168 ドラゴンさん、まっしろになる
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【基礎】に【美】ってノクトは言った。
それってギルマスの、『均衡』の英雄のセフィラ、だっけ?
どうしてか知らないけど、さっきまでアメジスが持ってたんだよね。
ノクトが僕の後ろにできたわっかをジッと見つめながらつぶやく。
『「持ち主を倒したから所有権が移ったのかしらね。それにしてはタイミングがわからないけど……」』
「『レオン、体に異常は……あるのは見てわかりますが、具合が悪いとかは?』」
心配そうに僕を見上げてくるシアン。
指先で背中のわっかをさわろうとして、やめたりしている。
「体は……」
うん。
変だ。
いつもとちがう。
いつもよりずっと、ずっと、ずっとマナを感じられて、生命力も魔力もいっぱいにできそうで、なんというか強い感じがする。
なのに、頭がぐらんってして、くらくらして、元気なのに元気じゃない。
とても変だ。
僕はどうしちゃったんだろう?
「よくわからない」
立とうとしても立てない。
体に力だが入らない、のとはちがう。
力がうまく入れられない?
うん。
そんな感じだ。
立とうとしているのに、失敗して地面をどがんってやっちゃいそうなんだ。
『「気をつけなさい。これでレオンはセフィラのほとんどを手に入れたのよ。何が起きても不思議じゃないわ」』
気をつけるって、なにを?
変になった体がどうしたらいい感じになるのか、ぜんぜんわからないよ。
そう聞こうとしたけど、声も出ない。
「『ノクト、レオンに何が起きているんですか!? こんなの普通じゃありませんよ!』」
『「今は聞かないで」』
強くノクトが言う。
シアンはハッて顔をして、それから手をギュッとにぎりしめた。
とても悲しそうな顔で、見ていると僕も悲しい。
「『すみません。わかりました』」
『「それよりも場所を変えましょう。どこか落ち着ける場所に……」
「うん。残念だけど、それはダメかな」
びっくりした。
いきなり声がした。
本当に急で、ぜんぜん気づけなかった。
後ろから。
氷だらけの大穴の上。
知っている声がした。
「やあ。やっぱり君たちが勝ったんだ」
見上げるとそこにギルマスがいた。
いつもと変わらないきれいな顔で笑っている。
何もない空にプカプカ。
翼もないのにどうやって浮いてるんだろう。
「まあ、彼とは役者が違うからね。こうなるのは見えていたけど、それでも暴走した大精霊を打倒するなんて素晴らしいよ。キミは本当に英雄として相応しい!」
「『ギルマス……』」
「そうだよ。ギルマスだよ」
にらみつけるシアンに笑顔で答えるギルマス。
やっぱりやな感じがする。
ただ笑っているだけなのに、とても気持ち悪い。
『「知らなかったわ。『均衡』の英雄はこそこそ忍び寄る姑息さが売りだったのね」』
「はは。これは厳しいね。ただ、一点訂正だよ。今のボクはもう『均衡』の英雄じゃないんだ。まあ、当然だよね。英雄が英雄たるセフィラを失っているんだから」
そうだ。
ギルマスはもう英雄さんじゃない。
セフィラを持ってないから。
……本当に持ってないのかな?
聞きたいけど声が出ない。
僕のかわりにノクトが聞いてくれた。
『「とぼけないで。さっきまではわからなかったけど、あなたは何かのセフィラを持っているわ。そうでなければその魂魄に説明がつかないもの」』
「おっと、気づかれちゃったか」
ギルマスはあっさりうなずいた。
隠すつもりはないみたい。
それがノクトは気に入らないみたいだ。
グッと力を入れてにらみつける。
『「最後のセフィラ【王冠】ね」』
「いや、残念。違うよ。第一のセフィラはまだ顕現していない。彼が資格を満たしていないからね」
ちがうの?
たしかセフィラは十個あって。
僕が八個とカケラ。
トントロがカケラ。
そして、ギルマスが最後の一個とカケラを持っているって思っていた。
『「嘘じゃない? でも、それならこの気配は?」』
「キミが知らないのは無理もない。このセフィラは特別なんだ。隠されたセフィラ【知識】というんだけど……」
「『そんな事、今はどうでもいいです!』」
シアンがさけぶ。
ノクトよりもずっと強い目。
見た事のないシアンにびっくりだ。
「『レオンに何をしたんですか!』」
シアンが僕を心配して、怒ってくれている。
それがわかって、ちょっとよろこんでいる自分がいた。
いけない。
シアンは心配してくれているのに、よろこぶなんて変だ。
「『レオンに何かあったら承知しませんよ!』」
『「そうね。今までのあたしたちと一緒にしているなら痛い目を見るわよ」』
猫っぽいシアンの感じが変わる。
これは……精霊セルシウスの感じだ。
魔力が、強い。
さっきまで戦っていたセルシウスよりも。
もっとだ。
「なるほど。これが契約者と精霊が互いに望んだ契約なんだね。うん。先代の彼とはレベルが違うようだ」
そうだ。
アメジスを倒したから、シアンとノクトはセルシウスの力をしっかり使えるんだ。
「『氷漬けにされたくなければ、答えて下さい! 今のわたしは気が長くはありませんからね!』」
「うん。いいよ」
大きな声のシアンとノクトにギルマスはあっさりうなずいた。
びっくりしちゃったみたいで、シアンとノクトが口をパクパクさせている。
そんな僕たちをにこりと見下ろして、ギルマスが続ける。
「とはいえ、何が起きたかはもう察しているんじゃないかな。彼が抱える力に対して、土台が脆いと言うだけの事だよ」
むずかしいお話みたいだ。
でも、それでシアンとノクトにはわかったみたいでむずかしい顔になってしまった。
それから黒い大鎧の中でピートロが息をのんでいるのが伝わってきた。
「本来、セフィロトは【王国】の上にあるんだ。それが『峻厳』、『慈悲』、『均衡』と三本の御柱を揃えたというのに、肝心の【王国】が半分以下では支えきれるわけがない。当然、無理が出るに決まっているじゃないか」
それぐらいもうわかっているんだろう?
そうやってシアンたちを見るギルマス。
シアンは何も言い返さない。
僕とトントロだけがわかってないけど、なんとなく嫌な感じがする。
「となると、解決方法はひとつだけだね。足りない分を補うしかないわけだけど」
ギルマスがトントロとピートロを見た。
とてもきれいて、ひどい笑顔だ。
「君たちが正しい持ち主に返せば解決するだよ?」
「? なんのことっすか?」
「お、お兄ちゃんは、お兄ちゃんは……でも、アニキ様が、そんなのって……」
『「黙りなさい! あなたたちも聞く必要はないわ!」』
ノクトがどなる。
本当に怒っている。
猫だったらしっぽがピンと立っている。
でも、ギルマスは笑ったままだ。
肩をすくめている。
「話せと言ったり黙れと言ったり忙しいね。まあ、この選択肢は無理という事でいいのかな?」
「『当たり前です。レオンもトントロも失わせるわけにはいきません』」
シアンの声が重い。
とても苦しそうだ。
よくわからないけど、ギルマスが悪いのはわかる。
「となると、もうひとつの欠片を奪うしかないね?」
ギルマスが両手を広げた。
ニコニコと笑っている。
ほんとうに、気持ち悪い。
「さあ、どうするのかな?」
シアンとノクトは少しだけジッとだまって、それから顔を上げた。
何かを決めた顔。
強い気持ちが、痛いぐらいに目から伝わってくる。
「『決まっています。わたしは大切なものを守ります』」
『「優先順位は決まっているもの。その覚悟ぐらいできて--」』
声が、止まる。
どうしたんだろうって見て、気づいて、頭の中がまっしろになった。
「……え?」
シアンの胸から細い腕が生えていた。