167 ドラゴンさん、わっかを手に入れる
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お腹の下からのどを通り過ぎていく熱い感じ。
空の上で赤い血がぶわって広がっていった。
「けほっ! んん……あっ、あれ!?」
びっくりして、頭の中がふんわりして、ちょっと見えるものがグルグルしてって思っていたら、いつのまにか僕は下に落ちていくところだった。
ひゅーんって落ちている。
あわてて翼を動かそうとしたけどダメだ。
うまく動いてくれない。
このままだとトントロとピートロが作った大穴にまっさかさまになっちゃう。
氷ばっかりで、落ちたら痛そうだなあ。
「『レオン!』」
そう思っていたらシアンの声がした。
見ると猫っぽいシアンが僕に向かって手を伸ばしている。
「わわっ」
急に落ちるのが止まった。
翼を動かしてもいないのに落ちない。
いつものふんわり感もないのに、空に浮かんでいる。
ふしぎだ。
『「ぼんやりしていないで動きなさい! シアンが止めているのは『落ちる』だけよ!」』
これはノクトの声。
いろんなのを止められるシアンとノクトだけど、今は僕が落ちるのを止めてくれているんだね。
じゃあ、きっと体も動かせるはず。
でも、翼はまだうまく動かせないし、セフィラの剣も光るのをやめてシンとしたままだ。
だから、手と足を動かす。
バタバタしていたらちょっとずつ頭の方に進み始めて、続けていたら穴の上から、地面の上まで来れた。
『「動きさないって言ったのはあたしだけど、あの子……空を泳いでいるわよ。どういう理屈で移動しているのかしら」』
「『レオンですから……』」
なんかシアンとノクトがお話している。
これ、空を泳ぐっていうんだね。
さすがノクト、ものしりだ。
そうしている間に僕の下にトントロとピートロがやってくる。
黒い大鎧の両手を振っていた。
「アニキー! オイラ、うけとめるっすー!」
「え、お兄ちゃん。大丈夫なの? アニキ様、受け止められる?」
「まかせるっす!」
トントロが受け止めてくれるなら安心だ。
僕はシアンの方を見た。
『「不安しかないわね」』
「『どの道、そろそろわたしも限界です。トントロ、お願いしますよ』」
シアンが手を下ろすと、落ちるのがまた始まった。
さっき下にあったのは氷だらけの大穴だったけど、今はふつうの地面にトントロだ。
きっと痛くない。
ヒューって落ちていって。
「つかまえったっす!」
トントロにつかまえられちゃった。
バシンって。
大きくて固い金属の鎧の手で。
右と左からいっしょに。
むぎゅう。
「アニキ! しっかりつかんだっす! カンペキっす! ……あれ、アニキ?」
「アニキ様!? ちょ、ちょっとお兄ちゃん! アニキ様が潰れてるから! ぺちゃんこになっちゃうから!」
金属の手の向こうからトントロとピートロの声がする。
二匹はとても元気そうだけど、ちょっと僕は痛いし苦しいよ。
「うわわっす。やっちまったっす」
「お兄ちゃん、ダメ! アニキ様がシェイクされちゃうから!」
あわてたトントロが手を上や下に振っているみたいだ。
うぅ。変な感じ。
『「いいから、早くレオンを下ろしてあげなさい。大丈夫よ。レオンがそれぐらいで死んだりはしないでしょう」』
「『いえ、それでも痛いのは痛いでしょうし、苦しいのは苦しいでしょうから。トントロはとにかく落ち着いてください。それからそっと下してくださいね』」
シアンとノクトの声がして、しばらくしたらやっとはなしてもらえた。
地面にねこっろがった僕をみんなが見ている。
「アニキ、ごめんっす! オイラ、ダメなしゃてえっす……」
「アニキ様、ごめんなさい! お兄ちゃん、本当に悪気はないんです。ただ、ちょっと猪突猛進というか、前しか見れないというか。いつでも全力全開というか……」
「いいよ、トントロ。ピートロも、わかってるから。僕は怒ってないよ」
あわあわしているトントロとピートロをなでてあげたいけど、今は鎧の中だ。
鎧をポンポンしておく。
その手をシアンににぎりしめてきた。
「『レオン、大丈夫ですか? 遠い上に暗くて見えづからったですけど、血を吐いていませんでしたか?』」
あ、見えてたんだ。
シアンを心配させたくないからひみつにしちゃおうかな。
『「嘘は嫌いよ。誤魔化しもね。まあ、相手を思いやるそれはそこまで嫌な感じはしないのだけど……レオン、口元に血がついたままよ」』
先にノクトにしかられてしまった。
そっか。口に血がついてたらわかっちゃうか。
「うん。なんだか、ひさしぶりにげふっなっちゃった」
あれは僕がまだ人間になったばかりの時、いっぱい力を使った後になっていたやつだ。
うまく力を使えばだいじょうぶだったのに、どうしたんだろう?
力はこれ以上ないぐらいにうまく使えたと思うんだけど。
『「やっぱり体に負担がかかっているみたいね。仕方なかったのかもしれないし、あたしたちのトラブルに巻き込んだ立場で言えた事じゃないけど、さっきみたいに剣で大技を使うのはやめなさい」』
「うん。気をつける」
やっぱり弓じゃなくて剣を使ったせいなんだ。
ざんねん。
剣、好きなんだけどなあ。
「『やっぱりって、ノクト。レオンの体調について何か知っているんですか?』」
『「確信はなかったけどね。今のレオンは一部が欠けてしまっているから、それが影響しているのよ」』
ノクトがノクトっぽくない言い方をする。
どうしたんだろう?
シアンも不思議そうな顔をしている。
「あの、ノクトのアネゴ様。それって」
「どうしたっすか?」
けど、トントロとピートロを見てうなずいた。
僕はよくわからないけど、シアンにはノクトの気持ちがわかったみたいだ。
すごい。
さすがシアンとノクトだ。
けど、どうしてだろう? ちょっとだけ胸の中がモヤモヤするような?
「『わかりました。今は言及しないでおきますね。さあ、トントロにピートロ。大物は倒しましたけど、まだ油断はできませんよ! あのいけ好かない女たちがどうなったかわかりませんが……』」
シアンが二匹に話しかけたところで、きた。
見えない何かが。
音も、匂いも、気配もなく。
まるでそれが当たり前みたいに。
僕の中に入ってくる。
「――っ!?」
「『レオン!?』」
胸をおさえて、声が出るのをガマン。
でも、すぐにシアンが気づいたみたいだ。
シアンが背中を支えてくれて、おでこに手を当ててくる。
細くて冷たい感じがきもちいい。
けど、今はあんまりそれを気にしていられない。
これは知らない感じだ。
熱いとか、寒いとかともちがう。
痛いとか、気持ちいいとかとも。
似ているのは……そう。お腹がいっぱいになった時の感じ。
あれにちょっとだけ近い、かも?
「だいじょぶ……」
心配そうにしているシアンの手をにぎる。
うん。冷たくてきもちいい。
それと気持ちがあったかくなる。
これもふしぎな感じだ。
「あれ?」
そんな事をしていると、変な感じが消えた。
胸の中に入ってきたそれは、体のまんなかのあたりに来ると、とけるみたいに僕といっしょになっていったんだ。
今ではもう前と今のちがいもわからない。
「『れ、レオン。その、どうしちゃったんですか? いくらわたしが魅力的すぎるからって手を握りしめたまま情熱的に見つめてくるなんて……はっ! もしかして、不安なんですか? 天才できれいで婚約者なわたしにすがりたい気持ちなんですね! もう、レオンは仕方ないですね! さあ、特別に手をにぎにぎしてあげましょう!』」
『「おバカ。そんな場合じゃないわよ。レオン、背中が見えるかしら」』
ニッコニッコのシアンがノクトにしかられた。
それから僕の背中が気になるみたいなことを言う。
僕はがんばって背中を見ると、そこには六枚のドラゴンの翼。
それから六本のセフィラの剣。
そして。
「光るわっか?」
小さいのと大きいの。
キラキラ光るわっかが背中に浮いていた。
「なに、これ?」
なんとなく知っている感じがするけど、こんなの知らない。
ふしぎに思っているとノクトがため息をついた。
『「それ、セフィラよ。【基礎】に【美】ね。まったく、どうしたものかしら……」』
そうして、ノクトはため息をついた。