158 ドラゴンさん、ふらっとする
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「うん」
弓聖さんの像がなくなったところを見る。
とっても大きな弓聖さんとドラゴンの像。
そっちはきれいになくなって、下の方にある大きなお家だけが残っていた。
「うん」
近くを見る。
アメジスと精霊セルシウス。
ボロボロだけどちゃんと生きているのがわかる。
「うん」
かんぺきだ。
やりたいことがちゃんとできた。
気持ちがふわふわしていて、あったかい。
とてもまんぞくだ。
まんぞくだけど。
「……やっちゃった」
人の物をこわしちゃうのはダメだよね。
僕はあの像がいやだったけど、弓聖さんは好きだったかもしれない。
きっと弓聖さんは今ごろガッカリしちゃっていると思う。
それに街も。
シアンが守ってくれたけど、それでも最後のはやりすぎちゃったかもだ。
魔導でできていた水の壁がふっとんじゃっている。
近くの建物とか道にひびができてしまっていた。
「あの、レオン?」
後ろからシアンが呼んでくる。
「……やっちゃった」
「え、やっちゃったって。見たところ直撃は回避したみたいですけど、セルシウスまでやっちゃったんですか?」
シアンはセルシウスが心配みたい。
ノクトの本体なんだからあたりまえだ。
そんなシアンの足の間からノクトが顔を出す。
『そっちは大丈夫よ。セルシウスが死んでいたら、今頃あたしも消えていたわ』
ジトッとした目で僕を見上げてくるノクト。
『直撃していたら危なかったわね。普通の攻撃で精霊を傷つけるなんて無理だけど、さっきのあれなら余裕で精霊を消滅させられるもの』
うう。
おこってる。
ノクトがおこってる。
しっぽがたしーん、たしーんって地面をたたいていて、とても怖い。
「ごめんなさい。忘れちゃってた」
「あの、ノクト? 気持ちはわかりますが、厳しい戦いの最中だったのですし許してあげましょう? ね?」
僕があやまって、シアンがノクトを持ち上げて背中をなでる。
それでもノクトはブンブンしっぽをふっていたけど、しばらくしてため息をついた。
『いいわよ。いいように利用されていたのはあたしの方なのだから。ちゃんと当たらないように曲げてくれたしね』
うん。
曲げられてよかったよ。
できるかどうかわからなかったけど、曲がれーってお願いしたらちゃんと矢は曲がってくれた。
じゃなかったら、アメジスとセルシウスが弓聖さんの像みたいに消えちゃってたと思う。
「それにしても、本当にすごい技でしたねー。あの矢、どこまで行っちゃったんです?」
「さあ……。空のずっと上の方にいっちゃったけど」
僕がしっかり見ても、もう見えない。
とても暗くて、とても冷たくて、とてもさびしい空みたいな中をまだ飛んでるっぽいけど……ま、いっか。
「あっさり星の頸木を越えやがってよ」
あ、『峻厳』さんだ。
おでこに手を当てて、なんだか頭がいたそうだ。
だいじょうぶかな?
「どうしたの?」
「どうした、だ? またひとつ資格を有しておめでとうだ、この野郎」
指の間から僕を見る目は、ちょっと怒ってる?
ううん。
これは怒ってるんじゃなくて……泣きそう?
なんで?
「どうしたの?」
僕を見つめる『峻厳』さん。
いつものドロドロした熱い気持ちとは感じがちがう。
「複雑なだけだ。大望の成就が近い事、数百年の試練が無意味だった事、人が進むべき道をドラゴンが果たした事、どれもが本当で、オレにも心の在処がわからねえ」
うーん。
むずかしい。
前から思っていたけど、『峻厳』さんのお話はむずかしくて、僕にはよくわからない。
いつもは説明してくれるシアンもいっしょに首をかたむけている。
『資格? それって……』
「ふん。精霊なら想像がつくか。まあ、どうせすぐに知れるだろーよ。それより、あいつを今は止めた方がいい」
くいってあごをやる『峻厳』さん。
あいつって……アメジス?
あ、いつのまにかいなくなってる。
「これは、結界ですか?」
『まだ意識があったのね。本当にしぶとい』
そういえば、最初にかくれているの気づけなかった。
あの時と同じやつをやっているんだ。
でも、そうとわかっていたらだいじょうぶ。
しっかりと、よく、見ればきっとわかる。
目に生命力と魔力をいっぱい集めて……見えた。
「……あっちに行ってるよ。弓聖さんのおうちのほう」
あの大きな弓聖さんの像の下にあるお家。
あれって弓聖さんのお家なんだよね。
アメジスはそっちに向かってよろよろ歩いてる。
氷のへった精霊セルシウスにしがみつく感じで。
「弓聖の屋敷? 確か昨晩はギルマスと一緒にエルグラド家に宿泊したと言っていましたよね?」
『追い詰められて縋り付く相手は弓聖なのね。となると、状況的にギルマスがいるのもあそこかしら?』
……そういえば、ここに来たのってギルマスを探していたからだった。
すっかり忘れてた。
「ふうん、あいつがねえ。ちょうどいい。あいつが何を考えているのか聞き出してやる」
『峻厳』さんがやる気だ。
僕たちに見せるのとはちょっとちがう笑い方をしていて、少し怒っている感じ。
「怒ってる?」
「まあな。毎度毎度、あいつはわけわからねえが、今回は本気で意味不明だ。もしも、オレたちの在り方に反しているなら……」
許さない。
そうやって小さくつぶやく。
本当に怒ってるんだ。
よく怒っている『峻厳』さんだけど、今は本当の本当に怒っている。
「どの道、アメジスを放置するわけにはいきません。ギルマスはこの際どうでもいいですが、わたしたちもノクトの事もあります」
『そうね。どうやら、あの子たちは無事なようだし、隠れ家に帰るのは後でもいいわね。今は行きましょう』
シアンとノクトも行く気だ。
ちゃんとノクトはトントロとピートロの様子も調べてくれたみたいで、だいじょうぶだって教えてくれた。
僕もお家の方を見てみると、なんだか見た事のない鎧の中にいるトントロとピートロが見える。
マリアもいっしょにいて、みんな元気そう。
今もこっちに向かって走ってきていた。
シルバーは……家の前でぐったりしてる。
近くに冒険者っぽい人たちもいるけど、こっちもぐったりさんだ。
とてもおつかれみたいで、しばらく寝たままだね。
これならへいきかな?
「うん。じゃあ……」
行こうって言おうとして、ぐらりと目がまわる。
なんだろう?
頭がくらくらして、体がふらふらして、ポカポカした感じが胸の中にあって、ふしぎな気持ちだ。
「レオン? どうしました? どこか具合が悪いんですか?」
声が聞こえて、目の前がスッキリした。
僕の胸に手を当てて心配そうに見上げているシアンと目が合う。
ぼうってしてたみたいだ。
今はもう、変なのはしない。
背中の羽も、六本のセフィラの剣も、生命力と魔力も、魂魄だって元気だ。
「ううん。へいき。ちょっとつかれちゃったみたいだけど、もう元気だよ」
「本当ですか? ムリしちゃダメですよ?」
『……嘘ではないみたいだけど、あなたの場合は自覚してないだけかもしれないから注意なさいな』
「ノクトの言う通りですよ。何かあったらすぐにわたしに言ってくださいね」
うなずくと、シアンはやっと笑ってくれた。
それから先に歩き出していた『峻厳』さんを追いかけるように早足で歩き出す。
僕もそれについていこうとして、それより先にノクトが僕の肩の上にのってくる。
そして、小さな声でささやいた。
『力、使いすぎよ。しばらく自重なさい』
「?」
まだまだ元気だよ。
今までよりいっぱい使ったけど、戦える。
魂魄を調べられるノクトにはそれがわかるはずなのに、目を細くして僕を見つめてくるばかり。
『忘れたの? あなたは【王国】をひとつ失って、力を使いすぎるとどうなるかわからない体なのよ』
あ、そうだった。
力をいっぱい使うと大変かもしれない。
前にそう言われていたっけ。
じゃあ、今のふらっとしたのもそのせいなのかな?
『本当に平気なのね?』
体はへいきだ。
ううん。
へいきで、だいじょうぶで、とっても強い感じだ。
今ならどんなに魔闘法を使っても、前みたいにぐったりしないと思う。
「うん」
『信じるわよ。お願いだから、あの子を泣かせることだけはしないでよね』
ノクトはそう言って、先に進むシアンを見つめていた。