142 ドラゴンさん、家族について考える(成功)
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「はっ!」
シアンがばっとはね起きた。
かけていた毛布がベッドから落ちるぐらいの勢いでびっくりした。
生命力と魔力の感じが起きそうだなあって思っていたけど、本当に急に起きたね。
とにかく、起きたらあいさつだ。
「おはよう。あれ? 今は夕方だからこんにちは? こんばんは?」
『どっちでもいいわよ』
シアンが起きた時に落ちた毛布をくわえたノクトがベッドに上がる。
『シアン、何があったか覚えているかしら?』
「……なんだかとても嫌な事があって、それからとてもいい事があったような?」
『記憶が曖昧になっているわね』
「ええっと、ダンジョンから帰ってきて。ギルドの前で……」
ノクトがため息をついて、シアンのふとももの上で丸くなる。
その間にシアンはぶつぶつと何か言いながら考え込んでいたけど、顔色が青くなったり、赤くなったり、いそがしそうだ。
シアンは僕をちらちら見てくる。
よくわからないけど、手を振ってみたらぷいっとされてしまった。
さびしい。
「アニキ、元気出すっす!」
「あの、新しい霊薬です。心が落ち着く効果があるのでよかったら」
「ありがと」
トントロとピートロがひざの上にのぼってきてなぐさめてくれた。
おかげで元気になった。
僕は二匹をなでながらシアンとノクトの話を聞く。
『おバカは後になさい。結果として街中で長々と話さなくて済んだからいいけど、今は対策を練る時間よ』
「わ、わかってます! 別に照れてなんかいません! わたしがか、かか、かわいいのは当たり前の事ですからね! レオンは、その当たり前の事を言っただけです! ええ!」
シアンは何度か息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、頭を振った。
赤かったほっぺがちょっと元に戻っていく。
そして、ノクトを真剣な目で見つめた。
「今、彼らはどこにいますか?」
ノクトは目をつぶって、猫耳を動かし始めた。
『当主と次期当主はまだギルドね。けど、知っている気配がいくつか街中に散っているわ』
「これは迂闊に出歩けませんね」
『それから、あたしの本体もこの街に来ているわ』
ノクトの言葉にシアンが肩をゆらした。
目をまあるく開いて、とてもびっくりしている。
「ノクトの本体って、それは精霊セルシウスを連れてきているという意味ですか?」
『それ以外にないでしょう?』
変な事を言っている。
ノクトはここにいるのに、まるでもう一匹ノクトがいるみたいだ。
なんとなく頭の中で二匹になったノクトが並んでため息をついているのを想像してしまった。
しっぽまでヘタってかたむいている。
「ノクトが二匹いたらすごいね」
「うっす! ノクトのアネゴがふたつになったらすごいっす! すごい頭がいいのに、もっともっとよくなるっす!」
「あの、今のお話はそういう意味ではないと思いますよ?」
ちがうらしい。
僕とトントロがわかっていないのに気付いたノクトがこっちに目を向けてくる。
『今のこの猫の体――ノクトは精霊セルシウスの分霊。分身みたいなものなのよ。なら、分身じゃない元になった本体がいるのが道理でしょう?』
「精霊セルシウスはブリューナク家との契約に縛られていますからね。あの家から勝手に離れられません。ノクトはわたしが家出する時に、その体と力の大半を置き去りにしてついてきてくれたんです」
シアンがノクトの背中をゆっくりとなでる。
そっか。
ノクトはやさしい猫だね。
『大切な本当の契約者に死なれたらたまらないから仕方なくよ』
「ふふ。そういう事にしておきましょう」
しっぽをゆらすノクトは僕たちから目をそらしてしまう。
でも、シアンの手をどかしたりしてないから悪い気分じゃないんだと思う。
「けど、まずいですね。当主と次期当主だけでなく、精霊セルシウスの体まで持ち出しているとなると、彼らも本気の本気じゃないですか」
『当たり前よ。あたしがここにいるおかげであいつらは精霊の力を引き出せないのだから、本気にもなるわ』
ノクトがここにいると、ブリューナクの人は精霊の力が使えない?
どういうことだろう?
ふしぎそうにしているとシアンが教えてくれた。
「ブリューナク家が生業にしている真実看破は精霊セルシウスのおかげで使える力です。契約者ならその力を引き出せるけど、本来の二割程度になってしまうんですよ」
『回数制限がある上に正確性が落ちるわ』
「大掛かりな仕事も受けられませんよね」
『ええ。王族や大貴族が絡む案件には必ず精霊セルシウスが出張ったもの。大袈裟な儀式までしてね』
ふんふん。
セルシウスならウソか本当がしっかりわかるし、何度も調べられる。
けど、ブリューナクの人だけでそれをやろうとすると失敗するかもしれなくて、あんまり力も使えないって事なんだね。
あと、まちがえらた大変なお仕事もダメ。
それはセルシウスがやっていたから。
「……それって大変なんじゃないの?」
「大変なんです。ブリューナク家には日々大量の依頼が来ますからね。不十分な力で対応するのは難しいでしょう」
『今は最低限の仕事だけ選んでいるんじゃないかしら。それか、力を使わないで適当な判定をしているかもしれないわね』
本当にいやそうな顔をするノクト。
ウソがきらいなノクトだ。
そのノクトと約束をしているブリューナクの人がウソをついているかもしれないって考えたら、いやな気分になったんだと思う。
「さすがにあの人たちもそれはしないと信じたいですね。まあ、あまりにも適当な事をしでかしてしまえば、ブリューナク家の信頼と実績に傷がつくでしょうし、安易に動かないと思いますけど」
『どうかしらね。ブリューナク家は真実看破で今の地位を築いたわ。その過程で真実を曲げないまでも、彩るぐらいはしてきたのよ』
ウソじゃないけど、本当でもない。
話とは別の事を答える。
ウソをもっと大きなウソにしてしまう。
前に聞いたそんな感じの事をしていたんだって。
そうすれば、人間の中でえらくなれるから。
「我が血縁ながら嫌になります」
『まったく、嘆かわしい。純粋だった初代の子が懐かしいわ』
シアンとノクトがそろってため息をついた。
元気のないシアンを見るとはげましたくなる。
さっきみたいに耳元でほめてあげたらいいかな?
でも、シアンがぽっくりしちゃうといけないし……どうしよう?
僕がなやんでいる間にシアンは顔を上げた。
「まあ、それはもうわかっていた事です。問題は今です」
『今まで手をこまねいていた分、十分に準備しているでしょうね。どうするの、シアン?』
僕たちはシアンを見つめる。
シアンはじっと考えていたけど、首を振った。
「またダンジョンに隠れるのは得策じゃありませんね」
『二度目だしね。連中ならギルドや冒険者からそれを聞き出すでしょう。マリアが雲隠れしても時間稼ぎにしかならないわ』
弓聖の時はギルドの人たち――マリアたちがかくしてくれた。
けど、ブリューナクの人たちはウソがわかる。
今度はうまくかくれられないかもしれない。
「黙秘権、通じませんかね?」
『相手がブリューナク家だと厳しいわね。あちらを味方する貴族は大勢いるもの。圧力をかけられれば屈するしかないわ』
ウソがわかっちゃうなら、話さなければいい。
けど、それもダメみたいだ。
いじわるされて、話してしまうらしい。
「いじわるするならやっつようか?」
「レオンの気持ちはありがたいですけど、相手は貴族――権力者です。直接蹴散らせたとしても、今度は外堀から攻められてしまいます」
『流通が止められでもしたらエルグラドの街が持たないわ』
ダメらしい。
うーん。
こういうむずかしいのは苦手だ。
「じゃあ、どうするの?」
「そうですね……」
僕が聞くと、シアンはうんと一回うなずいた。
「決めました。しばらく、引きこもりましょう!」
なんとなく、ダメな人っぽい事を言った気がする。