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ドラゴンさんのセカンドライフ  作者: いくさや
第四章 ドラゴンをやめるドラゴン
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143 ドラゴンさん、家族について考える(結論)

 143


「買い出し部隊、準備はいいですか?」

「うっす! かんぺきっす! お金もったっす!」


 魔導具のローブをかぶったトントロが手をあげる。

 肩にかけるバッグを持っていて、その中には銀貨がたくさん入っているはずだ。

 そのバッグの下のしっぽがピコピコとゆれていた。


「アニキとアネゴの役に立つっす! おつかいするっす!」


 トントロの鼻息がすごい。

 お買い物にトントロたちだけで行ってもらうのは初めてだ。

 今まではガルズのおじさんたちがお手伝いしてくれたけど、いっしょにいるのはあぶないからね。


 そんなトントロをノクトが見上げる。

 とても心配そうな目をしていた。


『じゃあ、買ってきてほしいものを言えるかしら?』

「うっす! 食べ物っす! いったことのないお店に行くっす!」

「あの、トントロ? 食べ物と言いましても色々ありますよ? 大丈夫ですか?」

「うっす! パンっす! あと、お肉っす! あと……あれ?」


 トントロは首をかたむけている。

 そのまま動かない。

 たのまれたのが思い出せないみたいだ。


「ダメっす! おぼえてないっす! えっとえとええっと、シアンのアネゴ! おいしいのをもらってくればいいっすか!?」


 ちょっと泣きそうなトントロ。

 あわててシアンにすがりついている。

 シアンはちょっとこまった感じに笑っていた。


『まったく、調子ばかりいいんだから。ピートロ、しっかり兄をサポートするのよ』

「はい。お任せください。お兄ちゃん、メモがあるから大丈夫だよ」


 トントロと同じようにローブをかぶったピートロ。

 こっちはひづめで器用にメモを持っている。


 シアンとノクトが買ってきてほしい物が書いてあるらしい。

 どこのお店に行けばいいかも書いてあるみたいだけど、本当にだいじょうぶかな?


「ねえ、僕もついていった方がいいんじゃないかな?」

「心配なのは同意ですが、レオンは目立ってしまいますからねえ」

『ハンスと同じ『裸捨て』からの帰還者。道連れ兎ジョイントラビットの討伐。正体不明の怪物の撃破。エルグラド家の部隊を壊滅させた怪人の撃退。隠されているのもあるけど、冒険者には顔を知られすぎているわ』


 そういう事らしい。

 いろんな人に僕を知ってもらえるのはうれしいはずなのに、そのせいでトントロとピートロについていけないなんてがっかりだ。

 本当に人間ってむずかしいなあ。


「まあ、それはわたしたちも同じですがね」

『その点、トントロとピートロがあたしたちの仲間と知っている人間は限られているわ。認識疎外の魔導具もあるし、ほとんどノーマークのはずよ』


 トントロとピートロはうれしそうだ。

 ぴょこりとしっぽが立っている。

 二匹は僕たちのお手伝いができるのがうれしいらしい。

 トントロはピートロの手を取ると、僕たちに手を振ってくる。


「うっす! 行ってくるっす!」

「あの、お昼までには戻りますので……行ってきます!」


 二匹が元気に飛び出していく。

 さっそくトントロが逆の方に行きそうになってピートロに止められているけど、うん。二匹いっしょならだいじょうぶかな。


「やや不安はありますが、これで補給は大丈夫ですね」

『ええ。これまで関わりのある場所は見張られているでしょうから、そこさえ避ければ捕捉はされないわ』


 シアンとノクトがリビングという部屋に行くのに僕もついていく。


「ガルズのおじさんたちも来ないんだよね?」

「ええ。表向きの接点はなかったですし、そもそも『新月の灯』がギルドナイトと知られる事もないと思いますが、どこで見られているかわからないですからね」


 僕たちがお休みの時に来てくれていたガルズのおじさんたちも来てくれない。

 本当なら剣と弓以外も教えてもらうはずだったのに、ざんねんだ。


 がっかりしているとシアンが頭をなでてくれた。

 シアンの細い指にさわられるとふしぎな感じがする。

 うれしいとか、楽しいとか、そんな感じのあったかいのが伝わってくるみたいだ。


「しばらくの辛抱ですよ。きっとそう長い時間はかからないはずです」

『行きと帰りを考えれば、滞在して捜索に使えるのは精々十日ぐらいでしょう。その間、街でわたしたちを見つけられなければダンジョンを探すはず』


 ダンジョンは広いし、深い。

 特に僕たちがいま攻略している中層はふつうじゃない。

 そこを探すのはとっても大変だ。

 他の冒険者の人が手伝ってもかんたんじゃないと思う。


 シアンの家族の人を思い出す。

 紫の髪のおじいさんとお兄さん。


「あの人たち、帰るの?」

「ええ。少なくとも当主と精霊セルシウスは」

『ブリューナク家の象徴だもの。留守にしている間、ブリューナク家の地盤は確実に緩むわ。それですぐに沈む程、軟弱ではないでしょうけど、恐れられているのと同じぐらい恨まれているの。長々と放置はできないわ』


 ふうん。

 けど、いいのかな?

 あんまりそうだって思えなかったけど、あの二人はシアンの家族だ。

 父親と兄だ。

 ケンカしたままバラバラになるのは悲しいと思う。


「シアン、いいの? 家族と――アメジスとシルバーとお話しなくて」


 だから、聞いた。

 もしもシアンがあの二人とお話したいなら僕はお手伝いしたい。


 けど、シアンは小さく笑うだけ。

 僕の好きな笑顔じゃない。

 悲しいのとか、くやしいのとか、怒っているのとか、そんな感じの気持ちがもれたみたいな笑い顔だ。


「シアン?」

「レオン、違いますよ。あの二人はわたしの家族ではありません」


 あれ?

 でも、父親と兄だって言っていた。

 それって家族じゃないの?


『いえ、血縁……血の繋がりという意味でなら間違いなくあの二人はシアンと繋がっているわ。けど、シアンが言う家族はそうじゃないのよ』

「少なくともわたしたちはお互いをお互いに家族とは認識していません」


 つめたい声。

 痛いぐらいつめたい。


 わからない。

 僕の知っている家族はちがう。

 トントロとピートロみたいになかよしなのが家族じゃないの?

 僕が『あの人』に感じていたあったかいのと同じじゃないの?

 どうして、シアンはそんな苦しそうなの?


「どうして?」

「理由は色々とありますが一言で表わすとすれば、彼らにとってわたしがいらない子だから、でしょうか」


 いらない子。

 そんな、シアンがいらないなんておかしい。


『シアンの魔導、水しか使えないでしょう?』

「ブリューナク家は代々氷の魔導の使い手なんです。その中でわたしだけが水の属性しか使えませんでした。そんなわたしは彼らにとって失敗作だったようです。小さい頃はよく言われた。お前はブリューナク家にとって『泥水』だって。せめて政略結婚の駒となってブリューナク家のために役立てとか」


 水と氷。


 え、それだけ?

 そんなのどうでもいいじゃないか。


 たしかにシアンはすごい魔導を使える。

 今までいっぱい助けてくれた。

 シアン自身も天才だってよく言っている。


 でも、それがシアンのぜんぶじゃない。

 ううん。

 シアンのいいところはもっと他にもいっぱいあって、魔導がちがう事なんかよりずっとずっとすごい事だ。

 なのに、それを見ないなんておかしい!


『この子が病弱だった事を考えても行き過ぎていたわ。ブリューナク家は本当に変わってしまったから』

「まあ、そんなわたしが精霊セルシウスに次の契約者として選ばれたのは痛快でしたね」


 また笑うシアン。

 でも、これも僕が好きな笑顔じゃない。


「ただ、あのままだと謀殺されかねませんでした」

『そうね。エルグラド家に嫁がせて契約者から外れればよし。そうでなければ、殺してでも資格を奪えと言い出しそうだったわ』


 うー。

 むかむかする。

 ひどい。

 すごいいじわるだ。

 自分たちとちがうから、シアンをバカにして。

 そのシアンがほめられたら、今度はジャマをしようとして。


 うん。

 シアンとノクトの言った通りだった。

 あの人たちはシアンの家族じゃない。

 ……そうだ!


 僕はつらそうに笑うシアンの肩に手を置いた。

 ゆっくりと見上げてくるシアンの目をしっかりと見つめて、思いついたことを伝える。


「シアン、僕がシアンの家族になるよ!」


 シアンは目をパチクリとさせて、それからちょっとだけほっぺを赤くして、こまったみたいな笑い方をした。


「ふふ。前にも同じような事を言われましたね。ダメですよ、レオン。ノクトに叱られたのを忘れてしまいましたか?」

「おぼえてるよ」


 家族になろう。

 結婚しよう。

 前にもシアンに言った。


 結婚するのはいろいろと必要だって。

 いっぱい言われて、そのどれもがむずかしくてよくわかっていない。

 それに結婚はとても大切な事だからかんたんに言っちゃいけないって。


 でも、それよりもずっと大切な事があると思う。

 僕はその大切な方を守りたい。


「だから、今度はちゃんと言うね。僕は笑っているシアンが好き。悲しそうなのも、つらそうなのも、変な感じに笑うのも見たくない。だから、僕がシアンの家族になって、どんなものからも守るんだ」

「あ、ぅ……」


 キョロキョロしようとするシアン。

 僕はそのほっぺを包んで、しっかりともう一度目を見る。


「シアン、僕と家族になるのはいや?」


 いやだって言われたらどうしよう。

 考えただけで胸が痛くてたまらない。


 ドクンドクンと鳴っている胸。

 熱いぐらいのシアンのほっぺ。

 じぃーと見つめてくるノクト。


 シアンは何度も何度も息を吸って、吐いて、吸って、吸って、吸って、あわてて吐いて、もう一回吸って、それからいつもの笑顔を見せてくれた。

 まっかっかで、くちぶるがプルプルふるえていて、なんだか目がグルグル回っているみたいだけど、自信でいっぱいの笑顔だ。


「まったくもうレオンは仕方ありませんね! わたしが天才で! きれいで! 優しくて! 料理もできて! 好きになってしまうのは最早運命というか宿命というかそんな感じの強制力が働いているのは承知ですが、純真なレオンには毒が強すぎると言いますか、魅力的すぎて暴走してしまうのもまた抗いようのない現実なのでしょうけど、いきなりすぎていくら天才のわたしでもついていけませんが、それでもまあ悪い気はしないというか、むしろ嬉しいというか、全然ウェルカムと言いますか、レオンみたいな人は放っておくと大変な事になっちゃいそうですし、ここはわたしが優しさをもって受け入れるのが世のため人のためと言いますか――」


 長い。

 あとむずかしい。

 そんなにいっぱい一度に言われてもよくわからない。


 だから、指でシアンのくちびるをおさえる。

 ふんわりやわらかいのに、とっても熱い。


「シアン。いいの? いやなの?」

「ひっ、ひゃいっ!?」


 シアンはまたどこかを見ようとしている。

 だから、おでことおでこをくっつけて、僕しか見えないようにする。


「あ、あの、その、レオンがどうしてもって言うなら、いい、です」


 よかった。

 今度は僕にもわかった。


「うん。どうしてもお願い。シアンの家族になりたい」


 なんだかシアンの顔が熱い。

 この前の『峻厳』さんの爆発みたいだ。


 それでも、シアンはこくんってうなずいてくれたのだった。


「きゅぅ……」


 そして、ひざからカクンと力が抜けて、座り込んでしまうのだった。

 あわてて抱きしめるけど、シアンは眠っちゃったみたいだ。


「あれ?」

『おバカがおバカのまま色々と段階まで飛び越えて突き進んじゃうんだから、もう……。とりあえず、おめでとうでいいのかしら?』


 ずっと静かに見ていたノクトがため息みたいに息をはいていた。

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