで冒険したり、街で暮らしたりする。
その中に僕がいるのを思い浮かべた。
胸の奥が痛くなる。
でも、答えは変わらない。
「だって、ギルマスはそうしてほしいんでしょ?」
今度こそギルマスが笑わなくなった。
目をびっくり開いて、だまってしまう。
たぶん、僕が言ったのがせいかいだったんだ。
なんとなく、そんな感じがした。
ギルマスは自分の持っている【王国】を僕に取ってもらいたいんだって。
ハンスの体を『あの人』にあげちゃったり。
デミセフィラを『峻厳』さんと『あの人』にあげたり。
アメジスに自分のセフィラをあげたり。
他にもいっぱい、いっぱい、いっぱい色んな事をしていたんだろうけど、きっとぜんぶがこのためだったんじゃないかな?
どうしてギルマスがそんな事をするのか頭のわるい僕にはうまく言えそうにないけど、そんな気がする。
「ははは。『均衡』の、キミの負けだね。策士策に溺れる、とは違うかな。あの子の本能というか、直感に負けたんだ」
ずっとだまっていた『あの人』がギルマスの肩をたたいた。
ノロノロと首を動かしたギルマスがつぶやく。
「……キミは、こうなるとわかっていたのかい?」
「いいや。でも、あの子は無意識に、本能と直感だけで正解を導くからね。いくら策を練っても無駄になるんじゃないかなとは思っていたかな? 残念だったね。ようやく『進める』か『終われる』と思っていたみたいだけど、叶いそうにないね」
「それをキミが言うのかい? ボクを一人きりにして、さっさと退場したキミたちが!」
ギルマスが大きな声でさけぶ。
今まで見た事のないギルマスだ。
とても怒っている。
そんなギルマスに『あの人』は悲しそうに笑った。
「それに関してはすまないと思うよ。ワタシも『峻厳』のも無責任と言われればその通りだった。五百年の停滞を孤独のうちに過ごしたキミの苦悩は察するに余りある」
そう言って『あの人』は、ギルマスの肩に置いていた手に力を入れた。
そして、ギルマスが何かを言うよりも早く動く。
「とはいえ、それが自らの役目を放棄する理由にはならないんじゃないかな?」
ギルマスが地面にたたきつけられる。
目の前で見ていたけど、どうやってそうなったのかよくわからない。
いきなりギルマスが座ったと思ったら、顔から地面にぶつかっていったように見えたけど、きっと『あの人』の技だ。
「キミはそこで最後に役目を果たしなよ。さて、待たせたね?」
『あの人』が前に出てくる。
さっきまでの『あの人』とちょっとちがう。
六つの枯れ枝の翼に四角いの。
デミセフィラ。
そこから暗いモヤモヤが広がっている。
よくない感じがするけど、とっても強い力だ。
僕のセフィラとおんなじぐらい。
僕のよくしっているやさしい笑顔で、『あの人』が話しかけてくる。
「さて、最後の確認だよ。よく考えて答えるんだ。ワタシはこの世界の人々を終わらせようと思う。苦しいままなのはかわいそうだからね」
でも、前とはちがう。
五百年前に『あの人』は人間を守ってほしいって僕に言った。
なのに、今は人間を殺そうとしている。
やさしいまま。
逆の事を言う。
ギルマスに操られているとかじゃない。
なんとなくわかる。
『あの人』は『あの人』のままそう考えて、動いているんだ。
「ダメだよ。そんなの」
僕はそれがいやだ。
むずかしいのはわからない。
考えるのはヘタだ。
よく考えてもわからないのはわからない。
それにさっきから考えるのがだんだんできなくなっている気がする。
だから、考えられなくなっても残っている気持ちだけで答える。
「僕は、人間が、好きだ」
シアンが、みんなが、大好きだ。
大好きなみんなを守りたい。
「どうやら覚悟を問うのは無粋だったみたいだね。ふふふ」
「なにが、楽しいの?」
急に『あの人』が笑い出す。
なにが楽しかったんだろう?
首をかたむけていると、笑うのをやめてやさしい目で僕を見つめてくる。
今だけは前と同じ『あの人』だ。
「いや、五百年前はワタシの言う通りにしかできなかった子が、こうして自分の意思でワタシの前に立ち塞がるんだ。感慨深いよ。子の成長を見た気分というのはこういう感じなのかもしれないね」
よくわからない。
でも、『あの人』はすぐにまた元に戻ってしまう。
人間を殺そうする『あの人』に。
「さあ、始めようか」
「うん」
僕の最後の戦い。