137 ドラゴンさん、湖の部屋を攻略する
137
「はあ、はあ、はあ、はあ……。こんな部屋、早く出てしまいましょう」
シアンが苦しそうに息で、探知の魔導を使っている。
霊薬を飲んだ方がいいんじゃないかなって心配しながら、僕は赤い湖に雨が落ちていくのを見ていた。
湖の部屋はちょっと大変そうだった。
モンスターはカセキっていうのになった動物。
白い牛――化石牛みたいな、まっしろな石の体を持っている。
馬だったり、犬だったり、鳥だったりが出てきた。
どれも重くて、かたくて、力もあるみたい。
でも、それだけ。
雪の部屋で戦った濫喰い獣帝王種よりずっと弱い。
ちゃんと戦えればかんたんに倒せると思う。
なのに、シアンはおつかれだ。
ううん。シアンだけじゃなくて、トントロとピートロの兄妹もおつかれだった。
そろそろお腹がすいてきそうなぐらいの時間がたっているけど、いつもならこんなに疲れたりしないのに。
「見つけましたよ! 右手に百メトルぐらい行ったところです! けど、化石大鳥の群れがかっこていますね……」
考えている間にシアンが次の扉を見つけたみたいだ。
シアンが指さしている方を見ると、たしかに扉があった。
だけど、シアンが言った通りカセキの大きな鳥がいっぱいいるから、普通には見えないかもしれない。
『多いわね。全部で……四十五匹』
「本当に多いです。あんなにたくさん襲われたら……」
「うっす! オイラが止めるっす!」
トントロがひづめを打ち鳴らす。
とてもたのもしい姿だ。
けど、シアンもノクトもピートロも、なんとも言えない顔をしていた。
「でも、お兄ちゃん。もう何度も転んじゃってるじゃない」
そうだった。
トントロはここまで何回もすべって、転んで、ふまれて、赤い水でヌルヌルになってしまっている。
「ごめんっす! オイラ、次はうまくやるっす!」
「いえ、トントロが悪いというよりは環境が悪いと言うべきですね」
『そうね。前衛泣かせよ、ここ』
シアンとノクトがなぐさめてあげる。
この部屋は赤い水がヌルヌルするせいでうまく走れないみたいだし、モンスターを止めようとしてもズルズルって押されてしまう。
だから、ここまではシアンとピートロが魔導でできるだけ倒していた。
「わたしたちが近づかれる前に倒すしかありませんが」
「わたくし、あの数を倒しきれるか自信がないです……」
『シアンも同じよ。あんな群れが一斉に襲ってきたらひとたまりもないわね』
シアンとノクトが猫っぽくなったらだいじょうぶだと思うんだけどなあ。
あれはとても大変みたいだから、本当にあぶない時じゃないと使わないのかな。
「少しずつ引きつけて分断するしかありませんかね」
「ですけど、アネゴ様。そろそろ時刻も遅くなっています。休憩も取っていませんし、ここから長期戦は……」
ピートロがシアンに言いながら、霊薬を渡している。
シアンはお礼をいってから霊薬を飲むけど、あんまり元気にならないみたいだ。
『霊薬も万能ではないのね。ちゃんと休まないと効果が落ちているわ』
そうなんだ。
ピートロがしょぼんって、うつむいてしまった。
「すみません。わたくしがもっとすごい霊薬を作れればよかったのですが……」
「あ、ピートロも悪くないですよ。そもそも、この霊薬がなかったら、わたしはずっと前に歩けなくなっていたでしょうからね」
『そうね。ダンジョンに入る事もできなかったぐらいなのだから、ピートロの功績は大きいわ』
「そ、それは本当に初めの頃ですから!」
シアンとノクトが楽しそうに話していると、ピートロも元気が出てきたみたいだ。
クスクスと小さく笑っている。
「話を戻しますよ! この中では満足に休憩できませんし、野営はもっと無理です。次の部屋に行ってしまいましょう」
『問題はあの群れをどうするかだけど……仕方ないわね。レオン、悪いけどお願いできるかしら?』
ノクトが僕の頭の上からシアンの腕の中に飛び移って、見上げてきた。
「いいの?」
ここまで僕はずっと見てきただけ。
弓を使ったのは本当にちょっとだけだった。
僕がモンスターを倒しても、みんなは強くなれないのにいいのかな?
『強くなるのは大事だけど、無理をする必要ははないわ。ここで野営するのは現実的ではないのだし、次の部屋も休める環境がもわからない。なら、時間をかけられないわ』
「本来なら引き返すのが正解ですがね。レオンに甘えてしまうようで申し訳ないです」
そうなんだ。
悪い事なんてなにもない。
お手伝いできなくてさびしかったぐらいだ。
「ううん。いいよ。がんばる!」
僕はドラゴンシャフトを弓に変えて、魔力の矢を作る。
息を吸って、マナを魔力に変えて……。
「あ、頑張るのはちょっと。程々で。程々でいいですからね?」
『はりきって扉まで破壊しないでよ?』
と、そうだった。
あぶないあぶない。
「ごめん。忘れてた」
『素直なのはいい事だけど……』
「ま、まあ、いいじゃないですか。レオンに悪気はありませんから」
気を付けないと。
いい感じ、いい感じにやる。
よし。
僕はもう一回魔力を集めて、矢を作り出す。
考えたのはシアンとノクトが猫っぽい感じになったやつ。
シアンに約束したからね。
今度はシアンのマネをするって。
だから、猫っぽいの。
あれはふつうと違う。
火とか、水とか、そういうのじゃない。
僕が使う黒い箱とか、白い剣みたいなのだと思う。
あれは『止める』ものだ。
動きとか、気持ちとか、考えるのとか……よりもっと。
もっと、大きくて……深いところを止めているんだ。
それは――こんな感じ?
白と黒がグルグルしている矢ができた。
「レオン! それって……」
『呆れた。あたしの権能まで再現するなんて』
後ろでシアンとノクトがおどろいている。
うん。
きっといい感じだ。
これなら扉をこわしたりしないね。
あとは、これをいっぱいにして……ええっと、シアンやピートロのマネをして。
「んっ!」
矢を撃つ
撃ったのは天井の方。
矢はぐんっと上がっていって、鍾乳石に当たる前にばっと四十五本に分かれて、そこから下に落ちていく。
もちろん、狙ったのは白い鳥のモンスター。
空から降ってきた矢がどんどん刺さっていく。
何匹か矢に気づいて逃げようとしているけど、ダメだよ。
矢はモンスターを追いかけて、しっかりと当たるまで止まらない。
しばらく、鳥たちはさわいでいたけど、それもすぐに静かになった。
「うん。できた」
一体に一本。
ちゃんと当たったみたいだ。
矢の当たったモンスターは動かない。
さっきまでもぜんぜん動かなかったけど、今はもっと動かない。
本物の像みたいになって、止まっていた。
「もうだいじょうぶだよ。みんな、行こう?」
おどろいているみんなに声をかけると、やっと動き出した。
まずトントロが目をキラキラさせて、動かなくなったモンスターの方に走っていく。
あ、ころんだ。
けど、すぐに起きて走っていった。
「アニキ、すごいっす! よくわかんないっすけど、とにかくすごいっす! こいつら動かないっすよ!」
「お兄ちゃん、よくわからないのに……。でも、アニキ様は本当にすごいです。これは凍っているのとは違いますよね?
動かなくなったモンスターを二匹は近くで見たり、さわったりしている。
シアンとノクトはどうしてかぐってりしていた。
『時間停止なんて、どうやって再現するのよ』
「わたしたちの奥の手が……」
なんだか悲しそうな感じだ。
「……ダメだった?」
シアンのマネするっていうのと、扉をこわさないの、うまくできたと思うんだけど。
不安になって聞くと、シアンはこまったみたいに笑って、ノクトは大きくため息をついた。
「いえいえ、レオンは何も悪くないですから。ちょっと価値観が狂いそうになっただけで」
『まったく。規格外にも程があるわよ。それで、体に異常はないのよね? こんな大きな力を使ったんだから、気をつけなさいな』
よかった。
いつものシアンとノクトだ。
「うん。元気だよ」
『ノーリスクで時間停止。どんどん手に負えなくなるわね、あなた』
「まあ、いいじゃないですか。レオンが頼れるのはありがたい事ですよ。依存してしまわないように気を付けないといけませんけど。ともあれ」
シアンはポンと手をたたいて、みんなに声をかけた。
「次の部屋、行きましょう」




