14 ドラゴンさん、味わう
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僕はノクトに言われた通りに布と木の棒を組み立てているんだけど、段々楽しくなってきていた。
「これ、おもしろいね」
『シアンも最初の頃は同じような事を言っていたわね』
料理の支度をしているシアンを眺めながらノクトは続けた。
『すぐに疲れて、ヘタレていたけど……』
この少しの間で、シアンに体力がないのはなんとなくわかっていたけど、それにしてもなさすぎるんじゃないかな?
僕の知っている人間は少しだけだけど、その中でもシアンは特別かもしれない。
僕たちの声が聞こえているのか、いないのか、シアンは鼻歌を歌いながらお湯を沸かしたりしている。
あ、よく見たら手がぷるぷる震えているし、耳が赤くなっているから聞こえているっぽい。
ここは友達としてフォローをしてあげよう。
「ほら、でも、シアンはえっと……そうだ。すごい魔導が使えるよ!」
『魔導使いの中でもシアンの体力は最底辺よ』
ばっさりと切り返されてしまった。
シアンがチラチラと僕を見て、次のフォローの言葉を待っているみたいなんだけど、僕が知っているシアンの得意な事ってこれぐらいだから……。
「あと、シアンは優しい」
『まあ、そうね』
ノクトもそこは認めてくれているみたいで頷いてくれた。
ここはもっと言うべきところだろうと僕は続ける。
「それと自信たっぷりで笑うとかわいい」
「ひゃいっ!?」
シアンが変な声を上げた。
僕とノクトが彼女を見るけど、シアンは頑なに背中を向けていて、振り返らない。
『あなたの事だから他意はないのでしょうけど、あの子に勘違いされるわよ?』
「勘違い?」
シアンに? 勘違い? 何か僕は失敗してしまったんだろうか?
もう一度、シアンを見るとやっぱり背中を向けたままで、両手で頬を押さえていた。
「かわいいって言われちゃいました。確かにわたしが美少女なのは真実ですけど、こんなふうにまっすぐ告白されてしまうなんて……罪づくりです。えっと、どうしたら? 返事をすればいいんですか? でも、出会ったばかりで恋人なんて早過ぎるというか……いえ、レオンが嫌いってわけじゃないです。どちらかというと、構いたくなるというか、構われたいというか、いえいえ、わたしは何を言って!?」
なんだか考え事をしていて大変みたいだ。
『……おバカって怖いわ』
溜息を吐かれてしまったけど、やっぱりよくわからない。
人間って難しいなあ。
『おしゃべりはそれぐらいにしなさい。いつまで経っても終わらないわよ? あと、作業を楽しむのは結構だけど、不器用が過ぎるんじゃないかしら? 紐がちゃんと結べてないじゃない。そこ、やり直し』
ノクトがしっぽの先で示した場所は、僕がさっき棒に布を縛った場所だ。
確かにそこは少しずつ緩んでしまっていて、このままだといつかほどけて落ちてしまいそうだった。
「うっ、ごめん」
ドラゴンの硬くて鋭い指や爪と違って、人間の手は細くてよく動く。
紐を結んだりなんて初めてだからうまくできていなかった。
僕は何度もやり直しながら結んで、十回目でようやく合格を言い渡される。
そんな風に時間を掛けて組み立てていき、ようやくテントが形になった頃にはシアンの料理が完成していた。
「ダンジョンの中なので簡単なものしか用意できませんが、わたしの手料理です! 美少女かつ魔導の天才で、お料理も得意なんてわたしは罪づくりですね!」
シアンは胸をはりながら小さな器を渡してくれた。
なんだか無理をして元気を出しているみたいだけどどうしたんだろう?
耳がうっすらと赤くなっているのと関係あるのかな?
でも、今気になるのは渡された器の方。
濁りのないお湯に見えるけど、その表面はキラキラと光っていてきれいだ。
入っているお肉とお野菜が何かは詳しくわからないけど、どれも同じ大きさに切られていてかっこいい。
器から湯気と一緒にいい匂いが鼻先を刺激してくると、道連れ兎が死んでしまった後と同じ感覚がお腹を襲ってくる。
これがお腹がすくって事なんだなあ。
「これが料理……初めてだ」
お腹がすくって事は、僕もこれからは食事をしないといけないって事なんだ。
食事ってどんななんだろうか。
楽しいのか、おもしろいのか、びっくりするのか、嬉しいのか、いや、悲しいとか、怒るとかもあるのかな?
心臓がどくどくと力強く鳴っている。
「ドキドキする。僕、こんなに興奮するの初めてかも! 人間になれて本当に良かったって思うよ!」
「なんだかレオンの期待が高すぎてわたしが緊張してきました。あの、本当に簡単なスープですからね? 調味料は節約してるから薄味ですし、パンも廃棄前で安売りいていたやつを温めただけですから」
あんなに自信があったみたいなのに、シアンは急に不安になってしまったようだ。
でも、大丈夫。
こんなにいい匂いがしているんだから、すごい美味しいに決まっている。
「生まれて初めての友達が作ってくれた、生まれて初めての料理がおいしくないわけがないよ!」
「……くっ、いいでしょう。ちょっと待ってください! もう一品! もう一品だけ急いで作りますから! ノクト、手持ちで一番いい食材を出してください!」
『おバカ。無駄遣い……とは言わないけど、見栄を張らないの。普段通りでいいのよ。そうでしょう、レオン』
シアンやノクトの普通。
つまり、それが人間の普通なんだろう。
言われて考えると、ノクトの言う通り。
僕が求めているのは人間らしい生活や友達なんだ。
特別な事はドラゴンの時にいっぱい体験している。
「これだけでも僕は嬉しいよ。ね、もう食べていいの?」
「そうですか? わかりました。その……どうぞ召し上がれ? えっと、お手柔らかに?」
許可が出た。
僕はさっそく器に入れられたスープに口をつけてみた。
熱いとぬるいの間ぐらいの感覚がするっと唇を、歯を、舌を、喉を通って、お腹の奥に落ちていった。
そうしたらすぐに体が熱くなって、遅れて鼻先にたくさんの香りが抜けていく。
嫌な感じなんて全然ない。
複雑すぎてうまく説明できないけど、これが良い物だというのはわかった。
今度は浮かんでいるお肉とお野菜を口に入れると、これも色々な感触が通り抜けていった。
噛むと見た通りの柔らかい感触がして、でも、芯の方にはちょっとだけ歯ごたえが残っていて気持ちいい。
何より噛むたびに口の中に刺激が生まれる。
夢中で噛み続けて、段々と感触がなくなっていくと、自然と喉の奥に流れ落ちていった。
喉を通過する感触が面白い。
あと、やっぱりお腹に入ると熱い感触がする。
「おいしい! 楽しくて、おもしろくて、嬉しい! これがおいしいでいいんだよね!」
『そうね。あたしにはレオンの感じているものが何かはわからないけど、きっとそうなんでしょう。ほら、落ち着いて、味わって食べなさい』
「うん!」
そこからは夢中でスープを飲み、噛み、パンをかじり、味わう。
なんだか変な顔をして僕が食べているのを見ていたシアンだけど、いつの間にか優しい顔になっていた。
器が空になってしまうと、すぐに次のスープを注いでくれて、とても嬉しそうな顔で笑っていて、なんだか僕まで嬉しくなってしまう。
結局、シアンの作った料理のほとんどを僕が食べつくしてしまった。
お腹が熱くて、膨れて、何とも言えない感覚が内側に浮いている。
「満足しました?」
「うん! シアン、ありがとう! おいしかった!」
「ふふ。当然です。天才のわたしが作ったんですからね! そんなにおいしかったならまた作ってあげてもいいですよ?」
「本当!? うわぁ、楽しみだなあ」
次の約束までできて喜んでいたんだけど、ふと気づいた。
なんだか、僕が勢いよく食べすぎたせいで、シアンもノクトもあまり食べていないような気がする。
いや、おかわりをしたのは僕だけだ。
「ごめん。僕が食べ過ぎたせいで、シアンもノクトも足りなかったんじゃ……」
「大丈夫ですよ。元々、わたしもノクトも食が細いというか、小食に慣れているというか、そもそもお腹いっぱいに食べるなんてなかなかできないというか」
『とにかく、心配無用よ』
ぶつぶつ言い始めるシアンに替わって、ノクトが断言している。
心配だけど、見たところ無理をしているようには見えないし、たしかノクトは嘘が嫌いだって言っていた。
じゃあ、きっと本当なんだろう。
『それより、食事が終わったならもう休みなさい。見張りは交代で、そうね。まずはシアンから、次にレオンよ。時間が来たらあたしが起こすから、それまでテントで休みなさい』
ノクトがしっぽでテントを指す。
人が外に出る寝る時はこれを使うところは見た事があったけど、まさか僕が使う事になるなんて思わなかった。
なにせ、ドラゴンの時だと入れる大きさのテントがなかったし。
「こういうところで寝るのは初めてだ」
「人間の野営が初めてなのはわかりますが、巣とかは作らなかったんですか?」
正気に返ったシアンに訊かれて思い出す。
ドラゴンの時の僕はあんまり寝る必要はなかったんだけど、それでもたくさんのモンスターと戦ったりして疲れると眠ることもあった。
でも、そんな時は森の中の開けた場所で丸くなるだけ。
他の生き物みたいに巣を作ったりはしなかった。
「だって、いらないし。巣って寝る時に身を守るために使うんでしょう? その時の僕、頭が十個もあったから、順番に寝ればよかったんだ」
「頭が十本って……」
「ほら。ブレスを使う時にたくさんあった方が便利でしょ?」
「そんな便利ナイフみたいに言われましても……」
いちいち使い分けなくていいし、まとめていくつもブレスが撃てたし、便利なんだ。
なにやら考え込むシアンとノクトだけど、何かあるんだろうか?
『少し気になる事はできたけど、今はいいわ。ほら、いつまでも話していないで寝なさい。今は人間の体になったんだから、休息は必要なはずよ』
そうかもしれない。
お腹がいっぱいになったらちょっと眠くなってきたし。
闘気法を使えば、いくらでも無理はできそうな気もするけど、結局は無理をしてしまっているのは変わらない。
だったら、休める時は休んだ方がきっと賢い。
「じゃあ、寝るね?」
「はい。この毛布を使ってくださいね。ただでさえ薄着というか、ほとんど裸なんですから、風邪を引いたら……風邪、引くんですかね?」
『さあ。とにかく、今は休みなさい。あたしの見立てだと、明日は上層の階層主と対決する事になるはずだからね』
「うん。えっと、おやすみ」
僕はシアンとノクトに挨拶をしてテントに入ると、受け取った毛布を下に引いてその上で横になった。
体を寝かせると途端に眠気が強くなって、僕はそれに抵抗しないで眠りについた。
「まったく、毛布は敷くんじゃなくて掛ける物ですよ」
『本当に何者なのかしら。ドラゴンというのも嘘とか思い込みじゃなくて、本当の本当なのかもしれないわね』
「わたしは信じてきてますよ。なんというか、レオンの言葉には力というか、実感があるというか、そんな気がします」
『だとしたら、十本首のドラゴンなんてあたしは一匹しか知らないわよ』
「わたしもです。でも、それだと……」