165 ドラゴンさん、みんなの準備をまつ
遅くなってしまい、すみません。
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「作戦はシンプルです。わたしとノクトでセルシウスの停止を緩和します。その間、トントロとピートロで氷が広がるのを止めて下さい」
『あの氷のツタ、触ったら氷漬けよ。できるかしら?』
「うっす! なんとかするっす! オイラとピートロならきっとできるっす!」
「お兄ちゃん、何も考えてないよね? でも、はい! わたくし、頑張りますから! あのツタに触らなければいいんだから……」
トントロとピートロが入っている黒い鎧がガシャガシャって音を立ててとびはねる。
二匹ともやる気がすごいね。
ピートロはなにか考えているみたいだから、きっとへいきだ。
「僕は?」
「レオンはとどめをお願いします。いつもいつも肝心なところをお願いしてごめんなさい。でも、これはレオンにしか頼めません」
いいよ。
戦うのは好きじゃないけど、ずっと昔からやっていた。
それで怖がられたり、きらわれていたのが、今はシアンが、みんながよろこんでくれるんだから。
なにもいやな事はない。
「任せて」
「ありがとうございます」
『感謝するわ。あたしが迷惑をかけるわね』
僕はノクトの頭をそっとなでようとしたけど、前足でげしってされてしまった。
ざんねん。
「近くにいた人たちも避難したみたいですね」
その間にシアンはまわりを見ている。
さっきまでいっぱいいた人たちはもういない。
マリアが遠くにつれていってくれたんだね。
ノクトもうなずいている。
『ええ。領主館の周りに人はいないわ。東西南北、きっちり避難させたみたいね。今も北側に続々と人が移動している。さすがは迷宮都市。避難が早い』
「まあ、直近にダンジョンがありますからね。モンスターが出てくるかもしれないって考えれば避難訓練は必須です」
そうなんだ。
でも、よかった。
街の真ん中は僕たちが。
南側では『あの人』と『峻厳』さんとギルマスが戦っているんだ。
ふつうの人がいたらあぶない。
「では、早速始めましょうか。時間をかけるだけ被害が広がってしまいますし、厚みが増してしまいますからね」
『シアン。あれに干渉するなら最低限になさい。全体を抑え込もうなんてしても逆にのみこまれるのがオチよ』
「ええ。心得てます。わたしは天才ですからね! レオン、狙うは一点突破です! 見逃しちゃダメですよ?」
よくわからないけど、わかった。
一撃。
それでセルシウスの中に閉じ込められているアメジスの魂魄を倒せばいいんだよね。
「じゃあ、行くっす!」
「うん。行こう、お兄ちゃん。アニキ様、アネゴ様、あの……あれ、落としちゃいますから、近づかないで下さい!」
トントロとピートロが入った黒い鎧が動き出す。
すごい生命力と魔力だなあ。
前よりずっと強いけど、さっきよりももっと強くなってる。
『急速にセフィラが馴染んでいるわね』
「なんだか、トントロもピートロもわたしより強くなっているような……いえ、そんな事はないです! あの子たちも成長していますが、わたしはもっともっと成長しているはずですからね!」
黒い鎧が行ってしまったけど、少ししたら目の前を通り過ぎていく。
何をしているんだろうって魂魄を追いかけて感じ取ると、弓聖さんのお家の周りをまわっているみたいだ。
散歩かな?
楽しそう。
「これは、ピートロの魔導ですか?」
魔導?
ピートロが何かやってるの?
シアンがまじめな顔をしている。
僕はよくわからないけど、魔導使いの天才のシアンにはピートロが何かをやっているのがわかるみたいだ。
すごい。
「最初は土の点で、次は線、じゃあ、次の一周で面で、立体でしょうか? この連続起動に、正確な狙い……ピートロ、おそろしい子です!」
シアン、そんないじわるを言っちゃダメだ。
ピートロはこわくないよ。
かわいいよ。
しっぽがとってもピコピコで、もじもじするとゆれるんだ。
ピートロのかわいさを教えないとって考えていると、いきなり地面がゆれ始めた。
最初はちょっとだけだったけど、だんだん強くなって、ぐらぐらし始めた。
『これは?』
「ええ。ピートロの魔導です。あの子、地面を落とすつもりですよ」
地面を、落とす?
シアンが変な事を言う。
「これが、あの子の領域なんですね」
領域って、たしかすごい魔導のこと。
僕はそれがどういう事なのか、すぐに見る事になった。
ぐらぐらしていた地面が止まった。
そう思ったすぐあと。
ちょうど、走り回っていた黒い鎧が僕たちの前で止まる。
そこから聞こえてくる二匹の声。
「すっごいトントロなぐりっすー!」
トントロが両手を地面にたたきつけた。
ピートロの声がつづく。
「〈点・線・面・立体〉=領域・多重展開→1000・土属性――」
なんかすごそう。
転換された魔力の量だけでもわかる。
「――土精沈殿です!」
魔導が、完成した。
黒い鎧の手が刺さったところ。
そこから前に向かって地面がこわれていく。
へこんで、ひびができて、ひびが大きくなって、つながって。
弓聖さんのお家、その周り中から真ん中に向かってだ。
どんどん、どんどん、どんどんと広がって、ちいさなかけらがかたまりになって、かたまりが岩になって、岩が岩盤になっていった。
「すごい」
ひびはもうひびじゃなくなっている。
これはもう地面がこわれたっていう方がピッタリだ。
「落ちるっす!」
「落ちてください」
二匹の声がそろうのと、すごい音がして地面が落ちたのはいっしょだった。
こわれた地面が落ちていく。
下に。
まっくらな地面の底に。
上にのっていた物も巻き込んで。
弓聖さんのお家だけじゃない。
セルシウスとアメジスも。
氷のツタが広がろうとしているけど、意味がない。
こおった地面ごと落ちてしまっているんだから。
「『これは負けていられませんね』」
『「まったく。天才の保護者は辛いわ」』
びっくりしている僕のとなりには黒猫になったシアンとノクト。
いつもの本気のかっこうだけど、ちょっとだけちがうような?
なんだろうって思って、すぐに気づいた。
シアンが持っているのが杖じゃない。
杖ににてるけど、あれは針?
「『レオンの矢の影響ですかね?』」
『「さあ。でも、今のあなたはこの方が届くって感じたんでしょう? なら、そうなさいな。元より精霊は魂魄に近い存在よ。イメージがそのまま力になるわ」』
ノクトがむずかしい話をしている。
でも、シアンは一回うなずくと笑った。
「『なら、簡単です。わたしは天才ですからね! 天才はいつだって一番いい方法で結果を出すんです!』」
『「おバカ。でも、それぐらいの方があたしの契約者には相応しいわ」』
ノクトの悲しそうな感じが落ちていったセルシウスを――ううん、アメジスに向けられて、すぐに消えた。
『「終わらせてあげなさい」』
「『……ええ。さようなら、アメジス――お父さん』」
針が投げられる。
クルクルとまわる針。
それが地面にできた大きな穴の真ん中まで届いたところで、ピッと空に止まった。
そして、青白い光になって飛ぶ。
それがどうなったのか見るよりも先に、シアンとノクトがさけんだ。
「『レオン、お願いします!』」
「うん」
僕はドラゴンシャフトを手に、空へと飛びあがった。