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ドラゴンさんのセカンドライフ  作者: いくさや
第四章 ドラゴンをやめるドラゴン
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169 ドラゴンさん、わけがわからないよ

 169


「セルシウスの魂魄感知は侮れないけど、使い手の意識が別に向いていれば話は別なんだろう? キミたちの戦いぶりは何度も見させてもらったからね。よく知っているよ。おかげで簡単に不意討てた」


 ギルマスがなにか言っているけど、聞こえない。

 まっしろだ。

 頭の中がまっしろで、なにも考えられない。

 ただ目にうつるものが見えているだけ。


 細い腕。

 それがシアンの背中から胸へと突き抜けている。


 胸のまんなか。

 その中にあるはずの大切なモノをつかみだしている。


 まっかなしずく。

 腕から落ちて、地面を赤くそめていく。


「しあ、ん?」


 声が出る。

 あんなに変な感じで話せなかったのに。


 でも、僕が名前を呼んでもシアンは動かない。

 うつむいて、今にも倒れてしまいそう。

 倒れないでいるのは、胸から出てきた腕が支えているから。


 僕はその腕の持ち主を見た。


「ゆっくり休むといい。この苦界で生きるのは辛かっただろう?」


 知っている人。

 前はハンスだった体を持った『あの人』。


「シアンのアネゴをはなすっす!」

「お、お兄ちゃん、待って!」


 トントロが飛び出した。

 すごいいきおいで、『あの人』に黒い大鎧でなぐりかかる。


「あの子の眷属かい。キミもいい子みたいだね。でも、今は静かにしていようか」


 けど、きかない。

 黒い大鎧がすーって流されて、浮かんで、ふっとんでしまった。

 飛び込んだいきおいよりもずっと強く飛ばされていく。

 地面にぶつかって、黒い大鎧はそのまま動かない。


 なんとなくわかる。

 今のは『あの人』の技だ。

 ガルズのおじさんやマリアよりもずっとずっとずっとすごい技だ。


「なん、で?」


 なんで?

 なんで『あの人』がシアンに?

 シアンにこんなひどいことをするの?


「どうして?」

「うん。それは彼女ためだよ」


『あの人』が僕を見る。

 僕が知っている笑顔だ。

 とてもやさしい笑顔。

 そんな笑顔で『あの人』はシアンの心臓をにぎっている。


「シアンの?」

「そうだよ。だって、人に未来はないじゃないか」


 よくわからない。

 人がとか、未来がとか。

 それがなんなの?


 僕がわかっていないと『あの人』にはわかったみたいだ。

 うんとうなずいて、話を続ける。

 ドラゴンだった時の思い出のままのすがたに頭がくらくらした。


「五百年前、ワタシはこの帝国を完成させた。ワタシの庇護下で人々を成長させてあげるためにね。だけど、五百年経っても人々は全く成長していない。いや、より酷くなったというべきか。善なるはごく一部で邪が罷り通るばかり。とてもではないけど、魂の成長は見込めない」


 むずかしい話だ。

 よくわからない。

 けど、人がダメだって言っているような気がする。


「いい人、いるよ」

「そうか。キミは周囲に恵まれたね。でも、そうじゃない人の方が多いんだ」


 わからない。

 わからないよ。


「キミは変わらずいい子だ。でも、思い出してごらん。嫌だな、いじわるだな、そんなふうに思った事はあるだろ? その時に関わった人はどうだった? 魂魄に嫌なものを感じたんじゃないかな?」


 それは……どうだろう。

 いやな魂魄。

 なんとなく、感じたような覚えがある。


「だからさ、成長がない人々は終わらせてあげるに限るんだ。このまま永遠に苦しいだけの世界で生き続けるなら、終わらせてあげるのがワタシたち英雄の最後の役目だ」


 そう言ったとたんに『あの人』の手のひらが赤く燃えだした。

 これ、『峻厳』さんの炎!

 にぎっていたシアンの心臓があっというまに燃えてしまう。


「だから、まずは彼女だ」

「シアン!」

『この、離れなさいっ!』


 ノクトの声がした。

 シアンの体から氷のトゲがいっぱい出てくる。


「おっと?」


『あの人』がシアンから腕をぬいて、後ろにとんでいく。

 それを氷のトゲが追いかけていくけど、爆発が起きて止められてしまった。


 支えていた『あの人』が離れたシアンが倒れそうになる。

 僕が手を伸ばすよりも先に女の人が抱きしめた。


 まっしろなきれいな女の人の姿。

 前にも見た。

 あれは……。


「セルシウス?」


 アメジスが氷の中に入れていた精霊。

 ノクトの本体。

 そのセルシウスがシアンを抱きしめながら、『あの人』をにらみつけている。

 すごいトゲトゲした気持ち。

 燃えるような目だ。


 そんな目で見られているのに『あの人』はふんわり笑ったまま。


「契約者を殺したのに精霊が現界するなんてね。無理をするなあ。いくら大精霊でも滅んでしまうよ?」

『あなたたち、絶対に許さないわ』


 つめたい風が吹いていく。

 何もかもを凍らせる死の吐息。

 だけど、それもとちゅうで止まる。

 まっかな炎にぶつかって。


「また……それ、『峻厳』さんの炎」

「ああ。彼女から受け継いだんだよ。これ、だろ?」


『あの人』の背中から枯れ枝の翼が広がる。

 右と左にみっつずつ。

 あれはデミセフィラ。


「じゃあ『峻厳』さんは……」

「うん。殺したよ。彼女もようやく休めるね」


 あっさりと言った。

 わからない。

 僕には『あの人』がわからないよ。


 なのに、『あの人』はやさしく笑ったまま話を進めてしまう。


「それで、後は……」

「これだね」


 いつの間にかギルマスが『あの人』のとなりにいた。

 手に持っているのは……ふたつの暗い影のかたまり。

 それを『あの人』は受け取ると、ごくんって一気に飲み込んでしまった。


 すると、『あの人』の背中に四角の形が浮かび上がる。

 あれもデミセフィラ。

 これでやっつのデミセフィラが『あの人』に集まったんだ。


「っと、これは、なかなかだね」

「キミでもかい? でも、無理ではないだろう? 今のキミの体は特別だ。何せ英雄の魂魄さえ飲み込んでしまったドラゴンの血肉を食わせ続けたんだから」


 もう、わけがわからない。

 シアンが『あの人』に攻撃されて。

 やさしい人がみんなを殺すなんて言って。

 デミセフィラをいっぱい持って。

 それに、ハンスがドラゴンを食べさせられていた?


『レオン! しっかりなさい!』


 ノクトの声が聞こえた。

 それからガツンッて重たい感じがおでこに。

 氷をぶつけられたみたいだ。


『動けるなら動きなさい! シアンの傷を癒すの! 魂魄はあたしが止めているから、お願いだから動いて!』


 ひっしな目。


「!」


 そうだ。

 わからないのはいつものことだ。

 今はいつもよりもわからないがいっぱいだけど。


 でも、僕は僕ができることをするんだ。


 変な感じのする体は、なんとかする。

 魂魄がたいへんだったってどうでもいい。

 シアンの方がずっと大切だから。


 僕は息を吸って、マナを生命力と魔力に転換する。

 背中のセフィラの剣とわっかが光って、力があふれた。

 のどの奥から血が出る。


「っ、ん、んんっ!」


 けど、飲み込んだ。

 立ち上がる。


「シアン!」


 僕はノクトに抱きしめられるシアンにかけよった。

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