141 ドラゴンさん、家族について考える(失敗)
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アメジスとシルバー。
おじいちゃんの方がアメジス。
お兄さんの方がシルバー。
紫色の髪の貴族の人。
ふたりはやっぱり僕たちも、冒険者の人たちも見ているみたいで見てない。
どうでもいいって思っているのかなあ。
ふたりは何も言わないままギルドの中に入ってしまった。
そんなふたりに肩をすくめたギルマスは、最後に『ここにいない人にも伝えてくれよ』と言って戻っていく。
最後に残っていたマリアが受付の人に話しかけて、それから三人についていこうとして、僕と目が合った。
!?
って感じに目を大きく開いて、口をパクパクさせて、それからとなりにいるシアンとノクトを見て、ふかーくため息をついた。
まわりでさわいでいる冒険者の人の間を早歩きでぬけてくる。
「ちょっと来てねー」
僕とシアンの手を取るとぐいぐい引っ張ってきた。
ニコニコ笑っているけどちょっと怖い感じ。
言う事きかないとダメなやつだ。
僕たちはマリアに連れられて歩いていく。
マリアはギルドから離れて、細い道をぬけて、あんまり人がいない場所まで来たところでやっと足を止めた。
振り返ったマリアはにっこり笑っているけど、やっぱり怖い。
トントロとピートロがしっぽを丸めてしまっている。
「なんで最悪のタイミングであんな所にいるかなー」
『知らないわよ。そっちこそ何がどうなっているのか聞かせてもらえないかしら?』
「やはり、わたしの事情のせいですか?」
さすがシアンとノクトだ。
ちっとも怖がってない。
それどころかマリアに質問している。
マリアはもう一回ため息をついて、それから話し始めた。
「こっちもわからないのー。いきなり帝都からやってきてー、ギルマスを出せー、これからダンジョンに入るから配慮しろー、ギルドの持っている情報を全てよこせー、嘘をついてもわかるんだぞー、って。ほんと、最悪」
「あの人たちは……」
最後だけ本当に怖い感じだ。
マリア、怒ってる?
シアンはなんだか悲しそうな、つらそうな顔だ。
僕はシアンの手をにぎりたくなったから、そのまま手を取った。
「シアン、へいき?」
「……ええ。わたしは天才ですからね。これぐらいでへこたれません。それに、レオンが心配してくれるからへっちゃらです!」
手をにぎり返してくれた。
よかった。笑ってくれた。
「はあ。こんな時にラブラブでいいわねー」
『子供の青春にひがまないの。それで、冒険者ギルドの対応は?』
どうしてか元気のなくなったマリアは続きを教えてくれた。
「あれでもギルマスは帝国でかなり偉い人ですからねー。いくら貴族でもあれこれ無理強いはできないはずなんですけどー」
『相手が『ブリューナク』じゃ分が悪い、かしら?』
「ですねー。真正面からはねのけるのは難しいですよー。何せ『ブリューナクの真実』がありますからねー。そこらの貴族とは格が違いますー、というのは言うまでもなかったですよねー?」
『人の弱みを握って従える下種のやり方よ。忌々しい』
僕にはよくわからない。
ええっと、あの人たちはブリューナクという貴族の人たちで、普通の貴族じゃないって事だよね。
それが『ブリューナクの真実』だからってマリアは言った。
それは前にシアンとノクトが教えてもらった。
ノクトの――精霊セルシウスの力。
ウソがわかる力。
そして、ウソがつけない力。
そんな約束の力。
「あ。さっきの人たちって、シアンの……」
「ええ。そうですね。残念ながらわたしの血縁。父親と兄です」
アメジスがシアンのお父さんで、シルバーがシアンのお兄さん。
そっか。
だから、どこかで見た感じだったんだ。
思い出してみると、髪の毛の色も近かった。
けど、シアンとあの二人が家族っていうのがピンとこない。
どうしてだろう?
『大方、エルグラド家から情報が回ったのでしょうね』
「タイミングから考えるとそうでしょう。意図して流したのか、嗅ぎつけられたのかはわかりませんけど……」
「やっぱりそっかー。ブリューナク家の情報網って帝都随一だもんねー」
うーん。
顔の形は……近かった。
男の人と女の人だから?
そうかな?
「となると、あの人たちの狙いはノクト、ですね」
『あなたもでしょう。どちらにしろ一緒だけど』
「それにしても当主と次期当主が直接来るなんてねー。しかもー、手下がたくさんだよー。この前のエルグラド家よりもねー」
見た目じゃないのかも。
もっと別のところがちがうから、そっくりじゃない。
うん。
そんな気がしてきた。
「エルグラド家以上の戦力……そんなものを街の中に、いえ、領内に入れるのをエルグラド家が認めるわけないはず」
「そこはー、お得意の駆け引きだねー。無償での『ブリューナクの真実』行使の約束にー、当主様自らに『エルグラド家に害意はない』と誓われたらー、さすがの弓聖サマも文句言えなかったみたいだよー」
『真実看破の契約を利用してくれるわね』
シアンとあのふたりのちがうところは……なんだろう?
あったかいのと冷たい感じ?
そうだそうだ。
わかってきたぞ。
やっぱり、あの人たちとちがうところを考えればいいんだ。
『ところで、マリア。あなたはあたしたちと話していていいのかしら? 専属のあなたは真っ先に居場所を聞かれたのでしょう?』
「そこはー、うまーく誤魔化したよー。あ、今の私はシアンさんの専属じゃないからー、そこのところよろしくー」
「なるほど。ただ先手を打たれたわけじゃない、と。しかし、そういうやり取りはブリューナク家の方が上手ですよ。注意してください。いえ、できるなら近づかない方がいいでしょうね」
でも、僕はあのふたりの事を知らないからなー。
じゃあ、今はシアンの事を考えよう。
シアンはやさしい。
シアンは料理がじょうず。
シアンは魔導がすごい。
シアンはいい匂いがする。
シアンは笑顔がいい。
シアンはかわいい。
「アニキ! アニキ、聞いてほしいっす!」
「あ、あの、アニキ様。すみません。アニキ様? 聞こえていますか?」
「シアンは……うん? あ、ごめん。シアンの事を考えてた」
シアンの事を考えていたらトントロとピートロが僕のコートをぶら下がるみたいにして引っ張っていた。
話しかけてくれていたみたいだけど、ぜんぜん聞こえていなかった。
わるい事しちゃった。
そこまで考えたところで気づいた。
なんだかみんなが僕を見ている。
ポカーンとしている感じだけど、シアンだけは顔をまっかにしていて、ちょっと泣きそうな感じになっている。
「あれ? シアン、泣きそう? どうしたの? やな事があった?」
「や、やややややなことじゃななな、にゃい、でひゅけど……」
なんだかよくわからない事を話すシアン。
どうしたんだろう?
たまにシアンってこんな感じになるよなあ。
シアンは僕を何度もチラチラと見ては、もじもじとして、それでも僕の手をにぎったまま口をパクパクさせる。
けど、これじゃあシアンが何を言いたいのかわからないよ。
「あの、アニキ様。さっきはどうしてシアンのアネゴ様を褒め始めたのでしょうか?」
どうしてピートロが僕の考えていた事を知っているんだろう?
……って、あれ?
僕、考えてた事をしゃべってた?
「うっす! シアンのアネゴはすごいっす!」
トントロも聞いていたっぽい。
やっぱり僕はしゃべっていたみたいだ。
「いきなり惚気られてー、お姉さんはもうげんなりよー」
『どうせ全然別の事を考えていたのでしょうけど、あんまりその子をポンコツにしないでもらえないかしら?』
「ダメだった?」
よくわからないけど、シアンの事をほめちゃダメなのかな?
それはなんだか悲しい。
僕はほめられたらうれしいし、もっとがんばろうと思える。
だから、シアンにも、みんなにも同じ気持ちになってほしいけど。
ノクトとマリアが今まで一番大きなため息をついた。
「そういうのは二人っきりの時にー、耳元で囁いてあげればいいんじゃないかなー。あー、私もそういう人ほしいなー!」
『ただ、ダンジョンの中ではやめてよね。それから夜も。一応、あたしは保護者だから』
ノクトが言っている事は半分もわからないけど、マリアが言う事はよくわかった。
とてもわかりやすくていいと思います。
だから、僕はシアンの手を引いてみんなからちょっと離れてから、顔を耳元に近づけて、そうっとささやいてみる。
「シアン、かわいいよ」
「……はひゅぅ」
あれ?
シアンが寝ちゃった。
……ダンジョンでつかれてたんだね。
えーと、シアンの家族の人が出てきて、いろいろとお話していたけど、それはまた後ででいいかな?
僕の方を見ているみんなにお願いする。
「ねえ。お家、帰ろう?」
『……はあぁ。もうそれでいいわよ。マリアも、しばらく身を隠してしまいなさいな。あの連中とは関わらない。それが一番よ』
「はーい。あー、いっそのことー、恋人探しの旅に出ちゃおうっかなー!」
ノクトとマリアもおつかれみたいだけど、帰っていいみたいだ。
僕はまっかっかになったシアンを抱っこして、お家に向かって歩き始めた。