164 ドラゴンさん、力を合わせる
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シアンとノクトがマリアたちにお話してくれた。
僕たちがわかれた後の事。
アメジスとの戦いと弓聖さんのお家であった事だ。
アメジスに勝てたけど、弓聖さんのお家に逃げられちゃって、それから精霊の力が暴れ始めたって。
なぜか、シアンとノクトはギルマスの事は話さない。
セフィラとか、三英雄の事も。
ただ『あの人』と精霊セルシウスが暴走したとだけしか言わない。
わすれちゃったのかなってふしぎに思っていたら、シアンがくちびるをさわってきた。
「あむ。れろ」
くわえてみた。
なめてみた。
「わひゃんっ!?」
シアンの指の味がした。
おもしろいのがついたりしてないみたい。
なんだったんだろう?
シアンがあわてて僕の口から指をひっこぬく。
顔をまっかっかにして、自分で自分を抱きしめるみたいなポーズでアワアワしていた。
「な、なにをしますか!? いくらわたしが食べちゃいたいくらいかわいいからって本当に食べちゃいけません! いえ、その、別の意味で食べるのだったらいいってわけじゃないですからね? そ、そういうの、興味がないわけじゃありませんけど、まだわたしたちに早いですから……」
食べるっていろんな意味があるのかな?
シアンは僕が知らない事をいっぱいしってるなあ。
今度、教えてもらおう。
「と、とにかく、今はしーです。いいですね?」
「うん。わからないけど、わかった」
そんなふうに話していたら、ノクトがため息をついた。
『この子たちは、もう……』
「何かは知りませんがー、何かを隠そうとしているのはわかっちゃいますねー」
『だったら、気づかないふりぐらいしなさいな』
「これで気づかない方が不自然ですよー?」
ノクトとマリアだけでわかりあっている。
頭がいい猫と人はすごいなあ。
僕にはさっぱりだ。
うんうんとうなずいていると、マリアがこまったみたいに笑った。
「まあー、いいですよー。私が知らない方がいい事なんですよねー?」
マリアは小さく『ギルマス、何をしたんですか?』ってつぶやいている。
苦しそうな声で、僕の胸まで痛くなりそう。
ノクトも聞こえていたと思うけど、ツンとそっぽを向いてしまった。
『さあ、どうかしら? ともかく、今はこの事態を収拾しないとエルグラドが滅びかねないのは事実よ』
お話している間も氷のツタは広がっている。
僕たちの方だけじゃない。
あっちこっち。
北にも南にも東にも西にも。
ゆっくりと弓聖さんのお家だった場所を凍らせていっている。
上から見なくてもわかった。
ここからでも建物や庭が白くなっていくのが見え始めたから。
「あの氷、止められますー?」
『普通の手段じゃ無理ね。触れただけで氷漬けにされて、飲み込まれるのが見えているわ。武器だけじゃない。魔導も一緒よ』
「ですね。精霊と同格の攻撃でないと効果は望めません」
あの氷、僕のピカって光る矢も止めちゃったもんね。
最初みたいに『峻厳』さんに手伝ってもらってない矢だったけど、がんばって撃ったんだけどなあ。
「……わかりましたー。私ではー力不足なんですねー。ならー、冒険者ギルドからー、避難指示を出しましょうー。ギルド職員の幹部にはー、緊急時の権限がありますしー、ギルマス不在の今ならー、私が代理で発令できますよー。幸いー、役所の職員も近くに集まっているみたいですし、説得の必要がなさそうですー。レオン君が全力で戦うならー、周りに誰もいない方がいいですもんねー」
マリアは小さく息を吐いて、それから周りを見回した。
知っている人を見つけたみたいだ。
『裏方を押し付けられてもいいのかしら?』
「試すような事を言わないで下さいー。私はー、私のできる事ぐらいわかっているつもりですからー」
マリアは自分を見上げるノクトの頭をなでる。
いやそうな顔をするノクトだけど、その手から逃げなかった。
「この街は私の故郷で、居場所ですから。守るためにできる限りをするだけです」
いつもとちょっと違う感じにしゃべるマリア。
ちょこんってノクトのおでこをつつくと、早足で僕たちからはなれていく。
「じゃあー、みんなー。この街をお願いねー?」
にっこりと笑って行ってしまうマリア。
けど、その手がぎゅうってにぎりしめられて、ちょっと痛そうだ。
マリアが集めている人たちに話しかけると、すぐにいそがしそうに皆が走り始めた。
あっちにいったり、こっちにいったり、大きな声でお話しながら町中に向かっていく。
きっと近くの人に逃げるように教えてに行くんだね。
「街の命運とはずいぶん重たいものを受け取ってしまいましたね」
『どの道、あたしたちは無関係じゃないでしょ。巻き込んでしまった責任を取らないと……って、ギルマスがどこまで誘導していたかわからないから責任感が曖昧だけど』
「どちらかというと、わたしたちも利用された側な気がしますね」
『そう考えると雲隠れしたくなるわね。あたしの本体も暴走しつくした後なら案外簡単に取り戻せそうな気もするし』
そんなふうに言っているけど、シアンとノクトもまっすぐに氷のツタの方を見つめている。
逃げようなんて思ってないみたいだ。
「アニキ、オイラはなにをするっすか!? あの氷、なぐるっすか!?」
「ダメだよ、お兄ちゃん! 普通の氷じゃないんだって。触っちゃったら氷漬けにされちゃうよ!」
「え、こわいっす! オイラ、こおらせてもおいしくないっすよ!」
「おいしいとかじゃないよ、お兄ちゃん……」
トントロとピートロも元気だ。
黒い鎧の中でなかよしにお話している。
「それで、どうしようか?」
僕はドラゴンシャフトを弓にして、話しかける。
氷のツタはどんどん近づいていっている。
いい方法がないなら、ピカっと光る矢をいっぱい、いっぱい、いっぱい撃って止めるしかない。
大変そうだけど、きっとできる。
けど、シアンが僕の手の上に手を重ねた。
首を横に振って、またくちびるに指を置いてくる。
「レオンにばかり負担をかけられません。今回はわたしたち全員で対処しましょう」
……パクっとしたい。
なんだかシアンの指はおいしそうで、こまる。
さっき怒られちゃったからしないけど。
ガマン、ガマン。
『そうは言っても、何か策はあるのかしら?』
僕がガマンしているとノクトがシアンを見上げて聞く。
トントロとピートロも見つめていた。
シアンは自信いっぱいに笑う。
「策なんて必要ありません。力技でセルシウスの氷を打ち抜きましょう」
『打ち抜くって、あなた。本当に力技じゃない』
「あの、精霊セルシウスとアネゴ様たちが契約をすれば止められませんか?」
ピートロに聞かれて、シアンとノクトは首を振った。
「残念ですが今の契約者はまだアメジスです」
『アメジスがいなくなれば契約者をシアンに変更できるけどね。あの氷の中心でアメジスはまだ生きている――いえ、生かされているわ。契約の書き換えは無理ね』
氷のツタの奥を見る。
アメジスの魂魄を感じる。
感じるけど、これは生きている感じとちょっとちがう。
眠っているような、止まっているような感じ。
消えちゃっているはずなのに、どうしてか残ってしまったまま、セルシウスの氷の中で固まっている。
シアンはちょっとだけ唇をかんで、それから続ける。
「だからこそ、セルシウスの氷を突破して、アメジスを終わらせる必要があるんです」
シアンが心配だ。
でも、もう決めたって顔をしている。
かっこいい顔。
だから、言わない。
僕はシアンの手を取って、にぎりしめた。
「ふふ。ありがとうございます、レオン。わたしは大丈夫です」
『こんな時までお熱い事で。まあ、シアンの言う事もわかったわ。無制限に氷を出せるセルシウスより、中核になっているアメジスを狙うのは理にかなっているわ。幸い、ここにはそこに届きうる力の持ち主がいるのだし』
僕たちを見ていくノクト。
僕はセフィラをいっぱい持っていて、強い。
トントロとピートロもセフィラの欠片を持っていて、強い。
シアンとノクトは精霊の力を使える。
そんな僕たちなら暴走した精霊セルシウスを止められる。
シアンはビシッと氷のツタの方を指さした。
「だから、ここは正攻法です。力を合わせての一点突破。わたしたちで力を合わせてセルシウスを止めますよ!」