166 ドラゴンさん、斬る
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空から見た穴は大きくて、ふかい。
穴の一番下がどうなっているか、僕みたいに目がよくないと見えないかも。
「これ、どこまで落ちたんだろう?」
トントロとピートロはがんばったんだね。
前は弓聖さんのお家だった辺りがぜんぶ穴になっている。
こんなに大きくて深い穴……いい。
これなら僕がおもいっきり攻撃しても街をこわさないですみそう。
「うん。がんばろう」
さあ、精霊セルシウスとアメジスはどこだろう。
じっと見ていたら、見えた。
ずっと下の方。
今も下に落ちながら、氷のツタを広げている。
アメジスは、そのまんなか。
もう、体はなくなっちゃっている。
ぼろぼろの今にもこわれてなくなっちゃいそうな魂魄だけがのこって、今もくるしそう。
シアンやノクトが『終わらせてあげる』って言っていたのはこういうことなんだ。
アメジスはいやなことをする人だったし、シアンをいっぱい悲しませたけど、それでもこのままなのはかわいそうだ。
助けてあげられればよかったけど……。
「ごめんね」
トントロの時みたいにはできない。
体がなくなっちゃって、魂魄ももう治せそうにない。
あれじゃあ生き返らせてあげられない。
僕はドラゴンシャフトを弓の形に変えて、とめる。
セルシウスとアメジスを見てたらわかった。
「あ、これはダメだ」
さっきまでガラスの矢を思いっきり撃とうと思っていたけど……ダメ、かも?
なんとなく、ガラスの矢でどんなにがんばってもアメジスまで届かない気がする。
さっきも三本撃ったの止められちゃったし。
シアンとノクトがなにかしてくれようとしているけど、それでも足らない。
たぶん、『速い』じゃダメなんだ。
セルシウスの『止める』に負けちゃう。
どんなに速くしても今のセルシウスには届かない。
「うーん。なら、速くするんじゃなくて……そうだ。パッと飛んじゃえば」
前に見た『峻厳』さんのパッと飛んでいくやつを思い出す。
けど、それもダメな気がする。
あれ、魔力でこっちとあっちをつなげるんだけど、その魔力も氷に当たったら止められちゃいそうだ。
「どうしよう」
下でシアンとノクトが僕を待っている。
青白い針を今にも撃とうとしている。
というか、ちょっと大変そう。
あせっている。
「『れ、レオン? まだですか!? これ、維持するのかなり辛いんですけど!』」
まずい。
シアンがちょっと泣きそう。
本当にどうしよう。
いそがないとシアンが苦しそうだ。
でも、ガラスの矢もパッと行くのもダメだから――うん。
「考えてもダメなら、僕らしくがんばろう」
しっかり考えなさいってノクトにしかられちゃいそうだけど、今はそれが正解な気がする。
だから、そうする。
ドラゴンシャフトを剣にする。
弓でも、槍でも、斧でもない。
剣が一番いい。
弓だと威力が足りない。
槍だと範囲が足りない。
斧だと鋭さが足りない。
だから、剣で斬るんだ。
うん。それがいい。
ノクトに弓を使えって言われてたからこればっかり使っていたけど、本当は剣がいちばん好きだし。
ガルズのおじさんに教えてもらった剣。
これが一番うまく使える。
「生命力、魔力、どっちもいっぱい」
まわりのマナを吸い込んで、ぜんぶ生命力と魔力にすると、広げた翼とセフィラの剣が光り始めた。
魂魄がドクドクと心臓みたいにゆれる。
なんだかセフィラが元気だ。
この感じは、アメジスが持っているふたつのセフィラと響き合っている。
よくわからないけど、これならちゃんと当てられそうだ。
「シアン、行くよ!」
『「ええ! わたしに続いてください!」』
シアンが両手を持ち上げて、そのまま穴へと振り下ろした。
それに続いて浮かんでいた青白い針がスッと穴へと入っていく。
すると、カチンという音が夜空にひびいて、止まった。
音も、風も、ない。
シンと静かに、動きを止めている。
セルシウスの氷のツタも動かない。
まるで氷の像みたいにピタリと固まって、そのまま眠ってしまっていた。
今だ。
僕はドラゴンシャフトの魔力剣をふりかぶる。
思い出すのはガルズのおじさんとの特訓。
剣のうまい人は動きがきれいだった。
速くて、強くて、それでいて本当に必要なモノだけが残っていて、見ていると心が吸い込まれそうな感じだった。
あのきれいは何にも負けない。
硬いとか、やわらかいとか。
近いとか、遠いとか。
止まるとかにも負けない。
それを思い浮かべて、そうなるように僕も剣を振る。
魔闘法――竜人撃:天地竜『斬』
斬る。
それだけにすべてを注ぎ込む。
他の事は何もいらない。
考えも、思いも、その意味も。
流れるように体が動いて――。
ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいんっ
音がおくれて、聞こえてきた。
その音で僕は自分が剣を振り終わった事に気づいた。
いつのまにか振り切っていた魔力剣を持ち上げて、僕は息をするのも忘れていたのに気がついて、大きく息を吸って、吐いた。
なんだかとてもつかれた。
汗がいっぱいだ。
でも、だいじょうぶ。
「……うん。斬れた」
見下ろした穴の底。
セルシウスの氷に飲み込まれたアメジス。
ボロボロの魂魄は変わらないように見えた。
シアンたちの力で止まったままだ。
でも、ちがう。
もう斬れている。
僕が魔力剣をドラゴンシャフトにもどすと、それを待っていたみたいに氷の上に一本の線が走った。
細くて長い線。
セルシウスの氷の端っこから端っこまでに届くと、右と左に分かれて倒れた。
ごとんって重そうな音がする。
アメジスの魂魄もふたつになっていた。
ボロボロだった魂魄がゆっくりとくずれていって、白い光になって空にとけていく。
「さよなら、アメジス」
助けてあげられなくて、ごめんね。
そう心の中でつぶやいて。
「ごふっ!?」
僕はいっぱい血を吐いた。